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タイの「世界の台所計画」に日本が頼れるのは今のうち?

森田 満樹

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 タイ政府が進める「世界の台所計画」をご存知だろうか。タイ産食品やタイ料理を海外に普及させようという輸出振興策だが、昨年中国で起こったさまざまな問題を受けて、最近は特に食の安全分野に力を入れている。この計画については、日本もサポートを行っているが、その一環として、食の安全セミナーがこのほどバンコクで開催された。タイの食品企業のボトムアップを狙って、日本から専門家が招かれ、ポジティブリスト制度や食品企業のトレーサビリティケーススタディなどの解説が行われ、数百名のタイ人食品関連事業者が熱心に聞き入った。

 今回の講演会の主催は、タイの「世界の台所計画」を担当するタイ国立食品研究所(National Food Institute)と、日本貿易振興機構(JETRO)。今回のセミナーは日タイ経済連携協定に基づいて実施される協力事業 「世界の台所プロジェクト」に関するもので、このプロジェクトに関しては、日本側もさまざまなサポートを行っている。セミナーでは、厚生労働省の南俊作氏が「日本における食品安全とポジティブリスト制度」、ニチレイフーズの田所誠一郎氏が「ニチレイのトレーサビリティシステムのケーススタディ」として、それぞれ約2時間の講演が行われた。参加者は、日本に輸出する食品関係事業者必見の講演内容に聞き入り、その後の質疑応答も活発に行われた。

 冒頭の主催者挨拶で、中国の食品問題以降、日本の輸入食品は中国からは3割以上減っているが、タイからは6割以上増えているというデータが紹介され、中国以外の調達地としてタイが候補になっていることが強調された。こうした数字からも分かるように、食の安全は、タイの「世界の台所政策」における大きなキーワードでありチャンスでもあると、今後の期待が語られた。

 講演はまず、厚生労働省で昨年まで監視を担当していた南俊作氏が、タイの食品の不適合事例、輸入時の検査手続き、食品の規格基準とポジティブリスト制度、加工食品の安全対策として昨年発表された「輸入加工食品の自主管理に関する指針ガイドライン」の4項目について説明が行われた。

 最初にタイから日本への輸入食品不適格事例について、冷凍食品の微生物規格の違反事例が最も多く半数を占めており、多いのは生食用の食品で、寿司エビや生食用イカとなっている。冷凍食品の微生物規格は厳しいという声を聞くが、ただ、この基準があるために消費者の信頼は非常に高いともいえるという。対策としては、製造施設、機械を毎日きちんと消毒するという衛生的な環境づくりが求められ、HACCP以前の基本的な問題を周知徹底させることが強調された。

 また、残留農薬違反事例については、食品別では、オクラ、トウガラシが多く、ポジティブリスト施行後に違反事例がみられたタイ料理用専用の少量ロットの食材については、対策が講じられるようになったことから違反は少なくなっている。また養殖エビや肉の抗菌剤の違反も、同様に減少している。対策としてはパッカーが日本の基準にあった農薬や抗菌剤の使い方を指導すること。とはいえ正しい使い方をしても隣の畑からの飛散もあるので、周辺の環境も確認することが重要となるという。現在のところ、タイの違反事例は野菜や果実が中心だが、最近の中国からの不適合事例では、冷凍シメサバや冷凍肉まんなどの加工食品からも検出されており、今後は加工食品の対応も大きな課題となる。

 続いて輸入時の検査手続きについて、その流れと審査のポイント、検査の仕組み、不適合の場合の措置について、中でも自主検査、モニタリング検査、命令検査の3つの詳細について丁寧に解説が行われた。例えば、タイでもいくつかの食品は命令検査をクリアできず、同業他社も含めて日本に輸出することが事実上難しい品目がある。具体的には、レモングラス。トムヤンクンなどタイ料理には欠かせない香草だ。

