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トクホ産業はどこへ行く? その光と影を追う

森田 満樹

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 食の信頼向上をめざす会(東京大学名誉教授・唐木英明会長)が12月14日、「トクホとは何か〜エコナ問題をきっかけに〜」と題して、メディアとの情報交換会を開催した。会の前半は、花王の安川拓次氏、国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子氏、科学ライターの松永和紀氏の講演が行われ、後半は当日参加したメディア、消費者委員会委員の日和佐信子氏、田島眞氏、食品安全委員会委員長の小泉直子氏も交えて、活発なディスカッションが行われた。その議論を聞きながら、1991年に特定保健用食品(トクホ)制度が始まった頃の関係者の期待や熱気を思わず思い返して、大きな時代の変化を感じざるを得なかった。巨大産業に成長した光の部分と、再考されるべき影の部分、トクホはこれからどこに行くのだろうか。

 食の信頼向上をめざす会は、昨年発足以来、食に関する適切な情報発信を行うべくメディアとの情報交換会を開催してきた。今回はその第6回目。9月に発足した消費者庁と消費者委員会が、トクホの許可について厚生労働省から移管され、その矢先にエコナ問題が起きた。今回はこの問題をきっかけに、トクホについて考えるという趣旨で開催された。

 折しも消費者庁で先月から「健康食品の表示に関する検討会」が開催されて議論が開始されており、半年で結論が出される予定である。トクホだけでなく健康食品の制度についても見直すべきという機運が高まっており、今後、消費者庁がどのような結論を出すのか、消費者委員会がどう判断するのか、注目されている。今回の交流会は、世間の関心の高いこの問題をいち早く取り上げて、識者による議論が行われたものだ。会は3時間以上に及び、その全容はとてもお伝えしきれないが、私なりに印象深かったことを中心にまとめてみる。

 まず、花王・執行役員の安川氏から、エコナ関連製品に対する同社の対応について、一時販売自粛・トクホ失効に至った経緯、エコナ製品の安全性、グリシドール脂肪酸エステルについて、解説が行われた。この問題の発端となった欧州の現況について、グリシドール脂肪酸エステルよりも3-MCPD脂肪酸エステル及び3-MCPDが問題になっていること、これらは1980年代から研究が行われおり、ドイツを中心に安全性について懸念が強まり、今年4月に3MCPDエステル低減研究プロジェクトが立ち上げられたことも紹介された。定量化や代謝については欧州でも未だに明らかになっていない部分が多いという。

 グリシドール脂肪酸エステルについては3MCPDほどの懸念ではないものの、定量、代謝についてはやはり試験方法の構築が難しく、現在、エコナ製品は販売を止めている状態だが、グリシドール脂肪酸エステルの低減化を含めて研究を行っており、代謝研究も行っていくという。ジアシルグリセロール(DAG)の安全性も含めて、今後はさらにコミュニケーションを行っていきたいとまとめた。

 次に、国立医薬品食品衛生研究所・安全情報部主任研究官の畝山氏による「海外での健康食品の状況–有効性と安全性評価の基準を中心に–」とする講演が行われた。最初に欧米を中心として海外における簡単な歴史が紹介され、EUにおいては07年に栄養及びヘルスクレームの規則が適用され、健康強調表示について一般に認められた科学的根拠に基づく表示はどのようなものかを規定することになっているが、現在はまだ欧州食品安全機関(EFSA)で評価中という段階であることが解説された。

 また、米国食品医薬品局(FDA)も、ヘルスクレームについて厳しく評価している実態が紹介されたが、評価があまりに厳密なために、ビタミン類と特定疾患の関連についても多くが却下されているのが現状であるという。評価されたとしても許可される表現が科学的で厳密なために、消費者にとってはあまり魅力的ではなく実際に食品に表示している企業はあまりないのが現状。EFSAによる評価も同様に厳しく、例えば日本ではダイズイソフラボンについては、「骨の健康が気になる方」にという表示を許可しているが、EFSAではダイズイソフラボンと骨ミネラル密度維持については、因果関係は確立されていないと結論付けられているという。

