科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

安全を続ければ、安心につながるのか?

斎藤 勲

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 安全と安心という言葉がある。通常、私たちも何気なく安全・安心という連語で使うことが多い。無意識の内にそれは関連した言葉と思っているからだろう。安心はある程度は科学的・数値的なもので評価・説明可能である。以前は「安全」×時間=「安心」と思っていたし、ほかの人にもそう説明してきた。私たちの日常的な仕事は、安全を担保するための作業が多く、それを見せる形にすることにより安心が得られるものと思っていた。

 しかし、昨今の食品偽装、期限時改ざんなど紙面をにぎわす話題を見ていると、それほど話は単純でないことが理解できてくる。確かに、安全を追求することにより安心を得られることも多い。しかし、その安心とは別のもっと漠としたというか、科学的ではない部分で支えられた安心というものがある感じがする。だから従来の攻め方だけでは消費者は全体的な安心を実感できない、いわゆる漠たる不安を持って生きていくことになる。

 07年6月20日付け朝日新聞の「CO・OP牛肉コロッケの原料牛肉に豚肉などが使用されていた!」というスクープから始まったミートホープ社による偽牛ミンチ事件は、全国規模の大問題となった。発端は行政関係者が真摯に対応してくれなかった関係者の朝日新聞への情報提供である。農林水産省の調査結果では、ミートホープ社は牛肉の代わりに豚肉、鶏肉などいろいろな材料を混ぜた安価な牛挽肉を問題発覚までの1年間で417t出荷していた。

 納入時には地元産牛肉などの証明書もコピーして付けていたというから、書類上はなかなか見つからない。417tのうち、スクープの題材となったCO・OP牛肉コロッケには、1%くらいが使用されていた。あとの大部分は、各種加工食品の製造業者、販売業者、中間流通業者などを通じて、約1万トン弱の商品が全国津々浦々沖縄まで、学校給食まで販売された。ミートホープの田中稔社長は、JAS法では厳重注意の処分であったが、不正競争防止法違反(虚偽表示)容疑で逮捕された。

 この事件の全国への広がりを見ていると、消費者の方はこんなものを食べさせてと憤りを覚える方も多いだろう。しかし、長年品質の良くない肉なども使用しながら製造していたのに、大きな食中毒などが起きていないのは幸いであるが、北海道の一都市の肉屋が製造したミンチが全国津々浦々沖縄まで販売されるのを見ていると、偽装の問題よりも日本もついにここまで物流部門の供給体制が発達したのかと驚嘆する。

 もし、この牛ミンチに病原性大腸菌O-157が混入したら、以前ならば北海道南部と青森県くらいの食中毒で終わったものが、全国各地で頻発するという大変な事態を引き起こす素地が既に十分出来上がっているということである。米国のハンバーガーチェーンが食中毒菌の汚染で全国規模の回収騒ぎをするのを、米国らしいと思ってみていたが、日本ももう既にその基盤は完成したのだと実感し、ますます微生物等の衛生管理、加熱管理の重要性を認識した事件であった。

 伊勢の赤福もちの問題もまだ完全解決していないが、売れ残り品の有効利用(?)、製造日日付、消費期限などの偽装販売していたとしてJAS法、食品衛生法で改善指示、営業禁止処分が出されている。老舗の優良食品メーカーと思われていた赤福の行為は、関連企業を含めて大いに信用失墜させるものであった。また、「まき直し」「むきあん」「むき餅」なる変わった言葉もはやらせた事件であった。

 11月12日の赤福が発表した改善報告書では、先付けなどの不正の再発防止に向け、主力商品である赤福餅の冷凍解凍工程を廃止することを明記した。一連の流れの中では致し方ない面もあるが、お菓子類を含めいろいろな商品が現在の進歩した冷凍技術を使って、安定した品質・美味しさを広範に供給できる事実は今回の事件で悪者にされているが、その有効性はきちんと評価しておく必要がある。

 食というものは本来個人が自らの五感で確かめながら楽しんで食するものである。しかし、物流・商圏が発達しいろいろな販売条件が変わり、その結果として食中毒が起きないような環境配慮、適切な指導をするのが食品衛生法であり、おなかを壊さないような環境が守られている間は、なかなか機敏には動けないのが実情である。赤福のように問題となった冷凍された商品の微生物などの衛生管理では、ほとんどが適合という検査結果となるだろう。いわゆる安全面では確保されていることになる。

 詰まるところ食の安心とは、決めたことは守る、出来ないことは出来ないと言う、無理をしない、相手に信頼してもらえる行動をとる、職員を大切にするなど、人の生業としての基本がいかに守られているかが問われているだけである。よく言われる言葉として、コンプライアンス(法令順守)がある。しかし、この言葉を法令順守と訳すと、日本人は狭義にしか理解せず、目先の決められたことをいやいやながら守る後ろ向きの姿勢しか出てこないのである。もっと深く「理念遵守」「規範遵守」と訳したほうが日本人にはすっきり来る言葉だと思っている。

 「決められたことを守る」という点では、当然倫理観が要求されるし、それらを維持するためにも内部関係者からの情報提供が当たり前になる環境が必要となる。生業として、恥ずかしいことをやっているわけではなく、むしろ誇るべきことをやっているならどんどん外部の人に知ってもらったほうが良いに決まっている。

 昔の村組織は窮屈な面も多々あるが、皆々がネットワークでつながっており、少しでも変なことをするともう夕方には村人全員の知るところとなる。食品産業も村組織の良い面は積極低に見習うべきかも知れない。それが無理でもおかしいと思ったことは、すぐに適切な人に情報提供するのが当たり前な組織になれば、本当に安全と安心がドッキングした世の中になるだろう。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)