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タイでも中国食品の取り締まり強化。でも、消費者は至って長閑

森田 満樹

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 中国産食品の安全性について、ここタイでも話題になっている。タイの食品医薬品委員会(FDA)では、中国から輸入された多数の農産物や加工食品に、基準を上回る残留農薬や食品添加物、カビ毒や重金属が検出されたとして、返品、廃棄の措置をとって取り締まりを強化している。タイ政府も輸入食品をきちんとモニタリングしているじゃないか、タイ国内に流通している食品についても、そんなに心配することはないかも。そう思っていた矢先に、タイの東北部で、屋台でおなじみクゥエイティアオ(米粉の麺)に、合成保存料が多量に検出されたという報道を見つけた。さて、タイ在住消費者として、どうしたものか…。

 タイと言えば、のどかな田園風景が広がっている田舎を想像していた私だが、バンコクに来てみると、そこは高層ビルが立ち並ぶ大都会であった。かつては農業国であったタイは、産業構造は変化して工業国になってきており、GDPベースでみると農業は10%に過ぎない。しかし今でも就業者の約50パーセント弱は農業に従事しており(いかに農業が効率悪いかということだが)、農業が国の柱であるという意識は強いようだ。タイ政府も農産物や加工食品の輸出には力を入れており、タイを「世界の台所」とすべく、2003年よりタイFDAを中心とした関係機関と合同の食品安全戦略計画を実施してきた。

 ちょうどこの頃、日本の政府関係者や有識者、消費者団体などが調査団として、タイの生産現場や加工場を訪れ、実態レポートをまとめているが、それによると日本に輸出向けの農産物や加工品は残留農薬のモニタリングも行っており、HACCPやISO、GMPなどの取得にも積極的に取り組んでいるということである。そういえばこちらで販売されている乳製品や加工食品に、全部タイ語の表示の中にもHACCPやISOのマークが付されているものをよく見かける。タイは世界200国に農産物を輸出しているが、輸出額の2割以上が日本向けである。「日本の台所」でもあるわけで、日本の消費者が求める厳しい水準をクリアして輸出を継続するのは、大変なことであろう。

 こうした努力が実を結んだのか、このところの中国産食品の品質に対する不信感が高まる中で、タイでは米国やEUなどから農産物や加工食品の受注が増えており、輸出増が見込まれている。そんな折、冒頭でご紹介したタイFDAの中国輸入食品取り締まり強化である。有害物質として検出された項目をみると、コーンや乾燥唐辛子からアフラトキシン、ホウレンソウやシイタケから基準値を超えた残留農薬、加工食品からも基準値を超えた食品添加物とされている。これを受けてタイFDAでは、中国産に注意するよう呼び掛けている。それにしても、タイ国内では原産地表示が義務付けられていないのにどうやって注意しろというのだろう?しかも03年にはタイと中国は主要な野菜と果物の関税を相互に撤廃しているため、タイには中国産の野菜や果物が大量に流れ込んでいるというのに。

 とりあえず、タイでは輸入食品も輸出食品もそれなりに規制を厳しくしているということではあるが、それではタイ国内に流通する自国製品の安全性はどうであろうか。先月、気になる小さな記事を見つけた。冒頭に紹介したタイの米粉でつくる麺のクウェイティアオの保存料検出の報道である。クウェイティアオとは米粉麺の総称で、日本のビーフンのような細い麺はセンミ、中太麺はセンレック、太い麺はセンヤイと名前が変わる。鶏や魚のあっさりしたスープを選んで頂くもので、具材も魚のすり身の団子や焼き豚などから選べる。タイ料理というと、パクチや辛いものを想像する方が多いと思うが、これらは癖が無くて食べやすい。タイ人とっては最もポピュラーな麺料理で、屋台やフードコートで朝から賑わっている。

 その麺から食品保存料のパラオキシ安息香酸ブチルやソルビン酸が検出されたと、タイ国内のウボンラチャタニ県立医療科学センター所長が8月末に医療科学局学術会合で発表したという。邦字新聞の報道によれば、東北部4県14カ所の製造所等から集めた92サンプルを分析した結果、1000?/?から17000mg/kgの上記保存料が検出されたそうだ。しかしどの程度の割合で検出され、どの保存料かということは定かではない。その後調べてみたが、真相はよく分からない。

 この分析値が本当であれば、ずいぶんな量だ。ソルビン酸はJECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家委員会)においてADIが定められているが、1人1日1000?を摂取で、対ADI比は100%となる。17000?/?が検出された製品であれば、1食分だけでADIを超えることになる。にわかに信じ難い。タイでは食品衛生法にあたる法律はあるのだが、食品添加物については使用基準が日本のように事細かに定められていないため、すぐに基準値違反という判断は下されなかったようである。したがって、回収等の措置は行われていない。日本だったらこれらの食品添加物が麺に使用されたら指定外添加物使用で、違反即回収となる。

 タイFDAのホームページを見ても今回の保存料検出については触れていない。分析値が本当であれば日本にも輸出されているだろうから、水際で分析されてそろそろ検査命令が出そうだが、そんな話も聞かない。タイから日本に輸出される食品のうち、検査命令の代表例を調べてみたが、保存料違反の加工食品はいくつかあるものの、麺における違反例は見つけられなかった。

 それにしても、タイの消費者はこんなニュースには全く動じないようだ。回収されたという話はもちろん、店頭における「この麺は保存料は使用していません」といった関連表示も見かけない。消費者団体が何らかの申し入れをしたという話も聞かない(タイには消費者団体はないという話もあるが)。報道後も屋台では売れ行きは好調だという。

 メディアに踊らされないなんて何だか落ち着いているなあと思って、タイ人(日本語のわかる)に聞いたら、「タイ人は食品添加物の意味がよくわかりません」とか、「保存料を使っているほうが腐らないから安全なのでは?」といったことだった。確かに不衛生な屋台でお腹を壊すよりはいいのか。

 ソルビン酸や安息香酸などの保存料は日本の消費者には嫌われているが(生協のZリストに掲げられていたり、一部のJASマーク製品から外されたりしている)、今のところ、これらの保存料のJECFAのデータを見てもネガティブデータは確認されていないし、ADIも高いので毒性は低いと考えるのが科学的ではないか。そんなわけで、タイ在住の消費者としては、今回の報道はデータの信憑性も分からないし、頭の片隅に留めておいて、その後の同様のデータが頻出したら考えることにしようと結論付けることにした。

 日本にいたら敏感に反応しそうだが、ここはタイ。こうやって消費者としてのリアクションが少しずつ、ずれていくのだろうか。大好物のセンミ(細麺)は、止められそうにない。(消費生活コンサルタント 森田満樹)