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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

リスク管理意識の欠けた消費者庁は新開発食品研究をダメにする

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2009年10月20日

 先月16日に花王がエコナの販売自粛を発表し、今月8日に花王自身が特定保健用食品の表示許可を返上したことで、この問題は一件落着した。しかし、この一連の経過は感覚で処理されることの怖さを予感させるような歯切れの悪い一幕の終了であった。こんな感じを持っていた矢先に、FoodSciennceに森田満樹氏が「【特報】目指せ!リスコミ道●7 日の消費者委員会、トクホ取り消しで意見一致」と題して消費者委員会の様子を伝えられた。この記事の中に、「科学を軽々と飛び越えて『発がん性の疑いがあるものはトクホとして販売することは許せない』という結論だった」と言う一文を拝見し、とんでもない消費者委員会であったことが判明した。そして、小生のところへ寄せられている、かつて「発掘!あるある大事典」事件のときに関与した学者の問題も含め、消費者庁が今後、新開発食品研究をダメいしないように願っている。

 エコナの問題を巡って、消費者庁は消費者に発生した問題を素早く処理する体制として「食品SOS対応プロジェクト」を設置し、この問題に対する対応を検討した。そして、7日に開催された消費者委員会において、「食品安全委員会の結果を待たず、許可を取り消すべきだ」という委員の意見をもとに、「速やかにトクホの許可を取り消すか、少なくとも許可を一時停止すべきだ」とする見解をまとめ、消費者庁に検討を求めたことが多くのメディアで伝えられた。そして、この現実を厳粛に受け止めたとして、8日に花王自身がトクホの表示許可を返上する失効届を消費者庁に提出した。

 この一連の対応について、いわゆる一般市民の標準的感情を持っている人から「エコナに発がん物質が入っているなどと全く知らなかった。消費者委員会はそれが発覚した段階で速やかに取り消し、と言い出したのだから頼もしい感じがしました」と伺った。この感情は、いわゆる一般市民の方々のかなりを占める確かな代表的意見だと感じられる。現に、中日新聞の10月17日付けの社説では「厚労省から特保の許可権限を移管された消費者庁の対応も当初、鈍かった。特保取り消しを求める消費者の声に対し『科学的なデータがそろってから考える』との説明を繰り返した。これに対し、消費者団体の代表や企業経営者、弁護士などでつくる消費者委員会は特保の取り消しか一時停止を求める見解を打ち出し、結果的に花王の許可取り下げにつながった。消費者庁はこれまでの官僚の常識を打ち破る消費者委員会の姿勢に学ぶべきだ」と消費者委員会の出した結論にエールが送られている。

 ところが、先述の森田氏の報告のように消費者委員会の会議が進行していたとしたら、少しリスク管理の意識がある人だったら誰もが「これで大丈夫か」と感ずる。科学ライターの松永和紀氏が彼女のブログに、「消費者委員会の実力を知った。とんでもない審議内容だったようだ、と私に真っ先に教えてくれたのは、生協職員だった。そのメールには、こう書かれていた。『まるでわかってないおばちゃん達の井戸端会議を覗いてるような…』」とある。森田氏の発言の通り、科学を軽々と飛び越えた議論がなされ、多くの構成委員の感情に基づいた結論が導かれた経過の怖さを強く感ずる。森田氏の報告を読むと、日和佐信子委員が唯一リスク管理的観点からの論議の必要性を発言して見えるが、その後のほかの委員にはこの発言の重要性がまるで理解できていないのが明らかである。

 もしも、消費者委員会が科学的観点からしっかりしたリスク分析をすることよりも、声の大きな消費者の非科学的なご意見に沿った結論を出すことに終始するようになってしまうと、今後発生する食の安全・安心問題にはとんでもない暗雲が立ち込めることになる。食品にはもともとリスクが存在するのは、少し食の安全問題を紐解いてみれば極めて明白な事実である。Codex委員会も食の安全について「安全とは意図された消費のされ方では危害が起こらないだろうという合理的な確かさ、言い換えれば、許容できないような危険性がないといえる状態」と言っており絶対の安全はないという大前提をおいている。しかし、一部の一般市民やメディアにはこれが理解できない人たちがおり、妙な風評が立つことにより無意味な回収騒ぎで消えて行く商品が数多くある。

 食の安全確保に関する問題は純粋なリスク管理領域の問題である。そして、その議論はあくまでも科学的な解析の基に行われるべきである。しかし、今回のエコナの消費者委員会の顛末を見てみると、エコナを家から持ってきて現物を前にして、論点の対象をグリシドール脂肪酸エステルではなく、ジアシルグリセロールの問題を論じて消費者の恐怖心をあおるようなパフォーマンスをやっている委員もいる。彼らの意見が街頭の一意見であるならば笑って見過ごすこともできるが、ここの議論の結論が行政措置につながることを考えると恐怖を感じるのは小生のみではないだろう。

 消費者庁は、その設立の目的から言って消費者の安全を守ることが第1である。安全を守るということは科学的な根拠に基づいたリスク管理である。それは安全には“絶対”という言葉を使用できない、すなわちゼロリスクは無いからである。しかし、一般市民感情としては絶対安全が求められている。ここで消費者庁が行うべきは一般市民にリスク管理的視点からの正しい情報伝達である。

 今回の消費者委員会の議論を見ていると、前述の日和佐委員を除いて、ほとんどの委員がゼロリスクを前提に議論をしている。この現状は、一部の消費者感情を代表する意見を非常に良く反映しているのは確かである。消費者委員会においてこうした意見を出される方がいて議論されることは重要である。その議論の重要さは、消費者感情を代表するこうした意見に対し、科学的リスク管理の観点からしっかりと反論のできる委員がいて始めて議論として成立する。しかし、一方的なゼロリスクの意見を前に、科学的なリスク管理的観点からこれらの問題に対して説明のできる委員がいないことがこの委員会の致命的な欠陥である。

 この全委員の中で、ゼロリスク論議のナンセンスさを科学的に説明すべき食に関する唯一の科学的学識者として加わっておられる先生も、森田氏の報告書から拝見する限り、その場の雰囲気を読まれて迎合した意見を述べられているだけである。委員の構成メンバーで、食品科学の研究に携われた方はこの学識経験者ただお一人である。しかし、小生はこの学者には会議の雰囲気を読むことはできても、科学的な観点からの議論はおできにならないと感じている。それはかつて「発掘!あるある大事典」事件の際に世界で最も高い評価のある科学雑誌Natureの記者に「We’re used like TV personalities, I say what the programmes wants me to.」(NATURE  Vol 445  p805  (2007))と回答をされたような方であるからである。

 しっかりした科学的根拠に基づいたリスク管理意識の中で議論がなされない消費者委員会の結論を受けて国民に情報を発信する消費者庁は、やがて良識ある科学者の前向きな新しい食品開発研究をダメにしてしまうに違いないという恐怖を覚えている。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)

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