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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

消費者庁よ「消費者を裸の王様」にしないで

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2009年9月2日

 昨年この欄に「ヤマザキパンはなぜカビないか」の問題として、また本年の春先に「消費者におもねった非科学的無添加論は客離れを起こす」として多くの一般消費者が求めている「無添加を良し」とする風潮に問題を提起させていただいた。これらの一連の記事の内容に付いては講演や種々の人たちとの会話の中でも良く話題にさせて頂いている。そんな時に食品業者の方も含めてしばしば口にされるのは「私たちは今使用されている食品添加物には問題がないことは良く分かっていますし、できれば使用したいですよ。しかし、消費者が無添加を求めている以上仕方がないですよ。」との回答がかえってくる。こうした、消費者の一方的な思い込みをさらに助長するような業者レベルでの妙な解決策と同じようなことが9月1日に発足した消費者庁絡みとなって国民をとんでもない方向に導かれなければ良いがと若干の危惧を有している。

 先週たまたま健康食品関係の問題を議論しているときに消費者庁の組織、その具体的運用、その権限などについてかなり厚い資料と共に説明を聞く機会があった。その報告によれば消費者庁の有する権限にはかなりのものがあり、消費者を種々な被害から守るという点においてそれなりに良く練られたものである。特に消費者が関連する問題で、今までは各省庁の権限で公表されたり、公表が抑えられていたりした部分を消費者庁がかなり扱うような機構となっている。消費者庁がこの縦割りの弊害を解消するような権限を大きく有することは、特に問題発生からその具体的解決策の施行までの時間的短縮には大きな力を発揮すると予測される。

 しかし、ここに一つ大きく注意をしないと、とんでもない問題が発生しかねない部分がある。それは、今までは各省庁でそれなりに専門的なルールで判断され情報が発信されていた広範な問題を、単独の機関でどれ位正確に判断できるかという問題である。問題であるとの情報の受け取り対象者がいきなり消費者であるだけに、その情報発信に至るまでの経過においてしっかりした科学的考察が不足していた場合、いわゆる風評被害が発生する大きな可能性がある。もちろん、拝見した資料で見る限りにおいて科学的考察なしに危険情報を流すようなシステムにはなっていないから無茶苦茶な風評がでることはないのは明らかである。ところが、消費者庁の大きな役割は消費者を被害から守ることにある。そこで、ある疑わしい問題が発生した時に、とりあえず疑わしきは問題とするという観点に立っての問題処理が可能であるシステムにはなっている。

 ここで、冒頭に取り上げた食品添加物の問題を例として一般消費者の安全意識がどのように形作られ、そしてどして無添加が安全になってしまったかということを考え直してみたい。この連載記事に何度か掲載させて頂いたように、食品添加物に関して言えば一般の方は「無添加こそ最も安全」と考えている人が多分最も多いと推測される。現在私は市民講座等の際に食の安全に関するアンケート調査をやらせていただいている。その集計結果は、ある程度纏まった時に、ここにも掲載させて頂く予定であるが、食品添加物に限定すればいわゆる一般消費者は「無添加食品が添加物の入った食品より明らかに安全である」ととらえられている。

 では、この「無添加こそ最も安全」と言った意識はどうして一般市民に形成されたかを考察すると幾つかの原因が挙げられるが、大きな流れとして次のようなことがある。それは、数年前から食品添加物危険情報満載の書籍が何年かに一度大ヒットして世間に「食品添加物って危なそう」という情報が発信されていた。そして、この3年ほど前にも自称「食品添加物の神様」が食文化の破壊論も交えて食品添加物の危険性を訴えた書籍が一大ベストセラーとなった。そして、多くのメディアがその書籍の内容を肯定する報道を行い、この著者が多くの自治体や主婦層を対象とした講演を今も行っておられる。そして、彼の論調を真似たような書籍を出したり講演をされたりする大学教授やジャーナリストを含めての一連の食の安全を語る人達の活動がある。このようにして消費者には「食品添加物はとりあえず無添加が良い」という感覚が芽生えさせられた。

 そんな状況に対して、世論がそのような考えでいらっしゃるならば、「お客様は神様」という観点で消費者を扱っている業界としては「神様のご意向に沿うようにしましょう。」という姿勢がある。中にはヤマザキパンの臭素酸カリウムのように消費者に添加物の意義を説明して積極的に消費者に食品添加物の意義を伝えている業者もあるが、極めて例外的である。多くの食品業界の包装紙、広告には到る所に「無添加」の表示を見ることができる。中には「私たちはお客様の安全を願って無添加にこだわっている」とさらに広告を行っているような商品もある。化学物質の有効性、安全性やその意義について国民に正しい知識を教えるべき製薬メーカーの出している健康食品や化粧品にも「無添加」を大きくうたっているものがある。私はこの業者による「無添加」という表示が最近の「無添加を最も安全なこと」と消費者に認識させることに大きく一役買っていると確信している。

 食の安全、安心の管理において極めて重要なのは危機管理の概念である。そして、危機管理における安全の選択は完全に科学の領域の、安心は感情の領域の問題である。BSEの問題一つを取り上げてみても、政府自体が未だに国民に正しい情報を伝えることができていない。ここには、しっかりした科学的な観点における危機管理を一般市民に感覚的に理解できるようにどう伝えるかと言った情報伝達のあり方の難しさを端的に表している。すなわち、日本でBSEが発生した初期の段階で「全頭検査によって安全を確保します」と一般市民の感覚でなんとなく納得できるような手段で政府が対応した。そして、このような方法によって消費者に安全意識を持たせようとした行為が未だに大きく尾を引いている。政府が、非科学的な感覚に訴えるような手段で国民に納得させるような手段をとることの問題の大きさはこんなところにも見ることができる。

 私は、消費者が問題として訴えてくる安全、安心に関する問題には多分に非科学的な感覚的要素があることを一般消費者との接触の中で強く感じている。そして、そうした感覚的な安全性の要求の多くはゼロリスクを求めている結果であるが、それを支持してさらに大きな声に増幅する学者やメディアが存在する。しかし、厳密な科学的考察を行ったら要求に応えるべきでないような問題に対して消費者は感覚的なレベルにおいてそのリスクを容認しないのも一般的現象である。先述の食品添加物無添加表示が出来上がったのは、こうした消費者の感覚に基づく感情に業者がおもねった結果である。しかしこの行為は消費者を「裸の王様」にしたような行為である。BSEの全頭検査が多くの自治体主導で行われているが、こうした行為も全く同じ行為である。

 以上のように消費者の訴える科学的根拠に基づかない感覚的な訴えに対しては国が毅然とした態度で消費者を納得させる必要性がある。この度発足した消費者庁が消費者の訴えてくる問題のうち、危機管理的観点から処理しなければならない安全・安心の問題に対しどのように結論を出し、それを国民に正しく伝えるかは重要な仕事である。もし、この過程でとりあえず消費者を感覚的に納得させてしまう、言い換えれば「あなたの言うとおり問題ですね」と取り上げて行くことになると結果としては消費者を「裸の王様」に仕上げることになる。問題の対処に対しては多分に消費者に教育を必要とする要素が含まれる。しかし、多くの消費者は勉強して納得するのではなく、感覚的に納得したいのが現状である。老婆心ながら消費者庁がそうした教育も含めての情報発信組織となっていただくことを願うのと同時に、食の安全・安心のリスクコミュニケーションの部分においてはこうした情報を発信させさせて頂いている私自身も改めて意識を引き締め直している。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)

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