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斎藤くんの残留農薬分析

パセリから基準の10倍の有機リン剤検出で感じた本当の問題

斎藤 勲

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 8月30日、歴史に残る総選挙の日の中日新聞に、「基準値超す農薬パセリから検出 名古屋などに出荷」というタイトルの記事が出ていた。その内容は、長野県産パセリを名古屋市場で検査した結果、有機リン剤ジメチルビンホスが0.1ppm、フェニトロチオンが0.02ppm検出され、共にパセリに残留基準が設定されていないので一律基準の0.01ppmが適用され違反となったものである。今回の違反は、パセリに農薬を散布した時に、自家用野菜で使用した適用外農薬が農薬散布器に残っていたのが原因という。新聞報道の内容としてはさらっとしたものであったが、登録失効農薬、適用外使用、有機リン剤の検出などについて今一度触れてみたい。

 殺虫剤としての有機リン剤は、○○ホスとか○○チオンという農薬がそれである。神経伝達物質のアセチルコリンをコリンエステラーゼが速やかに分解して次の神経伝達に備えるという仕組みがある。有機リン系化合物は、その酵素を阻害することによって殺虫効果を示すのだ。同じ有機リン化合物でも神経毒性を強化したものは、サリンやタブンなど毒ガスとして使用される。昨年の餃子事件の時も、原因物質メタミドホスについては、サリンと同じ有機リン化合物という説明があった。しかし、それはサルとヒトは同じ動物だと言うのと同じで、祖先は同じでもそれぞれに歴史を経れば別物になるようなものだ。サリンなどは神経毒性を強化することで化学兵器として使用され、有機リン系農薬は選択毒性(ひとに対する安全性)を高めて農薬として使用された。

 ここで「使用された」と過去形で書いたのは、有機リン剤が使用されなくなったわけではないからだ。殺虫剤の世界ではDDT、BHC等有機塩素系農薬が一世を風靡したが、無作為な使用が災いして環境汚染問題を引き起こした。続く有機リン剤の時代、初期作品のパラチオンなどは神経毒性が強く、昆虫にも人にも良く効く薬剤として登場したが、毒性が低い、つまり選択毒性の高い有機リン剤が開発されたことで殺虫剤といえば有機リン剤という言葉が合うくらいよく使用されるようになった。その後、カーバメート、ピレスロイド、ネオニコチノイドなどいろいろな殺虫剤が世の中に出て、相対的な地位の低下と、よく使われたがゆえに中毒のイメージが定着して、家庭園芸など他分野での使用はあるものの、農業現場での使用は減少している。

 そうした傾向は、検査をしていると如実に感じることだ。従来、年度末に検査結果をまとめ、よく検出される農薬の傾向を調べているが、以前であればアセフェートやクロルピリホスなどの有機リン剤がそれなりに地位を占めていた。ここ2〜3年では有機リン剤の検出頻度が減っていたが、昨年はついに1人もいない状況となった。比較的よく管理された農家からの商品を検査対象にしているとはいえ、時代が変わったのである。残留農薬検査で検出される農薬を見ている限りでは、殺虫剤は明らかにネオニコチノイドの時代となっている。

 いつの時代でもそうだが、農薬は使い過ぎればあまり良いことはない。環境問題、毒性問題など、細々と使われていたときはさほど問題とならなかったことでも、大量に使うことで大きく取り上げられ、足をすくわれる事例を多く見てきた。

 そんな状況下で今回の違反事例だ。フェニトロチオンは現役だが、ジメチルビンホスは1975年に登録され、3年前の06年11月に登録失効となっている農薬である。同じような構造でメチルからエチルに変わったものがクロルフェンビンホス(CVP)であり、これも04年2月に登録失効している。ジメチルビンホスはお米に残留基準が設定されているが他の作物にはポジティブリスト制度で暫定基準の適用がされなかった農薬の一つである。今でも、結構基準違反の多いEPNやプロチオホスも同様の対応がなされた農薬だ。こうした対応になったのは、国内での適用拡大や外国での基準など暫定基準策定に参考になるものがなかったからだろう。

 今回の基準違反では、この農薬を生産者が自家用パセリに使用した農薬散布器を、翌日、商品のパセリに適用のある農薬に入れ替えて使用した。だが、器具の洗いが悪くて、前の農薬が残ったままで出荷するパセリに使用してしまったのが原因だったと説明してある。ということは、登録失効後2年半位の農薬(おそらく有効期限も切れているだろうが、それだけで直ちに悪いとは言えない)を、適用外の野菜に使用したということになる。失効よりも、たとえ自家用とはいえ適用外使用のほうが農薬取締法上問題となるだろう。ついでに、パセリに適用がある農薬の検出濃度はどれくらいだったのかも知りたいところだ。

 結局、この生産者は農協からパセリの出荷を停止されたという。記事には、農協の組合長の「消費者に迷惑をかけた。農薬の扱いは慎重にするよう改めて指示した」とのコメントが載っているが、消費者というよりも同じ生産者仲間へ多大な迷惑をかけたほうが大きいはずだ。往々にしてこういった事件を契機に地域で暮らしにくくなったりすることもある。継続的に良いといわれる農産物をそれなりの規模で提供していこうと思うと、ある程度の生産グループを作って運営する必要がある。そういった関係の中で、良い意味での相互監視が出来る仲間がいる農家こそ伸びていくのだろう。有機リン剤のたそがれを感じた新聞報道であった。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)