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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

枚方市はA氏の質問を真摯に受け止めて下さい

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2010年2月3日

 関西の知人A氏から、小生が主催している健康食品管理士認定協会の会報における3年ほど前に小生が書いた食品添加物に関する記事を引用させて頂きたい、とのメールをいただいた。そのメールによれば枚方市の消費生活センターが安部司氏の講演会を開催されることに質問状を出され、その質問状の添付書類として使用されたことの承諾のメールであった。その質問状の内容は、枚方市が行おうとしている講演会の趣旨について、きちっとした一科学者の姿勢としての問いかけであった。この質問に枚方市が真摯に回答して頂くことをお願いしたい。

 A氏からのメールの以前に、枚方市で開催されるこの講演会の連絡は別の方から頂いて知っていた。その講演会呼びかけのホームページには、試薬瓶を前にして実験的パフォーマンスを行っている安部氏の写真入りで、当日もこの実験も行って頂けると彼を絶賛した記事が書いてあった。小生も申し込んで直接安部氏と話をしたいと考えたが、あいにくどうにも都合が付けられなかったので申し込みをあきらめたところであった。

 そんな矢先にA氏からのメールを頂き、枚方市という公的な機関がこうした行為をされることに対し疑問を持たれたA氏の行動を拝見して、FoodScienceの読者にはまだ安部氏がこうした非科学的実験で市民を誤認させている事実を知っていただく必要性があると感じた。少し古い話にはなるが、かつて小生が行った安部氏の活動への批判をもう一度させていただく。

 安部司氏は、皆さんに「白い粉」から豚骨スープを作って見せますよ、と言って聴衆の目の前でいくつかの試薬瓶に入れた粉を混ぜ合わせて豚骨スープを作って見せたり、食用油と乳化剤を混ぜて乳白色の溶液を作り、皆さんがミルクだと思っているのは実は油に化学物質を混ぜてできていて牛乳、生クリームには無関係なものだと言ったりして講演活動をしておられる。

 ところで、試薬瓶に入った「白い粉」というのは一般の人にはいわゆる合成化学薬品と映っている。安部氏はそこが狙い目である。彼の講演を聴き、感激をした何人かに直接出会って感想を聞いているが、その人達は異口同音に「薬品」を混ぜ合わせて本当に豚骨スープができたのにはびっくりしたと言っておられた。一般の人には合成化学薬品は、天然には存在しない怖いものというイメージがある。その怖い薬品を何種類か混ぜ合わせて自分が食べたことのある豚骨スープができあがっているから化学に縁の薄い人のその驚きは尋常ではない。

 安部氏のパフォーマンスを見ながら講演を聴いた人々は、非常に驚いて、こんな怖いものからラーメンのスープができているのか、と幾分の疑問を持ちながらも目の前で起こった現実に「私は確かに、化学薬品からスープが作られる現場を見た」という驚きを胸に刻み込んでしまう。そして、スーパーで改めて豚骨スープの表示欄を見ると、講演で聴かされた食品添加物名が確かに書いてある。これで、実験を見た人の恐怖感は完成の域に達し、安部氏のもくろみは成功する。

 では、現実にはどうなのか? 安部氏の著書(『食品の裏側—みんな大好きな食品添加物』 東洋経済新報社)によれば豚骨スープは「食塩」「グルタミン酸ナトリウム」「5’-リボヌクレオチドナトリウム」「たんぱく加水分解物」「豚骨エキスパウダー」「ガラエキスパウダー」「野菜エキスパウダー」「しょうゆ粉末」「昆布エキスパウダー」「脱脂粉乳」「ガーリックパウダー」「ジンジャーパウダー」「オニオンパウダー」「ホワイトペッパー」「甘草」「リンゴ酸」「ねぎ」「ごま」と大半が実際の食品であり、豚骨エキスパウダーまで入っている、

