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多幸之介が斬る食の問題

再燃するか、食品添加物バッシング?

長村 洋一

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 2006年秋に発刊された著作「食品の裏側」で、一躍日本中に添加物バッシングの嵐を巻き起こした安部司氏が、再び真面目な市民を愚弄した著書を出された。その題は「なにを食べたらいいの?」、前著「食品の裏側」を聖書のように信じて生活しておられる方には待ちに待った書籍である。「食品の裏側」の恐怖に怯えて、食品添加物の排斥を実行されてきた人たちの具体的な悩みに応えているような部署が何箇所もある。そして、前著と同じように「私は食品添加物を悪者だと言っている訳ではない」と随所に出てくるこのセリフに、「この人は食品添加物の排斥者ではない」と読者は感じる。しかし、不思議なことに読み終えると、市販の食品は食品添加物まみれで危なくて汚いものだという確信に変わる。

 それは、この本の語り口が絶えず食文化に触れており、そして誰もが思い当たる日常行動を反省させるようになっているからである。そして、その指摘が我々の日常的に問題として捉えなければと感じている食文化論に言及しているからである。私は、彼の食文化論は、多くの伝統食文化を守ろうと実際に行動を起こしている人たちが言っているのと同じようなことを受け売り的に語っているので、子供の教育の考え方、母親に食の問題についてその在り方を反省させようとする姿勢そのものをとやかく言うつもりはない。

 問題は、何でもない化学変化によって食品が美味しくなったり、綺麗になったりするさまを、いかにも科学的に汚くかつ危ないかのように説明をしている点である。その語り口は、我々の日常的に食べている食品が、石油や虫の抽出エキスや安全性の確かめられていない正体不明の怖い化学物質からできているという言い方をしている。従って、今まで日常的にそんなに危険も感じずに食べていた食品が、非常に怖くて気持ちが悪いものだという感想を抱かせる。

 この語り口は前著「食品の裏側」と同じで、食品加工業者は何をしですか分からない悪の権化のように暴いている。その挙句、そんな危険なものでもこんなに便利で素晴らしいという実例を語り、それを喜んであなた方が買うから責任があると断言している。安部氏は「新潮」3月号にこの著書を題材にした対談を行っているが、その中に「こんな難しくて怖い話、まじめに聞いちゃだめですよ」という一言がある。この言葉は、明らかに聴衆を愚弄する言葉であるが、化学に縁遠い人たちは意外に納得されていると私は想像する。それは、私も市民講座などで、化学物質に縁の遠い人々に化学物質の話をするとき、相手の思考を停止させるような語り口の方を喜ばれる方が結構多いことを知っているからである。

 この著書には化学的(科学的)誤りや、国際問題にもなりかねないような頭ごなしの中国蔑視の記述など問題点が多く見受けられるが、安部氏の主張される安全性の問題に対する低い認識がそのすべての出発点になっているので、この点だけは指摘しておきたい。この著書の半ば辺りに食品添加物は何故こんなに無茶苦茶使われるかを「添加物まみれにしたのはだれ?」と題して、安部氏が食品業者になった場合を想定して種々の総菜をどのように綺麗で美味しくて日持ちがするようにしているかを語っている。

 その説明を読んでいると、食品をつくるのに無茶苦茶な化学物質まみれにしているように話しているが、そこに使用されている添加物はほとんどが指定添加物である。安部氏は95年以降に唯一発がん性の疑いで除外された既存添加物のアカネ色素を取り上げているが、既存添加物についてはあまり問題にしていない。安部氏は読者の化学的知識のレベルをなめてかかっている。そのため、この本では天然添加物である既存添加物をほとんど問題にしていない。

 しかし、食品添加物をあえて問題にするなら、95年にそれまで使用されていたということだけで格別の安全性審査なしに認められた既存添加物をまず問題にすべきである。安部氏は、指定添加物の化学名をやたらに並べて、ただ恐怖を煽っている。私は指定添加物で近年安全性が問題となって削除されたものはないと思っていたが、確認のため日本食品添加物協会常務理事の佐仲登氏に問い合わせたところ、次のような回答を頂いた。

 「95年の食品衛生法改正前において安全性に問題があるとしてリストから削除されたものは、74年(昭和49年)に保存料のAF2が最後であり、その後30年間以上指定添加物で安全性に問題があるとしてリストから削除されたものはありません。特に95年の法律改正以降は、最新の科学技術に基づく安全性評価の試験方法が取り入れられ、また、国際的にも安全性に関する情報の共有化が進んでいることから、今後も指定添加物で安全性に問題があるとしてリストから削除されるものはほとんど無いものと考えられます」

 予想通り、近年に安全性が問題となって削除された指定添加物はないことが明らかとなった。食品添加物のメリットを考慮すると、安部氏の言うように化学に縁遠い人を脅して怖い食品であるかのように煽り立てる必要性はどこにもない。この著書によってさらに無添加万歳の世の中にならないことを祈っている。安部氏の主張のように、なくせる添加物は使わなくても良いだろう。しかし、昨年2月の原稿にも書いたが、保存料無添加は決して消費者運動の勝利ではない。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)