科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

中国問題はハザード報道ではなくリスク報道を(1)

斎藤 勲

キーワード:

 中西準子さんが「環境リスク学」(日本評論社、2004年発行)の中で、ハザードとリスクの考え方を述べている。「ダイオキシンに関する議論で一番の問題は、ハザードとリスクの区別がないことである。例えば、ある物質の1gの持つ毒性が他の物質の1gの毒性に比べて大きければ、その物質はハザードである。ダイオキシンは間違いなくハザードである。しかし、人の健康への危険度、つまりリスクはその物質の毒性の強さと摂取量で決まるから、強いハザードでも摂取量が小さければリスクは小さくなる。人間にとって大切な指標は、ハザードとしての特性ではなく、リスクの大きさとその特性である」。この言葉を念頭に置きながら、昨今の中国問題を見ていきたい。

 夏本番の今、ウナギ屋さんは大繁盛である。中国のウナギが殺菌剤マラカイトグリーンなどの微量検出問題で輸入が厳しくなり、スーパーの店頭でも売れ行きが悪く、国産のウナギがもてはやされ、主産地である愛知県一色町でも忙しさにうれしい悲鳴を上げている。夏のウナギの蒲焼(私の地元の蒲焼はかりっと焼きあがった皮が美味しい)は、疲れを取るにはもってこいの食材である(考えただけで唾液が出る感じだ)。

 しかし、中国問題はウナギだけでなく、今度はサバからもマラカイトグリーンの検出で命令検査に移行するなど、これだけ毎日あれやこれや騒がれ続けると、理性的な人でも消費者心理として、やはり何かあるからなのだと思ってしまうのが自然である。人は不安に対しては敏感である。

 こういう状況の中、中国を弁護するわけではないが、もう一度過去を振り返って冷静に考えてみたい。まずは、02年今回の残留農薬ポジティブリスト制度の火付け役ともなった中国産冷凍ホウレンソウについて。

 当時の検疫所での検査は、基本的に生鮮品・農産物を対象とした農薬検査が主であり、塩茹でや茹でて(ブランチング)冷凍したホウレンソウなどの加工食品は検査の対象ではなかった。しかし、保存性や調理の便利さから需要は伸びており、外食レストランなどでも広く使用されていた。輸入業者はそういった検査体制を知っていたかどうかは不明だが、生鮮品の基準を超える農薬が民間団体の検査で報告され始めた。それを受けて日本で検査を開始したところ、日本ではとっくの昔に使用を止めているパラチオン(対○:燐の火偏が石偏になったもの)が生鮮品の基準を超えて検出され、急遽モニタリングを強化した。さらに、輸入業者が輸入届け時に自費で検査する必要がある命令検査へと移行していく。広く検出されるようになったのは有機リン剤クロルピリホスである。

 クロルピリホスは、中国名で毒死○という(○は、石偏に卑という中国で使用されている漢字)。日本人から見ると、ものすごい名前である。聞いただけで虫が死ぬような感じだ。日本の残留基準は、かんきつ類、リンゴ、モモ、ブドウ、ハクサイ、コマツナなどは1.0、ナシ、トマト、ピーマン、コムギは0.5、エダマメ0.3、イチゴ0.2、レタス0.1、キュウリ、カボチャ0.05、ホウレンソウ、シュンギク、パセリ、カキは0.01ppmとなっており、主に果樹害虫用に開発された薬剤である。適用作物では残留基準が高いものが多い。日本ではホウレンソウには使わないから、一律基準と同じ0.01ppmが割り付けてある。

 しかし、隣の中国では事情が違って、葉物にも使用する。その残留基準は1ppmである。実に100倍違う。中国農民はどれほど農薬の残留を理解しているか不明だが、使い方は日本の場合とは異なってくる。この基準の差があの大きな問題を引き起こした原因でもある。

 02年2月から03年2月までの日本への輸入1212件に対して約半分の658件を検査したところ、47件(違反率7.1%)が違反(残留基準0.01ppm超過)であり、その間中国政府への輸出自粛、輸入業者への自粛が要請され、日中間での大きな貿易問題となってしまった。中国国内でも02年8月に日本向けホウレンソウにはクロルピリホスの使用を禁止したり、収穫前、加工時および最終製品での3段階の自主検査が求められ、さらに中国政府の検験検疫局で輸出検査証明書用の検査を行う体制がとられた。

 日本の残留基準値0.01ppmをどれくらい越えたものか見てみよう。国内で見つかった違反事例36件の内訳を見てみると、中国の基準1ppmを超過した検体は2検体、中国の基準の10分の1未満のものが実に75%である。彼らにしてみれば中国の残留基準値1ppmからみれば充分安全な量だし、気をつけてまいているではないかと思ってしまうだろう。しかし、日本の基準から見れば、180倍、250倍、10倍の違反となる。たとえ10倍以下の違反が75%だとしても違反は違反となる。

 毒性面では、クロルピリホスのADI(一日摂取許容量)は0.01mg/kg/dayである。よく農薬の違反報道があるときに使われる、どれだけ食べても健康に影響がないかという計算をすると、体重50kgの人ならば、100倍の違反品で1日に0.5kg、10倍の違反品で1日に5kg食べると「毎日食べていてもたぶん大丈夫でしょうという量」に到達する。健康影響という面では日本国内で流通している商品ではほとんど起こりえないのが現状であり、そういった恵まれた状況をこの40年位かかって私たちは作り上げてきたのである。検疫所で違反件数が増加しているのは、不安が増大する方向ではなく、むしろ検査項目を拡大しきちんと検査をしてくれているのだと理解したほうが良い。

 実際のところを聞いてみると思っていたことと違う、これが02年に発生した中国産冷凍ホウレンソウの事件の概要であり、リスクである。次回は最近の中国の話題について、中国・外国で起こっていることと私たちの生活との関連から見ていきたい。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)

関連の記事:
斎藤くんの残留農薬分析 記事バックナンバーページ