 畝山氏は、日本はFDAやEFSAよりも漠然として誤解を生むような表現が、許可を受けて表示されているのが現状であり、05年には条件付きトクホなどの枠組みが出来て、根拠が薄弱でも可能性表示を認めるという、世界的な流れに逆行したことが行われていると指摘。昔はエコナのような問題が、社会的に取り沙汰されることはなかっただろうが、一般の人々の安全への要求水準は時代とともに高くなっており、食品だから安全だという認識は間違いだし危険、特定の製品を大量に長期間取ることを薦めることは問題だと強調した。畝山氏の結論は、世界中の保健担当機関も口をそろえるように、「健康的な食生活は多様な食品からなるバランスのとれた食事から」というものだ。畝山氏は、FoodScienceの連載「うねやま研究室」でも、7月22日付記事、10月28日付記事に詳説してるので、併せてお読みいただきた。

 続いて科学ライターの松永氏が、「エコナ・トクホ報道–政治に利用されるマスメディア–」と題して講演した。講演では発がん物質検出問題とトクホの位置付けについて分けて考えたいとして、エコナ報道についての問題点と実際のエコナのリスクについて解説した。分析技術の向上によって、低濃度であるためにこれまでできなかった有害な物質を検出、定量できるようになってきており、今後も同様の問題が発生するだろうが、その時にどのようにメディアが報道するのか、その情報発信のための材料を事業者や食品安全委員会がどのように出すべきだったかについて指摘した。今回は消費者委員会において科学的議論がなされなかったが、その背景には政治的な問題が絡んでいることも紹介。メディアはこの問題で、科学的な量の意味も分からずに袋叩きにするような報道を行ったが、それに公平性はあるのだろうかということと、一方で消費者庁がよくやったという記事があるが、結果的に権力に加担するような報道があったのでは、と問題提起した。

 トクホについては、松永氏はトクホの安全性評価を紹介しながら、一般的な食品はこれらの安全性評価が全く行われていないこと、トクホに今後どの程度の安全性を求めるのか、食品なので食品添加物のようなわけにはいかないのが、一般食品よりどの程度上とするか、その議論が必要であると指摘した。その上で、有効性についてはそもそも境界域の人が対象でありながら、企業側は薬事法の縛りからくる表示、広告宣伝の難しさもあって、情報がうまく提供されておらず、共有されていない点についても触れた。トクホはそれでも「いわゆる健康食品」に比べれば安全性、有効性ともエビデンスがありはるかにましであり、本質的な問題は「いわゆる健康食品」にあるとまとめた。

 後半のパネルディスカッションは、唐木氏が座長となってメディアからの参加者を交えて進めた。唐木氏は「エコナについてはトクホだから安全だという消費者の思い込みがあり、普通の油だったら問題とならないのに、危険だと思われるものが入っていたのはけしからんという話になってしまった。トクホはそもそも食品であることを忘れている。もし残留農薬や食品添加物波の試験をすると、油も酒も落ちることになる。油であることは目をつぶって、DAGであることの食品の安全性を確認しているわけである。亜硝酸の規制値を超えているなど、野菜や果物の中には発がん性物質がたくさんある一方で、じゃあトクホはどうすれば考えればいいのかという松永さんの指摘があったわけだが、どう考えるべきか。トクホを見直すとなると、今度は健康商品が野放しになる、それを別途考えなくてはならないと思う。それについてどう思うか」と会場に問題提起を投げかけ、活発なディスカッションが行われた。

 この中で、当日の参加者である消費者委員会委員の田島氏から、次のような意見が出された。田島氏は、消費者委員会の下部組織である部会の長も務めることになっており、今後この議論の中心人物である。「トクホについては、来る12月25日に部会が開催される。消費者委員会としてトクホをどうするかということは、『健康食品の表示に関する検討会』が消費者庁の中に設けられて、そこでの議論の結論は来年の3月までにとりまとめ、それを受けて消費者委員会がとりまとめる。どういう議論になるかはこれからである。消費者委員会では有効性を中心として議論すると考えている。

 そもそも私の考えるトクホというものは、今の形と少し違う。最初に認可されたのは、コメアレルギーの人のための食品だったが、今ではその第一号はない。つまり、当初は病者対象として、医師などの指導のもとに使われることが目的だった。境界領域の人を対象とするようになったのは後から。このように目的が変わってきて、世の中にある健康食品として取り締まれないので、まともな健康食品という位置付けにしようということになった。それが今度は、一般の人にも効くと宣伝されるようになった。

