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あまりにも大きい牛ミンチ偽装事件の負の遺産

森田 満樹

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 ミートホープ社の偽装表示事件が発覚してから約1カ月、次々と明らかになる悪質な偽装の手口には呆然とするばかりである。単なる食品企業の不祥事といった問題ではない、食を脅かす事件の中でもダントツの悪質さだ。たった1社の犯罪によって、消費者の食の安全に対する信頼は、大きく失墜してしまった。しかし問題はそれだけに留まらない。農林水産省はこの問題を重く受け止め、JAS法を見直して業者間取引の新たなルールを設ける議論を開始した。業界にとって過大な負担が強いられることになり、またぞろ違反が相次ぐのでは…?

 今回の牛ミンチ偽装事件について、消費者団体に所属する友人達に感想を聞いたところ、「裏切られた」という答えが大変多かった。何に裏切られたのか?「食の安全・安全とこれだけ私たちが求めてきたのに、そんなにひどい事業者がまだいたのか」「このところ企業の不祥事が多い。企業はやっぱり悪いことをする」「生協だけは大丈夫と思っていたのに」「小さな企業の問題と思ったら、お詫び広告は大手食品メーカーが並んで、大手も共犯かと唖然とした」—-といった意見が聞かれた。

 食品に関する消費者運動の半世紀の歩みをみると、奇しくもその歴史は1960年のニセ牛缶事件からスタートしている。02年には牛肉偽装事件が続発した時には、様々な法令改正が行われて、その後、消費者に軸足を置いた食品行政に大きく転換した。規制も強化されて、このような事件はなくなるだろうと消費者団体の方々は期待しただろう。そこでもって、今回の事件である。また、「牛」である。

 それにしても、これまでの事件においても、1社でここまでたくさんの偽装表示を行った事例は無いのではないか?牛ミンチ偽装だけでなく、他商品での意図的な異種肉の混入、賞味期限の改ざんなど、偽装は11項目に及び、まさにオンパレードである(詳細は農林水産省のHP )。社長の記者会見のコメント「半額セールで喜んで買う消費者にも問題がある」にしても、こんな非常識な食品事業者が存在したのか、と驚くばかりである。

 消費者を意図的に騙してその信頼を失墜させ、食品業界全体で積み重ねてきた食の安全を根底から崩してくれたわけだ。新聞の社説やテレビのコメントには、「食品企業の不祥事として雪印や不二家と続いて、またしても起きた事件」とあるが、不祥事のレベルがまるで違う。不正競争防止法違反や詐欺罪に当たる犯罪だ。

 さらに農林水産省の調査によると、北海道加ト吉の工場長は、本来廃棄しなければならない業務用冷凍コロッケをミートホープ社に販売して、それで得た利益を社員の懇親の目的として使用していたという。そんなダーティな関係であれば、ミートホープ社の不正を見抜けるわけもなかろう。ここで不正を見抜く目がなかったからこそ、生協やそのほか多くの食品企業を巻き込んで、被害が広域化、大規模化したのである。

 食品関連事業者は、食品安全基本法第8条の中で、その責務として「自らが食品の安全性の確保について第一義的責任を有していることを認識して、食品安全性を確保するために必要な措置を食品供給行程の各段階において適切に講じる責務を有する」とある。努力義務ではあるが、消費者問題に取り組んでいる者からすると、この法律ができた2003年以降、食品関連事業者の意識は大きく変わったと思っていた。

 ミートホープ社は例外中の例外としても、少なくとも加ト吉は大手食品企業として原料まで遡って安全性を確保しているかどうか、監視指導する立場ではないか。加ト吉の名前で商売しているのであれば、そしてその自負があれば、原料を供給している供給行程が適切であったかどうか、抜き打ちで現場に入って品質管理の実態を見て、記録や帳票等を調べることはできなかったのだろうか?消費者としての素朴な疑問である。

