科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

ベトナム産エビ・イカから「不検出」基準の抗生物質

斎藤 勲

キーワード:

 私たちの周りには、エビのむき身やエビフライ、寿司ねたのエビ、エビのてんぷらなど、エビが当たり前の食材としてそろっている。特に名古屋地区はエビフライが好きだと言われている。確かに大きなエビがドンと乗った海老天などは食べていて幸せな気分になってくる。しかし、その大半は養殖が盛んな東南アジアなどから輸入されるブラックタイガーなどであり、最近の検疫所の基準違反データを見ていると、気になることが多々ある。ベトナム産エビ(天然物含む)やイカから不検出であるべき抗生物質クロラムフェニコール、ニトロフラン系薬剤の代謝物のAOZなどの検出、インドネシア産のエビからのAOZの検出による廃棄、積み戻し事例が多いのだ。

 クロラムフェニコール(商品名クロロマイセチン、通称クロマイ)は米国Park Davis社が開発し、旧三共が国内販売した広範囲抗生物質であり、感染症の多かった1955年頃からテトラサイクリンなどとともによく使われた。生菌的な作用機序の薬剤であり、実際良く効いた記憶がある。現在でも錠剤のほかに、軟膏(2%)、耳科用液剤、局所溶液剤、膣錠などがあるが、副作用として内服では再生不良性貧血などの症例もあり、第1選択の抗生物質ではない。しかし、サルモネラ、リケッチャ、チフスなどに有効なため使用され、またバンコマイシン耐性菌に欧米では使用例がある。

 抗生物質などの分析は、まさに病気に使う薬剤であるから、細菌などの微生物を指標としてその生育を阻害する度合いを見るバイオアッセイ法が主流であった。しかし、化合物が同定できないなどの問題もあり、現在では化学分析が主流になってきている。最新機器のLC/MS/MSを使って分析されることも多い。

 バイオアッセイ法も昔の抽出液をそのままカップに入れるカップ法や丸い小さなろ紙にしみこませたディスク法ではなく、化学分析と同様に抽出・精製分離した後バイオアッセイ法で検出する方法もある。培養時間はかかるが、それなりの感度が取れる抗生物質もあり、一度に大量にかつ安く出来るのが魅力である。

 しかし、今回のクロラムフェニコールはやや感受性が悪いのと基準が「不検出」のため、検査法が食品衛生法の中に盛り込まれており、違反事例など正式な検査はその方法にしたがって行う必要がある。エビやイカでの検出限界は0.0005ppm(0.5ppb)と厳しい数値になっており、分析はLC/MS(MS)で行うよう定めてある。

 話はベトナムに戻るが、この1年くらいの検疫所の検査結果を見ていると、昨年6月からイカやイカの加工品からクロラムフェニコールが検出されている。養殖ではないイカから何故と言う感じだ。その濃度は0.003ppm未満と微量ではあり検出限界0.0005ppm近くのものも多い。

 6月1件、7月4件、8月10件の検出事例があり、8月3日に「イカおよび加工品」に命令検査、9月3件、10月11件、10月25日に「養殖エビおよび加工品」に命令検査、11月26件、12月18件、12月18日には天然物も含む「エビおよび加工品」に拡大した命令検査、1月17件、2月8件、3月は今現在2件と減少してきている。2月28日にはフラン系抗菌剤の代謝物であるAOZが「エビおよび加工品」に命令検査が発令された。まるで真綿で首を絞められるような状況である。

 暫定基準(第2次案)のパブリックコメントの質問の部分で、海外水産動物の養殖で使用される動物用医薬品としてインドネシア産エビでクロラムフェニコールが入っている今回ベトナムで検出される原因としてはいろいろと取りざたされているが、明確には分かっていない。養殖できないイカや天然エビから出るとなると、漁獲した後のいけすのようなところで使うか、皮膚感染症に使う軟膏(日本なら2%含有)を使っているとかいろいろ言われるが、ベトナム側も国を挙げてきちんと調査しないと国の威信が問われている。

 2月以降の違反が減ったのは輸入量全体が減ったからか、違反率が減ったからか分からないが、減少していくのは良いことだ。一生懸命エビやイカを採ってもらえるのはありがたいが、天然ものは乱獲しないよう、養殖ものは環境に合った持続的な方法を模索しながら、ほどほどのところで良い品を生産し、安定的に日本に出荷していただきたい。隣のインドネシア、ミャンマー、中国も同じであるが。

 厚生労働省も今回の事例の原因を、相手国や輸入業者を通して十分調査し解明してほしい。「不検出」とする規制を行う以上、国民の健康保護を図るために、今後とも分析技術の進歩に応じてより高度な試験法を導入し、基準への適合性を判断していくとしているが、それはやみくもに低い数値なら良いというわけではないだろう。ハチミツなどが0.005ppmの検出限界を採用しているのならば、その数値の健康影響の妥当性を検討し、一律基準の健康に影響を与えない量で判断したほうが合理的である。

 クロラムフェニコールのADIが設定できないから不検出で、検出限界が分析法の進歩でどんどん下がっていくというのはあまりいただけない。肝がんの恐れがあるカビ毒アフラトキシンでさえ基準として10ppb(0.02ppm)を受け入れているのだから(アフラトキシンの基準を下げろといっているわけではない)。それだけ厳しい不検出の薬剤を実際の病気治療で用いる場合、患者の立場からすればとても怖い薬を処方されたと勘違いしてしまう。数値というものはいろいろな場面で納得できるバランスが大切であり、それが過度の誤解を無くすためにも必要である。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)