 当初は、医療費が30兆円で、国民医療費の総額を何とか減らせないか、そのために国民に自分で健康管理をしてほしい、正しい食生活を送ってほしいという狙いがあった。今から見れば、当初の厚生労働省のもくろみは当てが外れてしまったわけだ。このようにの意味が変質してきたので、トクホ制度全般を今一度見直そうということではないか。4月以降、消費者委員会でも公開で議論を進めてるので、皆さんも関心を持っていただきたい」。

 同じく消費者委員の日和佐氏は、消費者委員会の実情について紹介。「エコナ問題はいったん許可したものに関して、新しい知見が判明したということで、今回の事件となった。明らかにリスクが明白なら申請取り消しだが、どうなのか分からなかったという場合、どうするかの取り決めは一切ない。全く新しいケースのため、健康食品増進法でも取り決められていないもので、今後、そこを検討しなければならない。第1回消費者委員会は野田聖子担当大臣や麻生太郎首相もいらしたが、その後政権交代でずっと開催されなかったところ、福島瑞穂大臣が新たに着任してすぐに第2回目が開かれ、いきなりエコナを議論することになった。事務局も大慌てだったし、委員のほとんどがエコナについての十分な知識や下調べは進んでいない状態だった。その点は付け加えておきたい」。

 次に生活協同組合コープこうべの伊藤潤子氏は、「健康な人がもっと健康になれるという幻想を持たせてしまっているというが、成人病予備軍でトクホについてそう思っている人が多い。畝山先生のお話のとおり、表示すればそれを思い込むのが消費者。表示が意図したことと違うものになって受け入れられることが多いので、商品を制度設計するとき、これが一般に出回ったときにどう誤解されるのか、考えて表示をして頂きたいのが一つ。同時に消費者教育について、どうすれば伝わるのか受け手側の教育ということについても、考えてほしい。」と、消費者教育の重要性についても言及した。

 また、参加者である食品安全委員会委員長の小泉氏からは「畝山さんに質問だが、農薬並みに食品を評価すると、アウトにするのは当然だと思うし、EFSAのように健康食品についての安全性が出ないのは当たり前だと思う。その一方で、欧米では数多くのサプリメントが流通し、軒並み健康被害が出ている。自由に買えて子供たちに飲ませているという状況からみると、国民にとってどっちが健康に良いのか、トクホはある意味では歯止めになっているのではないか。松永さんがおっしゃったように、いわゆる健康食品よりはましだと思う。米国ではサプリメントについてFDAはどのように規制されているのだろうか」と質問が投げかけられた。

 対して畝山氏は「米国では94年に栄養補助食品健康教育法が成立し、サプリメントとして認められる栄養成分、あるいはその際に表示できる事項が定められているが、結局サプリメント業者が独自に実験データを持っていれば自由に販売していいというもので、犠牲者が出て初めて取り締まれるような法律だ。サプリメント業者は、一部でGMPを作って改良もしているが、基本がこういう法律なのでこれはまずいと言っている人もいる。国民が健康食品で健康になろうと思っていること自体が問題ではないか」と回答した。

 続いて小泉氏は「ヘルスクレームにおいて非常に大きなポイントは、誰が使うか、どういう目的で使うのかという2つ。実は予備軍だけでなく患者も飲んでいることが問題だ。例えば血糖値が不安定になると、最終的には網膜障害や壊疽などいろんな障害が出てくる、眼科にやってくるのは、体調や健康コントロールができていない人だが、そういう段階の人が健康食品に頼っていたりする。内科の知人も言っていたが、どうしてこんなに血糖値が下がるのだと問い詰めると、より良くしたくてトクホを使ったと話すそうだ。とにかく、トクホの表示は、「誰が使うか」についてきっちり明記することが大切だ」コメントした。

 今回の交換会では、今後の健康食品の議論に先駆けて、様々な論点が打ち出された。いずれも今のトクホの制度では問題が大きいということだ。それでは今後トクホはどうなるのだろうか。私なりに考えてみて、次にまとめてみた。