 これらを「試薬瓶」に入れ、いかにも化学物質のように見せているわけである。化学に縁遠い人達からは、これらはすべてダイオキシンなどにつながる「怖い化学物質」のように見える。しかし、これらを化学薬品の販売メーカーに注文したら買える物は4品しかない。残りは食品メーカーに注文しないと入手できない。

 購入できるのは、塩化ナトリウムの「食塩」「グルタミン酸ナトリウム」「5’-リボヌクレオチドナトリウム」と「リンゴ酸」のみである。「グルタミン酸ナトリウム」「5’-リボヌクレオチドナトリウム」はいずれもトウモロコシや、サトウキビの糖分などから発酵法によって作られている。この4つの化合物は、我々の体内にも全部もともと多量に存在するきわめて重要な生体内物質である。

 しかし、試薬瓶にこれらを入れて混ぜ合わせ「白い粉」から皆さんの大好きな「豚骨スープ」ができましたとやってみせる。これがいかに馬鹿げたパフォーマンスか、本質的には乾燥味噌に水を注いで「はい、茶色の薬品から味噌汁を合成しました」といっているような怪しい大道芸人の姿でしかない。

 さて、小生が問題としたいのは、このようなまやかしは、一般市民の方々が抱いている化学薬品に対する必要のない心配に、心理的根拠を与えて過剰な不安を抱かせてしまうことである。化学の世界で天然物を抽出して「これは有機化学的に合成しました」と言えばいわゆるデータの捏造であり、一般社会でこのような行為のことを「だます」という。結果が一般の方々に不要な不安を与えるだけに、まさに、一種の詐欺行為または犯罪行為と言ってもよいほどあくどい行為である。

 枚方市消費生活センターのホームページには以上のようなことをやっている安部氏の行為そのものが礼賛されており、市民の方にぜひこうした勉強をしていただきたいという呼びかけがなされている。A氏は率直に、なぜ市はこのような講演会を開催されるのかと疑問を投げかけている。小生もA氏の疑問はしごく当然な疑問として全く同感であるというより、大変であるかもしれないが、この講演会の中止を要望したい。安部氏のパフォーマンス付きの実験と講演は、しっかりした科学者には反面教師としての役割を果たすかもしれないが、環境や人類の安全・平和を真剣に考え日常行動に移しておられる化学に縁遠い多くの人たちをいたずらな混乱に招くからである。

 今や日本の食品業界には “保存料”、“着色料” 、“うま味調味料”を除いた食品を作成し、大きく「無添加」という表示を出さなければ売れないような社会を形成し始めている。しかし、現実にはこれらの食品添加物を抜くことは安全性の問題には何も寄与しない。それどころか、決して消費者に対する欺瞞ではない正当な食品利用、流通の大きな妨げになっている。

 さらには、量的な概念があって食品添加物の毒性学的な問題点のないことが一部の識者に理解され始めると、今度は“うま味調味料”を除いて本物の味を家庭にというような触れ込みで、やはり「無添加」を前面に出してくるような食文化論まで出始めている。こうした最近の風潮が作られたのには、安部氏の一大ベストセラー『食品の裏側』の出現と、それをもてはやしたメディア、一部消費者団体の活動、さらには彼の手品まがいのパフォーマンスに誘導された一部の識者の賛同意見、そして彼の活動と時を同じくして発生した食品添加物とは無関係な食品に関するいくつかの不祥事が、大きく関与していると小生は推測している。

 最後に枚方市消費生活センターの問題に戻るが、一部の民間団体や怪しい自然食品業者が行う宣伝活動のような講演会を行って、いたずらに市民の不安をあおり、おば様方に受ける“食育もどき文化論”を聞かせるのは公的な機関が行うこととしては間違っていると申し上げたい。枚方市はA氏の疑問を真摯に受け止めて、良識ある判断でこの講演の在り方を検討していただきたい。小生はこの記事が掲載された後に枚方市に正式に抗議を申し込む予定である。(鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一)

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