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斎藤くんの残留農薬分析

近年に起きた、残留農薬分析の変遷を振り返る

斎藤 勲

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 2000年の雪印乳業加工乳によるエンテロトキシン食中毒、01年のBSE問題とそれに付随する牛肉偽装問題などによって、食品管理に不信がもたれるようになった。さらに、02年には中国産冷凍ホウレンソウからクロルピリホスなどが検出され、国産の洋ナシやリンゴなどに無登録農薬が使用された問題や農薬管理の問題が発覚するなど、食の不安に追い打ちをかけるような問題が立て続けに発生した。国は付け焼き刃のような対応では無理と判断し、食品安全基本法の設定と、それに伴う食品安全委員会の設立、農薬取締法の改正と罰則強化を行った。食品衛生法では残留基準規制が従来のネガティブリスト制度から原則禁止、使用できるものには基準を設定するポジティブリストへと大きく舵を切った。

 長年、食品中残留農薬分析の仕事をしてきたが、この変化は一番の大きな変化であり、その渦中で仕事をできたのは貴重な体験であった。私はこのコラム「斎藤君の農薬残留分析」を05年7月14日から書いている。かれこれ4年、100回を超えてきた。第1回のタイトルを振り返ると、「ポジティブリスト制度に吹いた神風」であった。

 法律文の修正だけならばやれないことではないが、ネガティブをポジティブへ、基準の根幹の考え方を変えようと思うと大変なことであることを改めて強調したい。ポジティブリスト制度への変更はそれくらい大変な仕事であった。理屈や効果がいくら述べられてもなかなか変えられない制度でも、00年から続いた、ある種の天変地異のような事件が起きると意外にすんなりと、むしろ「変えるしかないんだ」という雰囲気で変更が進んでしまう。とはいえ、そのビッグチャンスを生かすには、担当者の周到な準備がなければ当然大きな変化は期待できなかっただろう。

 多少細かいこと言えばきりがないが、結構押し切られて進んでしまった感もある。実態に合った法制度というよりも、法制度に実態を合わせていくのだというような感じのスタートであった。その最たるものが食品衛生法第11条の3項、一律基準の設定であろう。法律文の雰囲気を味わってもらうと「人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量を超えて残留する食品は、これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、又は販売してはならない。」と、網から漏れがないような文言となっている。さらに、人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が定める量は0.01ppmとする、ということも明文化された。

 従来、基準値を設定するためには膨大な毒性データの集積があり、それをもとに安全性を評価する。そしてそれぞれの作物に、その農薬を適切に使用するとどれぐらい残留するかという程度を加味して残留基準が決められる。それらの合計が1日摂取許容量の8割に収まっていれば、「その基準値設定で行きましょう」といった雰囲気で残留基準というものは決められてきた。基本的にはそれぞれの農薬ごとに安全性評価があるのが普通であった。

 しかし、ポジティブリスト制度では、基準に対する考え方はすっきりとしたものの、一方では膨大な数値の管理の作業が発生してくることになった。今まで基準値の設定されていなかった農薬と作物を組み合わせた部分は、先進国の基準を参考にしてきた。基準値の設定があるものは、平均値をとって暫定的な基準値を多くの項目に設定して運用されている。そして、その作業の中で数値のないもの、すなわち日本国内や、参考にした先進国での使用実態を反映したポジティブリスト制度が発足したのである。

 ここで気をつけたいのは、参考にしたのは先進国で日本が多くの農産物を輸入している国々の残留基準は参考にしていないということだ。それらの農産物を輸出している国の基準設定が自国での安全性評価を行って決定しているわけではなく、数値設定にあまり信頼性がないというのが実際のところなのだろう。

 こういった紆余曲折を経て運用している一律基準であるが、法は法であるのだから、私たちはそれを守って管理していく必要がある。農産物がこの一律基準違反で回収廃棄させられている生産者もいる。ただし、ドリフトによる汚染のような問題で、散布履歴が明確でドリフトが原因とみられる農薬の使用がなく、適切な農薬散布が証明されれば、農薬取締法による処罰などはないという。

 法的整備の背景を受けて、残留農薬分析の分野も大きく様変わりし、従来の個別分析法、グループ分析法から最初の選択で使用する一斉分析法がGC/MSによる定量法とLC/MS/MSによる方法2法が提示されている。昔は定量手段としてGC/MSを用いる文言はなく、GC/MSは確認手段として位置づけられていた。それが今では、定量手段としてLC/MS/MSまでもが普通に整備されて残留分析を行う環境が当たり前になってきた。これも大きな時代の変化である。

 現在、残量農薬分析は地方自治体や検疫所などの行政検査から、食品メーカーによる原材料の品質管理の検査、流通業者による商品の検査、外部依頼検査などいろいろな場面で農薬検査が行われている。行政検査の検査結果は毎年春から夏にかけて報告されるが、その多くは「基準に違反するものはありませんでした」というたった1行の文章に1年間の汗の結晶が凝縮されている。

 しかし、これでは膨大な人と金と技術を使って行った検査結果が埋もれてしまう。生産者、流通関係者、販売者などが、検査の結果得られた違反でない多くの普通のデータを、自分たちの本来の目的である品質管理向上にどのように生かしていくのかを協働で考える時が来ている。なにせ、残留農薬分析は、絶えず自分たちでできる管理方法を自分たちで作っていくことが大切だからだ検査の必要性は強大化しつつあるが、「今後、残留農薬検査の地道な作業は民間企業でもやっていくべきか」、「そのメリットは」などといった問題をよく吟味する必要がある。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)