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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

FoodScience読者のリスクコミュニケーターとしての存在を消費者庁へ提言する

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2009年11月4日

 先般のエコナ騒動は、消費者庁による消費者行政が始まったことの一つの大きな懸念材料を見事に露呈する教訓を残した。すなわち、食にはつきもののリスクと、食が我々に与えてくれるベネフィットを科学的に天秤にかけ、その上で結論を出すのではなく、「リスクがあるからやめましょう」という感覚的な観点に立った結論がいともたやすく出されたことである。今回のエコナの発がん性に関する問題は、消費者委員会の結論を受けて消費者庁が何らかの行政措置に出る前に企業側が特定保健用食品(トクホ)としての失効届けを出してしまったので、行政側の結論的な措置がどうなったかは未知となった。リスクがあるから駄目というのは、そのリスクの印象ががんと言ったように身近な、そして怖いものであるので一般市民感情としては理解し易い。しかし、本当にそうであるかは大きな疑問である。

 最近の日本経済が抱えている大きな問題の一つは、増大し続けている国民医療費をできる限り質を落とすことなく抑制するという点にある。医療費を抑制し、質を落とさないためには、病人を減らすことが非常に簡単な方法である。しかし、どんどん高齢化社会になる日本において、病人は増加することはあっても、減少させるのはなかなか大変であることは明らかである。高齢化人口増加が加速する状況下において、病気になってしまった人を治す、といった方法で病人を減らす方策は、打つ手が無いだけに医療費抑制手段としては到底望めない。ところが、もし病気そのものになる人を減らすことができれば、間違いなく医療費の削減に繋がる。

 病気になる人を減らす、ということは簡単に言えば病気の予防をすることである。例えば、がんの発見が遅れたためにその患者に必要な費用を、がんの早期発見に費やせば対がんの費用は大きく減ずることができることが明らかであり、早期発見された個人にとっても幸せである。従って、多くの自治体が様々な手段でがん検診を積極的に進めている。そして、がんもさることながら、単なる内蔵脂肪が多い肥満の人がやがて糖尿病、高血圧等の生活習慣病を発症する確率が非常に高いことが明らかとなり、いわゆる特定検診が昨年4月から開始された。このように、21世紀に入ってから医療は大きく予防医学に傾いている。

 ところで、予防医学において重要な要素は、食、運動、休養、そして心が大きく関与していると小生は考えている。こうした時代背景のもとに取られている国の政策の一つが食を通しての予防医学への寄与である。トクホなどによって、高血糖、高血圧、高脂血症などを抑制することもそのうちの重要な課題である。今回、問題となったエコナも体脂肪の気になる方へとの表示が許されたトクホで、ジアシルグリセロールの摂取により体脂肪が付きにくくなり、結果としてメタボ対策などに有効であるとされていた。

 がんの死亡者はここ30年位の間に急激に増加したのは事実であるが、その大きな原因は脳卒中などの疾患で亡くなる方が大幅に減少したことにより寿命が延び、その後がんに罹患しすることが大きな原因の一つとして挙げられている。すなわち、昔はがんになる前にほかの病気で死んでいたのである。そして、昨今は確かにがんによる死亡者の数が単独ではトップであるが、脂質代謝異常が大きく関与している心筋梗塞と脳血管障害による死者の合計はがんを上回っている。言い換えれば、相変わらず脂質代謝異常が原因での死者の総数はがんより多いのである。

 厳密にリスク評価をしないと分からないことであるが、発生したとしても極僅かながんを抑制しようとして高脂血症の人を増加させることを放置することは、健康政策を数十年前に戻すことにつながる可能性がある。がんによる死者は減少するかもしれないが、循環器系の疾患で亡くなる人が増加し、結果としては平均寿命が短くなることになる可能性の有無を調べてみる必要が絶対に必要である。こんな議論を持ち出したのは、安全を論ずる時に、食品素材にあるリスクの可能性をどこまで考慮に入れるべきかというリスク管理が非常に重要な要素であるからである。

