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斎藤くんの残留農薬分析

中国産野菜と人糞尿肥料

斎藤 勲

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 こういうタイトルをつけることに悩んだ。今のご時勢、このタイトルから読み取ってもらえるのは、中国農業の後進性、寄生虫等の食品衛生上のリスクなど、「やっぱり中国はね」という感覚を補強するものでしかない。しかし、現実はそんなに単純なものではなく、わが身に振り返ってみると、いろいろと考えさせてくれる素材でもある。

 6月18日付けの中日新聞夕刊に、愛知大学の高橋五郎先生が「中国産野菜と農薬問題」というタイトルで、堆肥や発酵鶏糞などの有機質肥料の利用を高める日本の優れた農業技術移の中国への移転の必要性を語っている。栽培方法の啓蒙や、人糞尿肥料の有機質としての有用性にも触れる一方で、未発酵糞尿→害虫→農薬という流れで、その管理の悪さによるリスクにも言及している。

 その中で、私が少し気になったのは、文末の部分で、「厳格な管理の下で安全な栽培方法を農家に教え、決まりを守らない農産物は仕入れせず、従って輸出もしないという輸出業者もある」、と書かれているところだ。ということは、「人糞尿肥料などを使用した農産物が日本にも輸入されているのか。ああ、いやだ」と思われる方も出てこよう。

 しかし、私が見たり聞いてしている限りでは、現状での輸出産品等などは中国検験総局の厳しい監督下のもとで栽培、農薬管理が義務付けられており(末端ではどこまで出来ているかは自分たちでチェックする必要はあるが)、圃場管理履歴などで確認も可能となってきている。また、日本に輸出される多くの加工原料も、圃場管理はされており、多くの日本への商品については、検疫所でのチェックも含めて、完璧とは言わないが、それなりには出来ていると理解してよいだろう。

 2005年に韓国で中国産輸入キムチの寄生虫卵が問題となった。安価で大量の白菜などが輸入されたため、適切に管理されていない未発酵糞尿などが使用され、それを介在して回虫卵などが付着したのだろう。日本でも以前は糞尿を介した寄生虫汚染は大きな問題であったが、下水道の完備などで衛生管理も向上し、従来の回収型農業(東洋的)から流出型(西洋型)農業へ転換したことをきっかけに、大きく改善した。ヨーロッパでは古くから糞尿を利用するという観点は少なかったと言う。下水が完備されており、古代ローマの遺跡では便器(ところどころ丸い穴があいており、そこに座って用を足す)が並んで、サロンのような雰囲気で用を足したのかと思われるトイレを見て、文化の高さ(?)に感心した。しかも、その便器は大理石でできていた。

 1955年頃、日本の田舎ではあちこちにし尿を発酵させる肥溜めが畑に作ってあり、それを肥料として利用していた。牧歌的な雰囲気がまだあちこちに残っていた時代でもある。人様に初めて話すことだが、その頃私は遊んでいて、肥溜めに落ちたというか足を踏み入れた悲惨な経験がある。今でもその状況はよく覚えており、人にも言えず一生懸命家に帰った記憶がある。今だから言える貴重な経験である。

 前述の高橋先生の文の中に、「河北、山東をはじめとする中国東北地域の農地の多くは乾燥黄土質で固く土壌養分が少ない。触ると分かるが日本ではとても農地土壌とはいえないものだ」とある。この有機質の少ない土壌における人糞尿肥料の有用性を述べているのだが、未発酵のため寄生虫や土壌細菌、害虫繁殖の巣となっている面も指摘している。さらに現代中国では、中小規模の農業放棄地と生産者の高齢化も災いして不適切な農薬管理がなされるなど、農業場面での格差が広がっている。

 日本でも、堆肥や発酵鶏糞など有機質肥料の利用した農業、有機農業などが盛んになってきている。しかし、当然のことだが適切に管理された堆肥などを使用しないと、回虫卵などによる寄生虫症などの恐れがある。土壌中微生物の力も借りた農業は、そこで育つ野菜などへの微生物の付着量も増えるだろう。幸い日本では野菜などを介した細菌性食中毒はまだ大きな問題とはなってきていない。だが米国では、まだ原因は特定されていないものの、トマトのサルモネラ菌(サルモネラセントポール)による汚染で350人が感染との報道されたばかりだ(06年11月にも発生)。収穫後の汚染と思われるが、ホウレンソウをO-157が汚染して食中毒事件を起こすなど、最近は生食のリスクが高まってきている。

 堆肥の利用実態が分からない畑で、テレビの若いレポーターのように、「おいしい!」と言って、とった野菜をそのまままるかじりしないことである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)