ホーム >  FoodScience過去記事 > 多幸之介が斬る食の問題 > 記事
こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。
当サイトから新規に投稿された記事については、こちらよりご覧ください。

多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

この世に存在しない“ラクッコピコリン”に秘められた研究者の責任

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2007年1月24日

 日曜夜の人気番組で取り上げられた納豆ダイエットがとんでもない捏造であったとのことで、このたぐいの番組の愛好者にはかなりのショックが走ったようである。この番組に関するデータ捏造の報道を見た瞬間に私は「来るべきところまでやったな」という感じとともに、数年前に私自身がこの番組で経験した無茶苦茶な取材方法と、その結果として一般の方に間違った新語を蔓延させている何ともやりきれない思いから、こうした番組における研究者の発言の責任について改めて考えさせられた。

 私が関係した番組は「快眠」というのがテーマで、私にトリプトファン代謝と睡眠の話を取材したいと連絡を受けた。質問の内容は自分の専門とするトリプトファンに関する一般的内容だったので一応引き受けることにした。ところが、番組の結論は、サラダレタスを食べるとよく眠れるという意外性が本当の狙いであるとのことであった。そして、その目玉となる、レタスで眠れるという実験をネズミでやって欲しいという依頼を同時に受けた。

 私自身、レタスで眠れるということをよく知らなかったし、「もし本当だとしたら面白い話なのでやってみましょう」と気軽に引き受けた。取材の当日はまず、最初にトリプトファンに関するインタビューを受けた。そして、目玉であるレタスによるネズミの睡眠実験になった。

 この番組は食材にもこだわるとのことで、長野県のどこかで採れた新鮮なレタスを使ってジュースとし、それをネズミに飲ませたが、いっこうにネズミは眠らなかった。かなり大量に負荷したが、やはり眠らなかった。しかし、ネズミはかごの隅で瞬間ではあるがおとなしくなっていて映像としては眠っているように見える場面もあった。取材班はそんな場面をいくつも撮影して帰った。

 そして、実際の番組を見て驚いたのは、実験室と実験をやっているのは紛れもなく私の研究室と私の助手そのものであったが、コメントをしたのは都内のある教授であった。その教授は眠っているように見えるが実際には眠っていないネズミの画面の後で「ラクッコピコリンという有効成分が含まれていて、即効性があります」と自信ある権威者のコメントのように話された。番組は見事に成立した。そして、この教授はレタスで眠れることを話せる有名な教授となられた。

 その後判明したことであるが、実際のところは強い眠気を催すのはワイルドレタス(Lactuca virosa)であって、その形はサラダレタスに似ても似つかぬ菊のような植物である。そして、その催眠成分はlactucopicrin であって、ラクッコピコリンなどという成分は存在しない。

 ピコリンかピクリンかはそんなに大きな違いでないと一般の方は感じられると思うが、この綴りをピコリンと発音する専門家はいない。そして、サラダレタス(Lactuca sativa)にも催眠成分ラクチュコピクリン(ラクツコピクリン)は少し存在する。しかし、存在することと有効であることは別ごとで、かなり大量に食べないと効果は期待できない。

 この結果、日本ではサラダレタス2葉から3葉食べれば眠れるということが一般的になってしまい、最近ではネットで、レタスと睡眠で検索するとGoogleでは25万件を超えた数がヒットする。そして、そのすべてと言ってよいほどが、有効成分としてラクッコピコリンと書いてある。英語をカタカナ的に読むラクチュコピクリン(ラクツコピクリン)で検索すると35件にも満たない。ラクッコピコリンという存在しない化合物が日本に定着してしまったのは、この番組のディレクターが使っていた誤った名称をこの教授がその後も使い続けたことにある。

 私が実験の依頼を受けた当時にディレクターの言葉をもとにネット上でラクッコピコリンを検索したが、全くヒットしなかった。そこで、レタスの英文論文検索をさらに行った結果、彼がlactucopicrinを読み誤っていることに気付いたが、幸か不幸か私にはコメントをする機会がなかった。従って、この番組の放送以前にはラクッコピコリンという言葉はネット上には存在しなかった。

 昨年5月にも白インゲン豆のダイエット番組がもとで、非常に大量の中毒者を出した。このときにもある大学教授が関係している。白インゲン豆をフライパンで3分煎るという方法で、特定のたんぱくを失活させることが素人の方には困難なことで、中毒になったらどれほどひどいものになるかは、少し文献を調べられれば予測できたはずである。

 こうした大きな事件になるのはまれであるが、特定の物質を含有している食材を食べたときの健康に対するコメントを、いろいろな研究者がよくされている。さすが専門家と感じさせる素晴らしいコメントもたくさんあるが、中には単にマスコミ受けをねらってしかいないと思われるケースもかなりある。いずれにしてもそのコメントが与える結果には大きな影響力があるので研究者の責任は無視できない。自分の専門でない分野に関しては、しっかりと文献を調べた上で番組に対応をしてあげることは最低限必要なことと感じている。

 納豆ダイエットに関しても、白インゲン豆食中毒事件に関してもマスコミで問題になる以前に、私が関係している健康食品管理士の人たちが問題点や疑問を健康食品管理士認定協会に投げかけてきていた。そして、今回も何かが起こるぞという感じがしていた矢先の結果である。

 この事件を通して改めて、しっかりした科学的知識を持った食のリスクコミュニケーターを多く社会に送ることが急務であることを痛感し、実践している今日この頃である。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)

⇒ 多幸之介が斬る食の問題記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】