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多幸之介が斬る食の問題

【総括】ヤマザキパンはなぜカビないか

長村 洋一

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 7月、8月のこの欄に「ヤマザキパンはなぜカビないか」という本が原因となって、「ヤマザキパンには発がん物質の臭素酸カリウムが使われていてパンがカビない」という風説が広がり始めていることを問題にしたところ、多くの知人から質問や、コメントをいただいた。特にこの欄においても畝山智香子氏からは、カビ毒の問題を量の問題で論じていただき、存在が確認できないレベルの臭素酸カリウムとアフラトキシンの問題をリスク管理の観点から見事にご説明いただいた。ところで、件の著者がその著書の中で写真入りで説明をしていたヤマザキパンが比較的カビにくかった原因について、ここ2か月程いろいろな方に問い合わせて理由をさぐり、一応の推論がついたので報告させていただく。

 まず、パンがカビるのは、カビの菌がパンに繁殖するからであるという当たり前の事象であるが、無生物から生物が発生することはないので、カビないようにさせるのにまず大切なことは、製造工程が清潔であることである。そして、包装されたパンにカビの菌が入らないようにすることである。

 この点に関して、少し古い話になるが、不二家の事件のときにその再建の手伝いを買って出た山崎製パンは、その技術支援をAIB(American Institute of Baking食品安全システム)という米国の食品安全管理手法によって行うことを報告している。この方法による製パンの管理は非常に優れた方法と業界では見なされている。特に、異物や有害生物の混入を避けるために優れているとされている。従って、こうした技術の導入により、7月の原稿に書いたように「清潔に作られている」ことがカビの生えない大きな条件であることがまずその大きな一因であると考えられる。

  今回、カビないパンについてあれこれ検索をしているうちに、Italian Taste & Long Lifeという看板を掲げた消費期限が30日前後あるコモパンという製パン業者をある人から教えられた。愛知県犬山市にあるコモという会社名のパンメーカーである。この会社はイタリアのあの景色の綺麗なコモ地方で採取された伝統的な天然酵母パネトーネ種を用いてパンを作っている。この酵母で発酵させたパンは日持ちが良い。

 この会社のパンの話を聞いていて分かったことであるが、実は、カビが生えないようにするのには清潔であるのも大事であるが、出来上がったパンがカビにとって苦手な環境であれば良い。すなわち、カビの生育しにくい状況をパンに作ればよいわけである。その最も手っ取り早い方法はpHを酸性側に持ってゆくことである。実際、パンに酢酸ナトリウムを添加してカビが生えにくくしているメーカーもいくかある。ところが、酢酸ナトリウムは少しでも量が過ぎると酢酸独特の刺激臭的な要素が強くなり、パンの味を落としてしまう。そこで、イーストによる発酵時間を長くして、乳酸などの有機酸の生成量を増加させる方法もある。ヤマザキパンはこの方法をとっているようである。

 これで、賢い読者の方にはお分かりのことと思うが、パンにカビを生やさないためには、限りなく清潔な環境でパンを製造し、その清潔な状態を維持できるように包装することと、製造されたパンの環境をカビの生えにくい状況にすること、この2つが大きな要素となってカビが生えない日持ちのするパンができるという極めて当たり前な結論に到達した。

 ちなみに畝山氏も書いておられるように、パンの防カビ剤として臭素酸カリウムは使えるものでもないし、そんな目的に使用するとしたら、恐らく人間に害があるような量を用いなくてはならなくなる。いずれにしても、パンがカビない理由を臭素酸カリウムであるとする「ヤマザキパンはなぜカビないか」の本に書いてあることは間違いである。そして、かびの生えないパンはマイコトキシンによる未知の健康障害を考えるときに極めて安全なパンであると言える。

 ところで、なぜそんなにしてまでヤマザキパンは臭素酸カリウムを使用したいのか?という疑問であるが、これに対しては臭素酸カリウムのコムギ改良剤としての素晴らしさがほかの食品添加物では代替できないようである。実際、国産のコムギではおいしいパンは製造できないが、臭素酸カリウムを使うことにより、見事なまでにおいしいパンができると会社側は説明をしている。そして、おいしさと安全性に関して、科学的根拠を示して説明し、さらに現在の使用法である限り、製造されたパンに記載の必要がない臭素酸カリウムを使用したことを消費者に知らせている態度は立派な行為と受け取れる。このことは、自給率40%で、しかもパン食に慣れ親しんでいる国民にとってはかなり重要な問題であると考えられる。

 そのほかに寄せられた疑問として「先生は0.5ppb以下の臭素酸カリウムが絶対発がんに関係しないと言い切れるか」という問い掛けがあった。科学に携わる者として「絶対」という言葉は禁忌であるので、100%とは言い切れないかもしれないが、限りなくゼロであるとは言い切れる。それは、近年の研究において発がん物質には閾値がないという見解が崩れているからである。

 まだ、多くの研究者とまでは言えないが、発がん物質がある濃度以下になると全くその前兆的反応すらなくなることが証明されている。そして、実際の長期投与で動物実験ではあるが証明されている。その実験は臭素酸カリウムにおいてもすでに報告があり、0.5ppbでは何も起こらないことが証明されている。ちなみに、以前の原稿にも記したが日本の水道水では臭素酸は10ppb以下が許容値であり、米国のパンは20ppbまでの残留が認められている。

 以上、7、8月に書かせて頂いた内容と今回の調査結果から、臭素酸カリウムが入っていたとしても0.5ppb以下でカビの生えないパンは、逆にすぐにカビの生えるパンに比較してはるかに安全なパンと結論付けることができる。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)