 (1)今のトクホ制度を表示・広告を中心に見直して規制を強化し、消費者を誤解させることのないように伝える具体的細目を定める一方で、いわゆる健康食品については取り締りを強化する。

 (2)トクホ制度をいっそ廃止して、健康食品の中に統合してしまう一方で、悪質な健康食品は薬事法でバンバン取り締まる。

 (3)FDAやEFSA並みに有効性と安全性評価を厳しくして、ヘルスクレームの評価を精査した新トクホ制度を創設して、いわゆる健康食品とは、ぴっちり線引きをする。

 (4)トクホ制度の中で既に条件付きトクホなどの種類があるのだから、さらに有効性安全性についてもハードルを上げたトクホも作って、5つくらいのタイプ別に星の数で分類した(一つ星から五つ星まで)新しいトクホ制度をつくって、第三者機関に運営をまかせる。

 実際に取締り制度一つとっても、これまで取り締りの強化が叫ばれながらも、あまりにも相手が悪質なので対策を講じ得なかったという現実もある。トクホだけの問題ではなく、健康食品の取り締まりの問題も、両輪で考えなくてはいけないので問題は複雑だ。しばらくは検討会の行方を見守りたい。

 それにしても何でトクホがこんなことになってしまったのだろうと、実はちょっと途方に暮れている。91年トクホ制度ができた時、産官学はそんなつもりでトクホを作ったのだろうかと、一生懸命思い出してみる。病者用食品ということだったろうか? 劣悪な健康食品が回り中に溢れていて、そことの線引きをするためだったろうか? 国立健康・栄養研究所、健康食品情報プロジェクトリーダーの梅垣敬三氏の資料によれば、その背景は「食品の選択における不正確あるいは非科学的な情報の混乱防止のため、国が科学的根拠に基づく情報提供を積極的に行う必要があった」ということである。

 トクホ制度が始まる数年前の80年代後半を思い返すと、それ以前の食品の機能は、第一次機能(栄養機能:人体に必要な栄養成分を供給する機能)、第二次機能(感覚機能:味覚や嗅覚への影響を通じて人に満足感を与える機能)だけであったのが、第三次機能(体調調節機能:生理機能の強化、代謝の調節、消化管機能の調節、免疫機能の調節などを通じて体調、生体防御を調節する機能)ということが、ちょうどうたわれ始めたときだった。食品の素材を研究していくことで、新しい機能を追求しよう、それを新しい食品の形として創造してこうという熱気のようなものが、当時の大学や食品会社の研究所にはあったように思う。こうした機能性食品の研究は、当時、日本が世界に先駆けてこの分野を先行しようという意気込みもあって、そこからトクホが誕生したというような記憶があるのだが、間違いだろうか。

 私はその頃、大学を卒業してばかりで民間の食品会社の研究所に入ったのだが、それまでは食品企業の研究者はおいしいものを安定的に供給するという職人的な部分が多分にあったような気がする。それが、機能性食品の開発という科学の面に光を当てた研究が盛んになって、その分野の開発が花形となった。バブルの時代とちょうど重なったということもあるだろうが、食品分野の研究畑はとにかく元気だったのである。トクホ制度はそうした産業育成の分野にも道を開いたのは確かである。ちょうどその頃、私は消費生活アドバイザーの資格を取得したのだが、そんな勉強はむしろ開発意欲の妨げになるのではという雰囲気すらあったほどで、つくづく時代は変わるものだと思う。安全とか安心とかが叫ばれるようになったのは、ずっと後である。

 あれから25年、今やトクホの市場は約6800億円、許可を受けた特定保健用食品は800を超えるまでに成長した。成長を遂げるにつれて、当然競争も厳しくなり、広告宣伝は激化し、見直さなくてはならない時期にあるのだろう。トクホが抱える制度的な問題もさることながら、市場原理的にも限界に来ているのだと思う。こんなつもりで、開発に携わったのかなあと、当時の研究者たちは思うのかもしれない。

 病気との境界域の人のために、食品ができること。この分野を確立したことで生活習慣を見直す機会を提供できたこと。トクホが果たしてきた光の部分がもう一度輝くことはないのだろうか。今、リスコミができることって何かなあ、と思案中である。(消費生活コンサルタント 森田満樹)