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目指せ!リスコミ道|森田 満樹

タイにおけるリスコミの第一歩、フードファディズムの講演会開催

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2009年3月11日

 どこに住んでいるかにもよるが、海外では食の安全に関する情報が入りにくい。数万人の日本人が住むここバンコクでも、情報不足により消費者は不安に陥りやすく、科学的に根拠が無いようなデマに翻弄されやすい。かねてより食品安全について適切な情報が発信され、さらにリスクコミュニケーション(リスコミ)が行われることを切望していたのだが、最初の一歩となる講演会が先日行われ、現実のものとなった。

 講演会のタイトルは「タイにおける食品安全とフードファディズムについて〜食の危険情報、健康情報に踊らされないようにするために〜」、講師はジェトロバンコクセンター貿易振興部(農水産・食品担当)の田雑征治氏である。氏はジェトロに出向する前は農林水産省農薬対策室に勤務し、農薬に関する意見交換会(リスクコミュニケーション)への出席経験もあり、タイでは食品関連事業者を対象にポジティブリスト制度などの日本の法規制をテーマにした講演なども行っている食品安全行政の経験者である。

 タイにおける現状について、これまで個人的に話を聞く機会はあったのだが、日本人のオクサンたちにも田雑氏の話はぜひ聞いて学んでもらいたいとずっと思っていた。特に昨年末、日本人学校で行われたオーガニック勉強会の後、私の身の回りでも「ブロイラーの鶏肉はもちろん、ブタ肉も牛肉も食べてはいけない」「有機農産物でないタイの野菜は農薬まみれ」といった話を頻繁に聞くようになった。これは急がねばならぬという思いから、日本人会婦人部を主催とする2時間の講演会を企画立案して、ようやく2月末に実現にこぎつけた。

 できるだけたくさんの人に聞いてもらおうと、ポスターを作成し、フリーペーパーに告知を掲載してもらって、当日の参加者は120人以上となった。日本における十数万人規模の地方自治体における消費生活センターの講演会で、何回かお話させてもらった経験はあるが、食品安全だけのテーマではなかなか動員できないのが現実だと思う。フードファディズムという難しい言葉の演題なので、敬遠されるのではないかと危惧したのだが、申し込みは定員を超え、最後の1週間は参加をお断りするほどの盛況ぶりであった。関心の高さがうかがわれるというものである。

 さて、講演の内容だが、前半はタイの食品の安全性について。タイは農業国で世界的な農水産物・食品の輸出国だが、先進国からの輸出品の安全性確保の要求を満たすべく、行政指導が行われてきた。HACCP、GMPなど国際基準を満たす工場生産、残留農薬や抗生物質の問題がない農水産物、加工品の製造を目指しく、官民のさまざまな取り組みが行われてきたという。

 タイFDAの食品法によって食品の安全性については規制されているが、そこで残留農薬の基準などが設定されており、モニタリング検査も行われている。講演の中では、モニタリング検査の結果がいくつか紹介された。2003年以前、たとえば食品添加物の保存料(防腐剤)のモニタリング検査の基準値超過率をみると、176%!(サンプル検体数に占める基準値を超過したサンプルの割合で、1つのサンプルに複数の保存料が検出した場合は100%を超えてしまうことがある)といった猛烈な違反率だった。タイは暑い国なので、食品安全の中でも一番気をつけなくてはならないのは食中毒を警戒し、保存料をたくさん入れる習慣があったらしい。それが04年6月のモニタリング検査結果では1.1%にまで低下している。

 また、残留農薬についても、03年以前は違反率が20%前後だったものが、こちらも3.6%台にまで低下している。実はタイ政府は04年をFood Safety Yearと位置付け、取り締まりの強化や普及啓発を実施して、強力に行政指導を進めた。その結果、違反率が極端に低下したという成果を示したのが、これらのモニタリング結果なのだそうだ。

 現在も、タイ政府はモニタリングの結果をホームページで公表しているが、07年10月から08年9月にかけての調査結果で、サンプル数5万件以上、基準値以内は99.25%というところまで違反率は減少している(なお、この数字がサンプルの検体数に占める違反件数率なのか、あるいは分母が検査した農薬などの種類×検体数で分子が違反件数を示すものなのかは不明とのことであった)。この中で違反が一番多かったのはパクチー47件、葉ものは日本と同様、違反が出やすいという。こうしたデータを紹介することによって、思ったよりも違反値が低くて安心したという声が、参加者から多く寄せられた。

 それにしてもタイに長年在住していて、02年以前に住んでいた人は、これだけ基準値違反のものを食べる機会が多かったわけだ。しかし、果たしてこのことが原因で健康被害があったのだろうか–と講師は問いかける。確かに食品添加物や残留農薬の違反が多かったとしても、食中毒のリスクに比べると、どの程度の健康被害だろうか。こちらに住んでいると食中毒のリスクはとても高く、入院経験も珍しくないのだ。自分で体感しているからこそ、リスクの程度が実感できる。

