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斎藤くんの残留農薬分析|斎藤 勲

次々と明かされつつある、L-トリプトファン事件の真実

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2010年1月28日

 コラム「多幸之助が斬る食の問題」で 1月6日に掲載された記事によると、L-トリプトファン事件はトリプトファンの製造過程中に副生した不純物によって引き起こされたと考えられてきたが、大量摂取という意外な原因で発生したことが明らかになってきたという興味深い内容だった。「(多くの人には)この真相が知られていない」と書いてあったが、かくいう私も興味がなかったわけではないものの、そのあたりのいきさつは知らなかった。確かに当初から不純物だけではなかなか説明がつかないことも多かったが、もう少し公の場で全体的なまとめが必要ではないかと感じた。

 1992年、コラム「多幸之助が斬る食の問題」の筆者である長村洋一先生が事務局長を務め、国際トリプトファン研究会が名古屋で開催された。 1月6日の記事では、その研究会で好酸球増多筋痛症候群(以下、EMS)について討論があったと記してある。私は直接この研究会に参加したわけではないが、89年に発生したトリプトファンによるEMSについては、翌年発行する技術情報にMMWR(米国CDCが発行する週刊疾病情報)のニュースをまとめて紹介していたので、全く知らないわけではなかった。

 今回、長村先生の記事をきっかけに、中毒事故の専門家である内藤裕史先生の本「健康食品・中毒百科」を読んだ。本の名前はやや仰々しいが、以前に著した「中毒百科」の姉妹版のような位置付けらしい。内容は文献、症例に基づいた実証的内容で、読み物として役立つように活字だけで記載(視覚障害の方も想定)し、何か中毒で調べたいことがあったらまず開いてみたくなるような書である。

 本論から少しずれるが、この本には健康食品による健康被害を防止するための13カ条という貴重な注意事項が載せてあるので紹介させて頂く。1.天然自然のものだから安全と思い込むのは間違い、2.加工品に要注意、3.大量に取ると危険、4.体に必須の物でも偏って取ると危険、5.体に必須でない物はさらに危ない、6.テレビの番組をうのみにしてはいけない、7.特定保健用食品も油断禁物、8.血液の凝固異常や出血が突然起こる、9.肝障害・腎障害は3カ月〜1年たってから現れる、10.健康食品として使われる生薬に注意、11.アトピー性皮膚炎の人は特に注意、12.表示どおりに成分が入っていないことがある、13.表示以外の物が入っていることもある——いずれも実情を踏まえた項目で、とても良くまとめられていると思う。皆が“健康食品”と言ったらこの13カ条が出てくるようになると良いのではないだろうか。がんにかからない10カ条も同じだが、やるべきことは昔から分かっていて、それをどれほど自ら実行できるかにかかっているかという永遠の課題でもある。

 さて本題に戻ると、この本でトリプトファンの説明は12ページにも及ぶ。そのほぼ全てが、臨床医としての視点から、米国で発生したL-トリプトファン事件についての文献を整理し、書かれたものだ。例えばカナダでの症例調査で、EMSと診断された6423症例中44人がL-トリプトファンを1人も飲んでいなかった事例なども記述されている。結論では、「トリプトファンによる健康障害は不純物によるものだ、といまだに大方の人は考えているようである。しかし、これまで見てきたように、そうではなく、偏った取り過ぎが原因である」とまとめている。「大量摂取すれば良くないことは従来から分かっていたことで体質、素因が関係するにせよEMSはそれで十分説明がつく」と明快に述べている。医薬品ではなく、多量に食べ得る健康食品というジャンルに入ることにより起こる悲劇である。

 ここで、当初疑われていた不純物の研究はどうなっているのかということも考えてみよう。多幸之助のコラムに合わせたように、L-トリプトファンの不純物についての研究のまとめが食品衛生学雑誌50巻1号(2010年)に掲載された。J-stageで無料閲覧が可能だ。この総説は、国立医薬品衛生研究所の米谷民雄部長らが書いたもので、EMSの原因とみられるL-トリプトファンの不純物の分離同定や毒性実験の評価に加えて、81年にスペインで発生した変性ナタネ油による有毒油症候群(TOS、Toxic Oil Syndrome)の研究にも触れている。

 当初、L-トリプトファン事件が不純物の方へと関心を集めてしまった大きな原因として、EMSがTOSとよく似ていて、副生成物(グリセロールや脂肪酸にアニリンがくっついたもの)が原因と思われる大きな事件となったこのスペインでの事件(1799名の方がなくなっている)が大きくかかわっているからなのだと思う。さらに当初は低所得者地域での発症が多かったので感染症も疑われたが、調査の結果、安売りの油が原因ということが分かってきた。食用にならないアニリン入りのオリーブオイルを食用にするため加熱したり脱色したりいろいろ手を加えた揚げ句、有害物質が生成して大きな被害になったというものである。ただし実験動物での再現はできていない。

 原因が不明なときの貴重な科学的アプローチが、化学分析である。L-トリプトファンそのものは必須アミノ酸であり、当初の疫学調査では、ある特定のメーカーの製品が原因と考えられたので不純物の調査にかなり多くの関心が寄せられた。同じメーカーの製品で発症にかかわったと思われるロットと、そうでないロットを比較して液体クロマトグラフィーなどを駆使して比較分離を行い、関連がありそうなピーク(不純物)を分離。そうして構造決定を行って、それらの毒性実験を行うという作業が続けられたが、これぞという結論は得られなかった。そうした現状を踏まえ、内藤先生は偏った取り過ぎが原因であると結論されたのであろう。

 EMS事例の概要と不純物の研究経過については、99年の食品衛生学雑誌40巻5号335pに、厚生科学研究の主任研究者であった内山充先生が詳しく書いているので参考にして頂きたい。内山先生はいわゆる健康食品が問題となったころから、副作用(健康障害)を有する物質を医薬品ではなく、摂取量に制限がない健康食品という括りで提供する危険性を以前から提唱し、行政的な科学アプローチが大切なレギュラトリーサイエンスを進めてきた。

 その論文によると、L-トリプトファン事件は、食品の通常成分あるいは必須成分といわれる物質の過剰摂取に、そのほかいくつかの要因が重なって、重大な健康障害をもたらした典型的な例であると述べている。さらに、食品衛生上の評価、判断にきわめて大きな示唆を与える事例で、今後、新開発商品が市場に出るときの安全性評価法の考え方に大きな影響を与えるとも述べている。なにはともあれ、EMSが発生してすぐに、不十分ながらも初期の疫学調査で大量に摂取したL-トリプトファンが原因物質らしいという特定を行い、回収の措置に及んだ、米国の行政判断の機敏性は高く評価すべきだろう。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)

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