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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

続 ヤマザキパンはなぜカビないか

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2008年8月20日

 前回のこの欄で「ヤマザキパンはなぜカビないか」という食品添加物排斥本の批判をさせていただいた。この記事の反響が意外に大きく、自分が予測していた以上にこの書籍の有する問題点が多いことが明らかになってきた。

 私の書いた記事に対して一番多かった質問は「この本の著者の結論が馬鹿らしいことは良く分かります。では、先生は、なぜヤマザキパンがカビないと考えられますか」という疑問であった。それと同時に、消費者からの反発が当然予測されるのにヤマザキパンはなぜ臭素酸カリウムを使用したのですか、さらに、質問としては少数であったが、「かつて米国で適用されていたデラニー条項はナンセンスに近いとは思いますが、一般論として先生は臭素酸カリウムの0.5ppb以下では発がんがないと言い切れますか」という問い掛けがあった。

 なぜカビが生えないかは、確かに興味のある課題である。前回の記事において「あなたの手作りパンが早くカビる原因は、あなたの家の台所がパン工場より汚いからである」と市民講座の席で質問者に回答してその方を激怒させた例を挙げ、ヤマザキパンの製造過程が非常に清潔であるとの理由付けを推論した。しかし、本当にそうかという点も含めて、微生物学や発酵の研究を行っている私の知人の数人と議論を重ねてみた。その結果、私自身、普段周りに話しながら実感していなかったのは、見えないものに対して我々は比較的脅威を感じないという問題に気付かされた。

 カビ毒を研究している友人からはこんな指摘があった。「最近流行の手作りパンは小規模な店舗で作られているために、比較的早くカビが生える。そうしたパンは結構値段が高いので、購入者はカビが1つか2つ、少し発生した場合に、カビの部分を取り除いて食べている。中には、これこそ保存料が使われていない証拠だから安心だとまで言いながら食べている人もいる。しかし、カビの生え始めたパンは顕微鏡レベルで調べるとほとんどカビだらけである。かなりのマイコトキシンを食べていることになるのではないかと思う。我々は戦後、食糧が少ない時代に育ったので少しくらいカビの生えたパン、お餅などは平気に食べてきた。そして、自分たちは生き残っているからカビ毒はたいしたことないと思っているかもしれないが、本当にそうかという点に私は大きな疑問を持っている。若くしてこの世を去って行った同世代の人たちに、このカビによる犠牲者は本当にいなかったのだろうか、微量のマイコトキシンの長期摂取の問題に関しては、本格的な研究データが少ないだけに怖いですね」
 この話を聞いた時に、私がドイツにいた頃に何度も家に行き来し、家族ぐるみで交際していた友人の残ったパンの処理の仕方を思い出した。彼の家では毎朝近所のパン屋さんでパンを買ってくる。ところが、時々そのパンは食べきれずに残る。その残ったパンは翌日になると犬かまたは庭の小鳥のえさになる。ドイツ人=けち、という方程式で彼らの行動を理解していた私のドイツ人感にしてはかなり奇異に思えたので、「まだ食べられるパンをもったいないではないですか」と彼に尋ねた。

 彼は「近所のパン屋で作られるパンは4日もすればカビだらけになる。従って2日目にはすでに相当数の胞子がカビのコロニーを作り始めている。ここにはかなりのマイコトキシンの生産が始まっている。人類はこうした微量のマイコトキシンを食べ続けることの毒性のデータを持っていない。しかし、私はおそらくこれは健康に害があると考えている。特に、発がんを考えたら絶対に避けるべきである。だから、食べないのです」と即座に答えてくれた。彼の研究の専門はインスリン依存性の糖尿病発症の免疫学的な分野であったが、私は、彼の研究者らしい考え方とその実行力に少なからぬ感銘を覚えた。

 昨年夏ドイツへ行った折にも彼の家に招待された。その時に彼の食卓の上にはチクロの錠剤が入った容器がおいてあり、食後のコーヒーに彼は2個その錠剤を入れて飲んでいた。この習慣は私が家族ぐるみで頻繁に交流をしていた30年前の光景と同じであった。その当時日本はチクロが禁止になっていたが、発がんの危険性と糖の摂取の抑制とどちらに利益があるのか、考えたら答えは明白だと日本のチクロ使用禁止を非難しながら、コーヒーを飲んでいた。昨年、この欄に書かせていただいたチクロの教授とは彼は異なるが、科学に携わる者の信念と行動を垣間見た感じがしたことを思い出した。

 今回のことから思わぬ問題として浮かびあがってきたのは、カビの生産するマイコトキシンに対して、ひょっとすると我々は無神経すぎるのかもしれないという懸念である。日本には、天然=安全、と言った天然信仰が存在することは多くの科学者が指摘している。非常に多数認可されている食品添加物の着色料でも、化学的に相当検証された合成着色料は厳しい批判を浴び、ほとんど安全性に対して検証のなされていない天然色素があまり非難を受けていない。しかし、現実にここ数年で使用禁止になっている添加物の大半が天然添加物であることから考えてみれば、この現象は明らかに異常である。

 カビの生えないパンとカビが生えるパンのどちらが本当に安全であるのかは、大量消費、大量流通時代における食の安全・安心にかかわる科学の問題として、大きな課題を私に与えてくれた。保存料なども含めて食品添加物の安全・安心に関し、一般市民に本当に認識してもらわなければならない点は何か、という問いかけに対する回答は、時代やその国の置かれている状況とで大きく異なっている。昭和の高度経済成長の時期に行われていた食品添加物の問題をそのまま引きずったような最近の一部メディアや識者と称する人々の動きに一般市民が大きく振り回されている現状を考えなおしてみたい。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)

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