 これまでモニタリング検査で2回違反が指摘されて、命令検査となっているが、命令検査になると、タイからのほかのパッカーのものも含めて全部100%検査となり、しかも検査費用は輸入者負担となる。検査は登録検査機関で行わなくてはならず、検査が判明するまでは貨物が移動できない。いったん命令検査のカテゴリーに入ると大変で、毎回検査で原因究明と再発防止の話し合いが行われるが、2年間で300件以上の検査で安全が実証されない限り、検査が解除されることはない。こうなると実質的に、タイからの生のレモングラスは輸入できなくなる。農薬の管理を適正にやっているパッカーや農場にも迷惑をかけることになり、タイの農産物のイメージダウンにもなりかねない。

 講演後半部は、ポジティブリスト制度の詳細について詳細について説明が行われた。今後の方向性としては加工食品の検査方法の開発が最大のテーマとなっており、食品関連事業者においては原材料のコントロールを十分にするように留意されたいということであった。また、厚生労働省は昨年「輸入加工食品の自主管理に関する指針(ガイドライン)」を出しており、その詳細についても触れられた。

 まずは原材料の受け入れで何をすべきか、契約農家で農薬管理をしているところで原材料を調達すること、さらに搬入の際には選別をして定期的に農薬の検査を行って安全性を確保すること、病原微生物から汚染されないように管理すること、製造加工施設を衛生的に管理すること、衛生部門ごとに衛生管理者をおいているかどうか、出来上がった製品の輸送管理などが具体的に示され、各項目ごとに記録することが定められている。日本の輸入者は今後、この指針に基づいて、タイからの加工食品の安全確保を進めることになるという。

 第2部ではニチレイのトレーサビリティについて、同社の取り組み状況と、食品事故に対する対応事例と消費者への情報提供についての2本柱で講演が行われた。同社は東南アジアに主要生産拠点を30カ所ほど展開しているが、そのうち半分は中国で、タイは野菜加工品を含む8工場になっている。

 同社では2008年におこった輸入冷凍食品の事故を紹介したうえで、輸入食品の信頼が失われる中でトレーサビリティを行う意味は2つあると説明した。1つは、事故発生時の危害拡大を阻止してすみやかに製品を回収して被害を最小限にすること。もう1つは顧客が求める情報提供による信頼確保で、消費者が知りたい情報を知らせることで信頼を高める意味があるという。その詳細について、実例を通して詳細の解説が行われ、さらに回収事例について食中毒が発生した場合と、食中毒が発生しなくても自主的に回収する場合のケーススタディが紹介された。

 講演後、タイ人参加者からはさまざまな質問が寄せられた。その内容は、「タイ国内では分析できない場合の農薬はどのように対処すればいいか」「フライドチキンを例にすると、加工食品のポジティブリストの対応として、鶏肉以外についてどのように対応すればいいか」「検査制度について、自主検査、モニタリング検査、命令検査についてどう選ばれるのかもう一度説明してほしい」などで、自分たちが直面している問題から具体的な質問が出されたように思った。

 またトレーサビリティについては、「日本では法律で義務化されているのか」「原材料規格証明書という言葉が出てくるが、ニチレイが書き込むのかサプライヤーなのか、後者の場合は中身が信じられないので意味が無いのでは?」といった質問内容で、この分野はまだタイの食品関連事業者にとって、あまり末端まで周知されていないのではないかという感を受けた。

 それにしても、これだけの高いハードルをクリアしなければ、タイから日本には輸出できない。タイ国内向け食品とは比べ物にならないほど厳しい仕組みによって、日本の消費者の食品安全は守られている。タイ側の食品関係事業者からすれば、その壁はあまりにも高く、時に理解に苦しむだろう。

 世界一厳しい日本の消費者に受け容れてもらうためには、日本の基準を理解し、農場から食卓まで、タイ国内向けとは全く異なる管理を行って記録をとらなければならない。そして、それを従業員や周辺にまで周知させなくてはならない。日本がお金持ちで、それだけ高く買ってくれるうちはいい。でも、もっと寛容で大量に買ってくれる上得意客が現れたら、果たしてタイ人に日本向け特注をこれからも作ってもらえるだろうか。

 これだけの負担を相手国にかけて、日本の食卓が成り立っているということを、どれだけの消費者が知っているのだろうか。知らないで輸入食品は危ないと一方的に忌避しているのだとしたら…。熱心に勉強している彼らの姿を目の当たりにして、それは申し訳ないと思うこの頃である。(消費生活コンサルタント 森田満樹)