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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

ヤマザキパンはなぜカビないか

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2008年7月16日

 本年の春先にある出版社から「ヤマザキパンはなぜカビないか」という本が出されたが、いつものくだらない非科学的な食品添加物排斥本と感じていたので手に取って読んでみることもしなかった。しかし、最近私の知人から、「ヤマザキパンに発がん物質の臭素酸カリウムが使われていてパンがかびない」という風説として、一般人には結構信じられ初めている、3年前に出版された「“食品の裏側”の新バージョンのようです」との言葉に改めて精読してみた。

 簡単に結論付けるならば、著者は「ヤマザキパンは臭素酸カリウムが原因でカビない」としている。そして、量の概念を全く無視して現在の巷の食品すべてに言及し、食品添加物の危険性のみを騒ぎ立てている。まさに知人が指摘していた「食品の裏側」の新バージョンであった。食品の裏側の著者は、粉末豚骨エキスパウダー、しょうゆ粉末、野菜エキスパウダーなどと、うま味調味料を試薬ビンに入れ、それらを薬サジでコップに移し、そこへお湯を注いで、私は食品添加物で豚骨スープをつくります、と言ったインチキ大道芸人的パフォーマンスをやっているが、この著書の冒頭の実験は同じような論法である。

 実験とその考察のお粗末さは科学の手法的にみて前述のインチキ大道芸人と変わりがない。著者は「なぜヤマザキパンはカビないか」を日常生活に近づけ、まねた形で実験をしている。その記述を読むと、素人には非常に知りたい条件のように見え、感覚的に正しいように錯覚させられる。そして、著者が予測した通りにヤマザキパンはカビが生えなかった。その先の考察が全く非科学的に展開されているのに驚かされる。

 しかし、巧みな想像を働かせた一見論理的に見える語り口は、科学が非日常である人をうなずかせるにはなかなか良くできている。著者は、食品添加物として使用され、残留量が確認できない臭素酸カリウムを攻撃しているが、結論が明らかに短絡的で、むしろ、なぜカビないかを考えると、そこにはヤマザキパンの非常にすぐれた滅菌的な製造工程と品質管理を想像させるものがある。 
 私は数年前に、市民講座の後の質問で「市販の食パンには保存料がたくさん入っているからカビが生えない」という意見に「市販のパンには保存料は入っていません。保存料を使用しなくても工業的に無菌的な環境で製造されたパンは、数日位の日持ちは当然です」と答えたところ、「私は市販のパンは買わなくて、自分の家で食べるパンは全部家庭で作っていますが、3日も持ちません」と答えられた。そこで、「申しにくいことですが、あなたの台所がパン工場より汚いからです」と答えてその方を激怒させたことがある。

 私はこの本を読みながら思い出したのは、昔のこの市民講座の時の質疑だった。その方にはカビが生えること、そしてそれはどのような経過をとるかという微生物学的な条件がまったくお分かりでなかった。この著者もカビの発生がヤマザキパンでなぜ抑制されていたかを考察した論法としては、あまりにも稚拙である。要約すると、著者は一通りの実験の後で、ヤマザキパンに使用されているイーストフードやアスコルビン酸にその原因を求める姿勢を示している。しかし、ヤマザキパン以外のイーストフードを使用しているパンも早くカビが生えてしまった。そうするとイーストフードやアスコルビン酸以外に原因を求めなくてはいけない、残るのはヤマザキパン独自の臭素酸カリウムにぶつかった。従って、ヤマザキパンがカビないのはヤマザキパンが独自に使用している臭素酸カリウムに依っているという方法で結論へ導いている。

 ここまでの理論は一見理屈が通っている。しかし、化学の世界で毒性を論ずるときに忘れてならないのは“量”の概念である。パンの中の臭素酸カリウムの問題を論ずるときに忘れてならないのは出来上がったパンの中に検出されてはならない、という食品衛生法の縛りである。すなわち、臭素酸カリウムはパンに残っていてはいけないのである。実際に厚生労働省は現在0.5ppb以下の含有については含まれていないと認めてる。したがって、現在のヤマザキパンは0.5ppb以下の残存量がある可能性を有しているのは確かである。

 そこで、0.5ppb以下の臭素酸カリウムの健康に及ぼす影響をどう判定するかが重要な問題となる。この著者によればそのほとんど存在しない量の臭素酸カリウムがカビの生えない原因であると可能性を論じている。しかし、例えば水道水の臭素酸の基準値は10ppb以下となっている。そして、実際の水道水には数ppbの臭素酸が含まれている。もし、0.5ppb以下の臭素酸がカビの発生を抑えるとしたら水道水の基準値はとんでもない値である。そして、著者はこのような指摘の可能性を意識してか、基準値を超えた量が入っているかもしれない、という仮定的な表現も使っている。しかし、このような重大なことを主張するに当たっては、仮定であるとしても少なくとも著者自身で測定した結果を付記するのが実験に基づく主張の在り方である。

 この著書はヤマザキパンの問題指摘以降はいつもの食品添加物排斥記事と同じ論調で、最初から最後まで“量”に対する概念がまったくない。まさにそのような著者の稚拙な論理思考を露呈する文章として “しかし、摂取する添加物の量が少なければ影響ないといえるのでしょうか。大量投与によって、動物が死亡したり、がんになったり、臓器が機能しなくなるというのはかなり強い毒性をもつということです。” と言った一文が最後の方にある。この著者は私などより、はるかにメディアや一般市民からは正義の人と位置づけられているだけに、毒性学の基本的概念「どんな化合物も、それが毒物になるかならないかはその量に依存する」を勉強していただきたく感じている。

 以前に国立がんセンターが出したがん予防12か条に「カビの生えたものに注意」という一か条がある。衛生試験所で働いていた知人が、食パンに小さなカビが認められる時には顕微鏡レベルで見ると無数のカビの存在を確認することができる、と教えてくれたことがある。はからずもこの著者も実験でそのことを証明している。パンに生える赤カビ、青カビには何種類かのマイコトキシンが含まれている。私は、もし、食パンによる発がんを恐れるとするならば、痕跡程度の臭素酸が入っていたとしてもカビの生えないヤマザキパンの方がよほど安全だと結論付けるのがリスク管理ではないかと考えている。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)

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