 それでも心配な消費者に対しては、タイ政府が実施している表示制度が紹介された。タイの青果物には実にさまざまな認証マークが張られている。有機農産物認定マーク、Qマーク(慣行栽培または減農薬・減化学肥料栽培によるもので、定められたルールに従って栽培されている証明マーク)、野菜・果実の残留毒素検査システム認定マーク(生鮮の野菜・果実の残留農薬の検査システムを有する取り扱い業者または生産者に対して保健省が認定するマーク)、小売店の食の安全性認証マーク(保健省によってお店ごとを対象にした認定マーク)などが紹介された。

 タイは極端な階層社会であるが、青果物もこうした認定マークなどによって階層が分けられているという。その分、選択の幅が広いわけだ。このため、ローカルな市場などで、不自然に安いものなどは購入しないようにするなど、常識的な対応をすれば、安全性については大きな問題はないだろうという。実際にタイから日本に輸出する生産者は、農薬使用に関して厳しい指導を受けている。輸出向け加工食品も、産地が明らかな原材料を使用する動きが加速しており、加工食品の原材料を中国産からタイ産に変える動きも出ているという。

 また、面白いエピソードも紹介された。タイでは消費者が農産物の外見について日本ほどこだわらないため、「外見を良くするための農薬」の使用量が比較的少ないという。タイ産のミカンを例に、確かに日本では売り物にならないような、皮に煤のついたような見た目の悪いものが、大手スーパーで販売されているという。コメについても、カメムシの被害を受けて粒が黒くなったようなコメが時々混ざっている。日本では農薬を使うことで、こうしたダメージ品はあまり見られないが、タイの北部で栽培された日本米などにはよくある。しかしタイに住む日本人は、変色したコメにクレームをつけて、返品を要求してくる人がいるらしい。日本人の過度な要求が、農薬の使用量を増やすことになりかねないのだ。

 講演の後半はフードファディズムについて。講師はハザードとリスクの定義、食品における主なハザードについて解説したうえで、ゼロリスクを求めるのではなく新しい食品の安全性確保の仕組みを紹介した。タイに長く住む人にとっては、03〜04年にかけて、食品安全の枠組みが世界的に大きく変化したことについて、なかなか知る機会がなかったのではないか。もっとも日本に住んでいても、食品安全委員会の名前を知らない人が半数いるという調査結果もあるので、何とも言えないが。

 続いてフードファディズムの定義と背景、具体的な実例が紹介された。例えば砂糖について白砂糖は漂白剤を使っているから体に悪いというデマや、天然のものは白いはずがないという感情によって「安全でない」とけなされてしまう傾向にある。三温糖は加熱されたり、カラメルを後から加えることでできた色なのにもかかわらず、白くないので自然に見えるというのである。また黒砂糖も確かに不純物のミネラルは白砂糖よりも多いが、大した量ではないし、カルシウムの大半は製造過程で添加されて残ったものである。しかし「体に良い」と信じられやすい。食品添加物についてもグルタミン酸ナトリウム、合成保存料、合成着色料、合成甘味料、天然着色料について、さまざまなデマが信じられて「安全ではない」とけなされてしまう。

 こうしたフードファディズムは度が過ぎると、バランスの欠いた食生活となり、健康のためには逆効果になる。また必要性の低い高価なものを買わされることがある。そこから身を守るためには、過剰な情報に惑わされないように、気をつけるしかない。食べモノの現実的な危険性がどの程度かをよく考えて行動するしかない。
 講演が終わって、10人以上から質問や意見が相次いだが、1つひとつ丁寧に解説が行われた。参加者からは「消費者として正しく学ぶために、どういう勉強をしたらよいのか」「適切な情報をどこから入手できるのか」といった質問や意見も相次いだ。また「今日の話を聞いて、いろんなものを安心して食べられます」といった感謝の声も数多く聞かれた。

 海外生活において、さまざまなリスクを過大でも過小でもなく、正しくとらえることはとても難しい。たとえばタイに住むことによって新型インフルエンザのリスクをどう捉えたらいいのか—-本当に気にしなくてはならないことは山ほどある。ただでさえ不安な中で、フードファディズムによって不安に陥ることだけは避けたい。不安の1つひとつを科学的ベースで考えて、リスクコミュニケーションが適切に行われること、こうした機会が今後少しでも増えることを願っている。最後に、異国で無理やりのお願いに快諾して頂いた講師に、心から感謝申し上げたい。(消費生活コンサルタント 森田満樹)

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