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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

リスクコミュニケーター不在の世界で奏でられているもう1つの悲劇

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2007年2月21日

 1月にここに掲載された「ラクッコピコリンに秘められた研究者の責任」が基となって、「発掘!あるある大事典II」のレタス怪眠(?)騒動が発生した。最初は、私の訴えたかった「科学者の責任」はどこへやら、ただ浅薄な「あるある」叩きに利用されてしまい非常に残念な思いがした。しかし、その後いくつかのメディアが「あるある」および類似番組の根幹に横たわっている研究者の責任の重さを重視した考察をし始めた。そして、錯綜する科学情報に対し、いわゆる一般市民に対するリスクコミュニケーターの不在がこうした事件を引き起こすことに論点をおいた記事も目にできるようになった。私は、食品添加物の世界には、「あるある」以上に「えせ学者」や「その神様」とマスコミが奏で、国民をだまし討ちにあわせている深刻な問題が横たわっていると感じている。

 1月10日付けの松永和紀氏の食品添加物の神様に対する憤りの記事には、大変共感するものがある。私も神様のベストセラーが、比較的化学分野から遠い方から絶賛されているのは分かっていたが、自分の周りのしっかりした研究者はみな「茶番」と歯牙にもかけないので、たいした問題ではないとあまり問題意識もなかった。

 しかし最近、市民講座などで受ける質問から、食の問題や環境問題にかなりまじめに取り組んでおられる方が「神様」に心酔しておられることが判明してきた。この流れには、科学者の責任として竿をさす必要性を感じ始めている。

 「皆さんに『白い粉』から豚骨スープを作って見せますよ」と言って、聴衆の目の前でいくつかの試薬瓶に入れた粉を混ぜ合わせて豚骨スープを作って見せたり、食用油と乳化剤を混ぜて乳白色の溶液を作り、「皆さんがミルクだと思っているのは実は油に化学物質を混ぜてできていて、牛乳や生クリームには無関係なものだ」と言ったりして神様は講演をしておられる。

 ところで、試薬瓶に入った「白い粉」というのは一般の人にはいわゆる合成化学薬品と映っている。神様はそこが狙い目である。神様の講演を聴き、感激をした何人かに直接出会って聞いているが、その人たちは異口同音に「『薬品』を混ぜ合わせて本当に豚骨スープができたのにはびっくりした」と言っておられた。

 一般の人には合成化学薬品は、天然には存在しない怖いものというイメージがある。その怖い薬品を何種類か混ぜ合わせて自分が食べたことのある豚骨スープができあがっているから、化学に縁の薄い人のその驚きは尋常ではない。

 「神様」のパフォーマンスを見ながら講演を聴いた人々は、非常に驚いて、「こんな怖いものからラーメンのスープができているのか」と幾分の疑問を持ちながらも目の前で起こった現実に「私は確かに、化学薬品からスープが作られる現場を見た」という驚きを胸に刻み込んでしまう。

 そして、スーパーで改めて豚骨スープの表示欄を見ると、講演で聴かされた「化学調味料」(06年12月20付け記事参照)が確かに書いてある。これで、実験を見た人の恐怖感は完成の域に達し、神様のもくろみは成功する。

 では、現実にはどうなのか?「神様」の著書によれば、豚骨スープは「食塩」「グルタミン酸ナトリウム」「5’-リボヌクレオチドナトリウム」「たんぱく加水分解物」「豚骨エキスパウダー」「ガラエキスパウダー」「野菜エキスパウダー」「しょうゆ粉末」「昆布エキスパウダー」「脱脂粉乳」「ガーリックパウダー」「ジンジャーパウダー」「オニオンパウダー」「ホワイトペッパー」「甘草」「リンゴ酸」「ねぎ」「ごま」と大半が実際の食品であり、豚骨エキスパウダーまで入っている。

 これらを「試薬瓶」に入れ、いかにも化学物質のように見せているわけである。化学に縁遠い人たちからは、これらはすべてダイオキシンなどにつながる「怖い化学物質」のように見える。しかし、これらを化学薬品の販売メーカーに注文したら買える物は4品しかない。残りは食品メーカーに注文しないと入手できない。

 購入できるのは、塩化ナトリウムの「食塩」「グルタミン酸ナトリウム」「5’-リボヌクレオチドナトリウム」と「リンゴ酸」のみである。「グルタミン酸ナトリウム」「5’-リボヌクレオチドナトリウム」はいずれもトウモロコシや、サトウキビの糖分などから発酵法によって作られている。この4つの化合物は、もし、体内になかったら生きていけない全部極めて重要な物質である。

 しかし、試薬瓶にこれらを入れて混ぜ合わせ、「『白い粉』から皆さんの大好きな『豚骨スープ』ができました」とやってみせる。これがいかに馬鹿なパフォーマンスか、本質的には乾燥味噌に水を注いで「はい、茶色の薬品から味噌汁を合成しました」といっているようなインチキ大道芸人の姿でしかない。

 ただ一点、この神様に弁解を許すとするならば、この世の中の物質はすべて化学物質で構成されているという点で、化学物質から作ったという言葉は「厳密な意味で正しい」と言える。しかし、もし、こんな弁解をするならば「ふざけるな」の一言を浴びせたい。

 神様によって目から鱗が取れた人は、化学の専門家ではない人たちばかりである。何故かと言えば、神様から目を開かれた方々は皆「自分たちが食べている豚骨スープが、実は有機合成された化学物質の固まりだと認識して食品の見方が変わった」と言っておられるからである。

 さて、私が問題としたいのは、このようなまやかしは、一般市民の方々が抱いている化学薬品に対する必要のない心配に、心理的根拠を与えて過剰な不安を抱かせてしまうことである。化学の世界で天然物を抽出して「これは有機化学的に合成しました」と言えばいわゆるデータの捏造であり、一般社会でこのような行為のことを「だます」という。

 結果が一般の方々に不要な不安を与えるだけに、まさに、一種の詐欺行為または犯罪行為と言ってもよいほどあくどい行為である。そしてこうした神様やえせ学者と協奏曲を奏でているマスコミが、日本の国民にどんな危機を準備しているかは別の機会に譲る。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)

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