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斎藤くんの残留農薬分析

中国問題はハザード報道ではなくリスク報道を(2)

斎藤 勲

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 ニューヨークタイムス世界版が5月6日、“Poison’s Path”というタイトルで、どのように中国で生産されたジエチレングリコールがパナマまでたどり着き、不幸にも100人を超える死者を出す事件になってしまったのかということについて、ビジュアルな画面を使って分かりやすく発信している。今後の電子報道の形としても一見の価値ありだ。最近のジエチレングリコール(DEG)問題を、ハザード報道ではなくリスク報道として中国問題と関連させてもう一度整理しておきたい。

 米国食品医薬品局(FDA)は8月13日、中国製練り歯磨きからジエチレングリコール(DEG)が検出されたことを受け、世界各地のホテルで使用されている同製品をリコールすると発表した。その理由は、練り歯磨きによる被害は把握していないが、慢性的(日常的)に摂取することで健康被害が発生する危険があるためとのことである。

 DEGは、車のラジエターの不凍液、ブレーキオイルとして有名だが、ほかにも潤滑剤、インクの溶剤、可塑剤、塗料、樹脂の原料など多方面で使われている。ヒト経口LD50(人が飲んだ時半分死ぬ量のこと。動物ではないところがすごい)は体重1kg当り1g(「急性中毒情報ファイル」第3版、廣川書店)となっている(60kgの人なら60g)。これまでは、グリセリンと比較して安価であり、医薬品として使用するのは論外であるが、歯磨きを含む化粧品には原料として使用されてきた実績がある。ただし原材料として表示する必要はある。

 このDEGはFDAの発展の歴史と深く係っている。FDAの組織に食品安全栄養研究所(CFSAN)がある。ワシントンDCの国立航空宇宙博物館(この付近にある国立美術館も含めすべて無料)の南側にあった(現在はメリーランドに移転)。その1階のフロアに入るとギャラリーがあって、FDAの歴史が紹介してあった。

 それを見ると、このFDA100年の歴史は、悲劇を伴いながら進んできた衛生化学発展の歴史であり、食品、医薬品の粗悪品、偽和物、不当表示との戦いでもあったことが分かる。そんな中には、やせ薬としてジニトロフェノールが処方されたり、1937年甘く飲みやすい抗菌薬スルファニルアミドにジエチレングリコールが入っていて107名の子供たちが亡くなる事件などが発生し、こうした悲劇により医薬品の品質管理が進んできたと説明してある。

 そういう意味では、今あちこちで起こっていることと問題の本質は変わっていないのである。ただ、その問題のレベルが変わってきたり、起こっている国が変わってきただけである。法制度とその運用力(ここがポイント)は「文化」そのものであり、ある程度の熟成期間が必要なのである。

 95年から96年にかけて、ハイチで風邪薬シロップにDEGが混入し、それを飲んだ子供たち76人が死亡した事故が発生。そして昨年、パナマでの咳止めシロップ事件が起こる(詳細は当コラム6月7日「『中国産、やっぱりねえ』なのだろうか?」を参照)。これらも、品質管理の法整備の遅れと運用力の問題であろうし、最低限、医薬品については国際的な規格を設けないと、まだまだ続く問題である。健康障害や死亡事例もあり、リスクの高い問題であり、ハザード報道でも余り問題はない。

 今年に入ってからも、中国原料に関連したトラブルは枚挙に暇がない。中国を弁護するような発言は、この人、何かおかしいのではと思われかねない雰囲気である。そんな中でパナマやドミニカ共和国で中国産練り歯磨きからDEGが検出された。FDAもすぐに国内調査に動いた。米国では衣類をはじめ雑貨品などは大半が中国製で席巻されており、そういった経済の仕組みを作ってしまっている。調査の結果、低価格商品を中心にDEGを含有する商品が多々あり、回収されることとなった。

 最近7月16日のFDAの発表では、DEGを“poisonous chemical”(毒性物質)として述べている。DEGの日本国内調査では、ホテルの歯磨きセットなど一部の商品14点に使われていたものがあり、回収措置がとられた。その根拠は表示外成分の検出であり、米国のような「毒性物質」的表現はない。この問題が起こったときに、昨年発生したパナマでのDEGの入った毒入りシロップの関連報道(しかも中国原料というおまけ付き)も加味し、結果としてDEG入り練り歯磨きの有害性も強調されることとなる。

 日本国内での製品にはほとんど使用実態もないのは、化粧品原料としてDEGを使わなくても出来るのが現状であろうと思われる。中国でも「練り歯磨き原料としてジエチレングリコールの使用を禁止する」通知が出されたことから、日本国内でも体内に取り込む可能性のある材料としての使用は禁止される可能性がある。練り歯磨きを食べる人はいないと思うが、米国のように「慢性的(日常的)に摂取することで健康被害が発生する危険(否定はできないという意味)」を考慮して予防原則的に動く必要がある時代である。シロップから見れば相当リスクは低い。そのことは念頭に置きながら政策的対応をする必要がある。

 こうして、この1年の間にDEGを巡る2つの特徴的な事件が発生した。DEGというハザード物質を評価するとき、咳止めシロップのように濃度が濃く致死性の高いものは迅速な対応が求められ、練り歯磨きのような相対的にはリスクの低いものは、周辺の法整備を図りながら適切に対処していけばよいのである。同じDEGの事件でも、叫ぶポテンシャルはぜんぜん異なることとなる。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)