 生協についても、もう少し何とかならなかったのだろうかと思う。「CO・OP牛肉コロッケ」と生協の名前で販売するのだから、それなりのチェックは行っていたはずで、生協の発表によれば、最終製品の検査で、微生物、動物用医薬品、GMO、残留農薬、食品添加物などについては実施していたという。しかし、牛か豚かのDNA検査はしていませんでした、ということだ(それはそうだ、今回の事件は想定外でそこまでは検査しないだろう)。

 確かに取引製造業者より遡って、その前段階である原材料供給業者にまで立ち入り調査を実施するということは、現実的ではないだろう。それでも「肉の味がおかしい」という苦情が寄せられていたということだから、その時点で何らかのチェック体制が働かなかったのだろうか。

 ところでこの問題、これだけの偽装表示がありながらもミートホープ社はJAS法違反にならなかった。というのも、JAS法は製造業者が守るべき基準を定めたものであって、同社は原料肉を業務用に卸す食品卸業者であり、適用対象外であったためだ。JAS法に基づく品質表示基準の表示義務については、業者間取引では一部義務、外食などにおける表示は義務対象外となる。このため6月に農水省が同社に立ち入り検査をしたものの徹底した調査ができず、行政処分も行えなかった。

 この件を受けて農林水産省では7月10日、「食品の業者間取引の表示のあり方検討会」の初会合を開催して、これまで規制対象外であった業者間取引において新たなルールを設ける議論が開始された。この中で消費者側の委員から「業者間取引は消費者から見えづらいので、行政の監査をしっかり行う必要がある」といった意見が出されたという。

 話は脱線するが、そういえば一昨年前に行われた同省の「外食の原産地表示に関する検討会」に参加した際、この問題にぶつかった覚えがある。生産者や卸売業者が外食産業に業務用製品として卸す場合は、JAS法は適用されず、原産地表示は義務付けられていないのに、外食における原産地表示は、どのように担保されるべきなのかという点だ。結局、業者間の送り状や納品書などによって、情報を伝達することが可能であるため、それを表示することとしてガイドラインがまとまった。しかし、JAS法であれば、担当職員が取り締まりや行政処分ができるが、外食の場合、店の原産地表示が正しいかどうか、どのように監視するのだろうかという点が気になった。

 今回の業者間取引の議論において、JAS法の規制対象が拡大された場合、どうなるのだろうか。加工食品の流通ルートは大変複雑で、生鮮品が中間加工品の行程を何段階か経て、製造業者に納入されるような場合、どこまでを対象にすべきか、難しい問題である。その段階ごとに表示が適正かどうか、どうやってチェックするのだろうか。たとえば対象品目や表示項目を絞らないで、網をかけた場合、業者に過剰な負担を強いることにならないだろうか、実行可能性はどうだろうか、そして実際に監視できるのだろうか?今後、検討会において、活発な議論が求められるところである。

 問題が起きると規制を強化する、過剰な負担を強いられて間違いが起こる、そうなると違反が増える、消費者の不安も増える—-と、何だか悪循環に陥っていきそうな気もする。消費生活センターで表示の話をすると、参加者の方から「昔の食品企業はこんなに偽装表示の問題を起こさなかった。今の企業は嘘つきばかり。嘆かわしい」といった意見がよく寄せられる。私はその答えとして「別に今始まったわけではないんですよ。表示が義務付けられて、監視が強化された結果、違反が目立つようになっただけですよ」と答えることにしている。

 また、今回の事件を受けて、農林水産消費安全技術センターでは店頭で販売されている牛肉加工品を調査中であるが、マスコミ報道によると、かなりの率で異種肉の混入(コンタミも含む)があるのではないかとも懸念されている。今後は原材料指定の段階まで検査が求められる場面も増え、検査項目も増える一方で、検査総数は膨大になるだろう。ただでさえ、ポジティブリスト制度対応や中国問題対応で、検査項目は増える一方であるのに、DNA検査までしなければならないのか。これがコストアップにつながらなければいいのだが…。

 ミートホープ社の問題が食品業界に与えた影響は、あまりにも大きい。(消費生活コンサルタント 森田満樹)