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斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬検査項目に見るお国事情

斎藤 勲

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 10月末に上海で第1回日中韓農薬科学ワークショップが開催され、3カ国から120名余りが参加した。上海は2010年の上海万博を控え、あちらこちらで工事が行われており、黄浦江沿いの租界時代の古い建物も埃っぽいたたずまいであった。ワークショップでは、中国の方たちによる農薬の光学異性体の活性や毒性の関連の報告や、日本のカラムを用いたその分離分析等の報告などが印象に残っているが、創薬の分野も含め、とにかく中国の方は元気だと感じた。次回は2年後に日本で開催されるが、経済的にもつながりが強い、日中韓の3者が残留分析の分野含めて、今後密接な関係を進めることができたら良いと思っている。残留分析関連では、エコナのような話題性のある話は少ないので、今回は食品中残留分析を行っている農薬検査の項目数について少し考えてみたい。

 諸外国での分析の状況、特に欧州での状況は国立医薬品食品衛生研究所のHP から見ることができる。EFSA(欧州食品安全局)の2007年度の農薬残留の年報(EFSA Scientific Report (2009) 305)が6月に発行されている。便利な時代だ。

 その年報には29カ国、総サンプル数7万4000件の検査結果を集計したものがあり、その中に欧州の情報提出国の2枚の地図が載っている。1枚はそれぞれの国での検査項目数、もう1枚は検出項目数の地図となっている。残留農薬検査項目数は当然国によって違うが、ブルガリア(14項目)や、アイスランド(44項目)のように検査項目が少ないところから、多いところではスペイン(461項目)、ドイツ(709項目)と千差万別である。従来から残留分析を行っているのは、オランダ(399項目)、スウェーデン(298項目)、イタリア(322項目)、フランス(265項目)、英国(204項目)などの国々だ。ドイツ、スペインを除けば200〜400程度の検査項目で運用されている。ちなみに、モニタリングの先進国といわれる米国のFDA(食品医薬品局)は461項目で検査を行っている。一体どれくらい検査をすればいいのかは食品の供給実態にもよるが、まずはそれぞれの国の能力、機能で分相応に決められることが多い。

 検出された農薬数を記載した地図を見てみると、709項目検査するドイツでは287項目検出(全体の40.4%)、スペイン122項目(同26.5%)、オランダ157項目(同39.3%)、スウェーデン134項目(同45%)、イタリア127項目(同39.4%)検出となっている。検査項目数が少ないアイスランドでは26項目(59%)、ブルガリアでは5項目(35.7%)検出となっている。米国では461項目中、155項目の検出(33.6%)である。それにしてもドイツは709項目もの検査を行い、287項目を検出しているのだから、「良くやっている」と脱帽であるが、そのためには相当のコストをかけているに違いない。欧州全体では74,000件の検査が行われ、全部で354項目の農薬が検出されている。

 検査項目によりサンプル数は異なるが、クロルピリホスのような一般的な農薬は5万件以上を検査し、特殊なものを除けば少なくとも1万件〜2万件はそれぞれの項目で検査されている。354項目の農薬それぞれが検出された頻度を眺めてみると、クロルピリホス4195回検出、イマザリル3271回、シプロジニル3172回、イプロジオン2653回といった主力選手から、たった1回や2回の検出頻度の農薬まで入れると354農薬である。検出頻度の少ない5回未満の農薬は127農薬あるので、それを引き算すると227項目が5回以上の検出である。なかなかいい数字であるが、それはどのような意味をもたらすのだろうか。

 それは、もしも検査項目が3分の2になるなら、解析時間など検査にかかる時間は減らすことができ、効率的に検査できるようになるということだ。しかし、ここで注意する必要があるのは、5回未満しか検出されない農薬でも、日本などのアジア地域では、ホキシム、HCH、エンドリン、ホスチアゼート、キノメチオネートなどは検査する上で無視できない必要な項目であり、それぞれを見ながら精査する必要がある。膨大な検査結果はただ眺めるだけでなく、自分たちに必要なデータをその中からどう切り取ってくるかが大切なのだ。

 EUでは共通通貨のユーロをはじめ、経済的な決まりの共通化、物資の国境を越えた流通など、国境というラインがどんどん薄くなってきている。そういった中、農産物の流れも活発になって、他地域からの輸入食材の検査データも共有化されつつある。EU内部でも、残留基準について南の生産国は緩めに、北の消費国は厳しめに取り扱うなど農薬管理で意見の違いも見られたが、最近ではだんだん標準化されつつある。EU統合といっても、それぞれの国の運用はそれぞれ独自の部分もあるだろうが、ブルガリアの検査項目14は、ドイツの709項目と比べると全く別世界に見える。効率だけ考えたらすぐにでも検査を止めてサンプルをドイツに送って検査してもらったほうが良いだろうが、EU全体としてはそれぞれの国の主権を大切にしながら協力してやっているということなのだろうか。

 今回のデータは欧州29カ国の07年次集計データだ。だが、日中韓、東アジア、東南アジアなどでもこういったデータベースが共通目線を持って集計発行されるようになってほしい。そうすれば、農産物や食品の物流で下支えされている、アジアの食品供給事情を反映した品質管理にも役立つデータになるのではないだろうか。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)