 今回問題となったエコナには体脂肪を減少させ、メタボになる人を減少させる効果があるが、グリシドール脂肪酸エステルによる発がんの可能性は未知な問題であった。企業サイドとしては、今までの実験的事実に基づいて発がんに関しては限りなく心配はないと判断をしていたが販売自粛という形をとった。そのことがメディアなどで取り上げられたとき、発がん物質が入っている、という言葉が独り歩きを始めてしまった。そのために多くの市民は非常に危険な商品であったかのような感情を抱いて、トクホ全般に対してまで不信感を抱いてしまった。

 実はこの現象にはポジティブリスト制により農作物に残留する農薬の規制が強化され、廃棄されていった農作物と同じような問題が内在しているのを見ることができる。例えばトマトにおいて2ppmまで認められている農薬が、その農薬に関して基準値の記載がないビワに0.05ppm検出されたとき、一律基準値0.01ppm以上であるから当然回収廃棄の対象となる。こうしたことが、基準値の5倍の農薬が含まれていたので行政指導が行われたというように報道されるので、多くの国民は廃棄回収は当然であり、そのビワは極めて危険な果実であると判断した。しかし、そんなに危険視をする必要のない問題であるのは明らかである。

 食品の有するリスクは、こうした人工的な要素によって発生するものだけではなく、食品そのものに自然に内在していたり、調理の過程によっても発生したりする。先月のこの欄にも掲載したように、多くの野菜は発がん物質を内在させているが、例えばポテトチップスの製造過程やたんぱく質の焼け焦げによっても強い発がん物質が合成されている。こうした物質の存在の有無のみで商品を洗い直したら、非常に多くの食品には発がん物質が含まれていることになる。では、「こうした食品による発がんの可能性は全くないのですか?」という問に対して「全くないとは言い切れません」としか、どんな科学者も応えることはできない。

 従って、もし発がん物質の存在のみを取り上げて問題としたら、食品市場は大パニックになる。食品がこのようなリスクを抱えていることを多くの一般市民はほとんど意識していない。しかし、消費者庁の活動が本格化してくると、恐らく食品の有する未知のリスク問題が大きく取り上げられるような事態が発生してくることが十分に予測される。そんなとき、十分注意すべきは一般市民の過剰反応による風評被害である。そうした事態を発生させないようにするための最善の策は、一般市民に正しい情報を的確に素早く伝えることである。そこにはネットワークで管理されているしっかりした知識集団、例えばこのFoodScienceの読者のような人たちや、小生が主宰させていただいている健康食品管理士のような食のリスクコミュニケーターが市中に多数存在し、周りの人に正しい情報を伝えることである。そして、同時に食品メーカーもこうしたリスクコミュニケーションを一般市民に行える人材を何人か置くことである。

 今回、エコナを巡って発生した未知のリスクに対して、消費者庁という新しい体制が作られたことにより一般市民の感情は素早く行政に伝わった。その感情は、小生が市民講座などでかつて議論を戦わした人達のそれに酷似していた。その経験から感じているのは、こうした一般市民感情の疑問を解くのは一朝一夕にできることではなくことであるが、行政としてもこうした制度を施行した以上対処すべき大きな仕事である。そうしたことを、消費者庁のみで行おうとすると恐らく不可能である。今後は、発がん物質のみではなく、食品添加物、残留農薬、遺伝子組み換え作物、BSE(牛海綿状脳症)、環境ホルモンなど、食品の安全性が問題とされるときに必ず浮上してくる幾つかの問題が具体化してくることが十分に予測される。こんな情勢下にあってこのFoodScienceの読者や我々健康食品管理士集団のような集団が、リスクコミュニケータとして一般市民に働きかけることは非常に重要なことであることを消費者庁に提言したい。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)

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