科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

垣間見えるインターネット情報のもろさ

斎藤 勲

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 先日知り合いから質問を受けた。「以前の話ですが、岩手・青森県で発生した豆腐に農薬のエンドスルファンが混入して食中毒を起こした事件で、インターネットで調べるとエンドスルファン55ppmとなっています。斎藤さんの話の資料では>200ppmとありましたが、だいぶ違います。どこの情報なのですか?」。整理整頓の悪い斎藤はギクッとする。また何か自分が悪いことをしたのかしら—-。しかし、すぐには思い出せない。「すぐに調べてみます」。

 「豆腐」「農薬」「食中毒」などを入力してインターネットで検索してみる。確かにきちんと状況を説明した情報がない。04年11月13日の河北新報(西田立樹さんの農薬ネットメールマガジンで閲覧可能)か、反農薬東京グループの情報くらいしかない。しかもそこに書かれた原因物質と見られる豆腐中のエンドスルファンの濃度は迅速検査で55ppmとなっている。ほかにも11月13日版の岩手日報や朝日新聞岩手版には載ったようだが、内容までは分からない。要するに、岩手・青森県の5家族計16人がおう吐やけいれんなどの食中毒症状を訴え、調査の結果、食べた豆腐の中から有機塩素系農薬エンドスルファンが55ppm検出された。1人は一時意識消失の状態になったが、現在は全員回復、ということである。

 この記事には、とても興味を持った。とても貴重なデータである。普通の方が食事をしていて農薬が原因と思われる化学性食中毒を発生したという、とても珍しいケースだからだ。被害にあわれた方には申し訳ないが、農薬のヒトへの健康影響を知るためには中毒症状と混入経路、中毒を起こした濃度は本当に大切なデータであり、感謝である。決してヒトでは試せることではない。もしも行えば、犯罪である。

 さて、斎藤は豆腐やおからから200ppm以上のエンドスルファンが検出されたという結果を、どこから持ってきたデータで話をしていたのか?それは、日本食品衛生学会が発行する「食品衛生学雑誌」という年6回発行される伝統的な学術雑誌だ。食品衛生にかかるいろいろな研究発表、調査研究が掲載され、役立つ情報が多い。そこに「情報の広場」というコーナーがあり、入門講座、最近の話題、シンポジウムの発表概要など分かりやすい情報を提供してくれている。年2回は、前年に発生した代表的で特徴的な食中毒事件例の紹介があるのだが、「食品衛生学雑誌」46巻5号の「情報の広場」(J308-309ページ)に、インターネットでは探せなかった貴重な情報が載っていた。「10.農薬の混入した自家製豆腐による食中毒」として事件の全体像が報告されており、ここから引用していたのだ。

 「食品衛生学雑誌」によれば、摂食者は17名で発症患者は16名である。食べてから1時間から7時間、平均2時間36分で発症している。多くは数時間で回復。一番多い症状はおう吐75%、臥床56%、頭痛、吐き気44%、悪寒、痙攣31%など。テレビを見ていて突然倒れた人もいたという。神経症状が一斉に発現していたことから化学性の食中毒を疑い、ガスクロマトグラフ・質量分析計を用いて分析した結果、豆腐残品からエンドスルファン284ppm、おから残品からも339ppm検出されたという。ダイズ及び添加物からは検出されていない。直前に同施設で作った別の豆腐の摂食者には患者が発生していないことから、エンドスルファンはダイズを引いてから釜で煮る過程で混入したことが推測された。

 エンドスルファンの1日摂取許容量ADIは0.006mg/kg体重/日である。今回のエンドスルファン284ppmが検出された豆腐一丁(約540g、実際食べた人がいた)を食べると、153mgのエンドスルファンを食べたことになる。体重60kgの人の許容量はADI×体重=0.36mgだから、実に400倍以上という話になる。これでは中毒起こすでしょうという危険なレベルである。それは食べた後の症状が、エンドスルファンによる神経情報伝達のGABA受容体阻害が引き起こす神経興奮だということからも分かる。今回の事件では早い段階で毒物を疑い検査体制を組んだ結果、原因物質のエンドスルファンが検出同定でき、その後の調査対応は速やかに進んだのが特徴的であった。

 こういった情報こそインターネット上できちんと伝えて、適切な情報を共有化できるフォローがほしいものである。

 エンドスルファン、別名ベンゾエピンは、1960年に登録された古い農薬で、多くの塩素系農薬が脱落していく中で生き残っている農薬であるが、水質汚濁性農薬にも指定された毒物である。取り扱い・使用には十分注意が必要な薬剤であるが、農作物を加害するほとんどの害虫に殺虫力を示すこと、ミツバチには害が少ないとも聞くのでファンも多かった。散布した後、側溝で少し残った薬剤をジャバジャバと洗う(やってはいけないこと!)と、2、3時間すると小川にぷかぷかと魚が浮いている事件は、結構エンドスルファンが原因であった。

 エンドスルファンの残留基準は、キャベツやホウレンソウでは2ppm、ダイズでは1ppmとなっており、実際に以前残留検出された場合でも0.05pm未満のものが多い。100ppmを超える実際の中毒が起こる可能性がある濃度レベルと、実際の残留レベルが相当違うことが実感できる意味で、今回のデータは貴重である。安全性をベースに決められた残留基準値に対して、農薬を指示通り適切に使用することきちんと守っていれば(コンプライアンス)、問題は起こりえないし、信頼も得られる。

 このように安全性が担保されたテーブルの上で、もし基準違反が出た場合は、粛々と対応、改善し仕組みを強化することが大切であり、それが「転ばぬ先の杖」となる。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)