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多幸之介が斬る食の問題|長村 洋一

亜鉛欠乏症が示唆するものは最近の農業のあり方か?

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2007年5月23日

 本年2月の話になるが、松本市で開催され、私も演者として参加した生物試料分析科学会のシンポジウム「栄養の科学」で東御市みまき温泉診療所の倉澤隆平先生が「長野県下住民の血清亜鉛濃度三疫学調査と臨床より見た県民の亜鉛不足の現状」と題して話をされた。その内容によれば意外に亜鉛欠乏と見なされる患者が全国に多数いて、その数は増加しつつあるのではないかとの推測を交えたものではあるが、かなり重要な結論であった。その後、亜鉛欠乏症の現状に興味を感じて少し調べてみているが、確たる原因は分からない。しかしもし、亜鉛欠乏症の患者が増加しつつあると言うことが事実であるとすると近代化された農法に根本的な見直しをしなければならない重大な問題に突き当たる可能性が浮かびあがってきた。

 倉澤先生はこうした特別講演の演者として登場されるいわゆる有名大学医学部の教授ではなく、市井の一医師の方であった。しかし、長年にわたる非常に熱心な診療活動に基づいて集められたデータについてお話になられた亜鉛欠乏症の話はすごく迫力のあるものであった。医学上の人名のついた疾患の発見はしばしば熱心な医師の研究心に基づいた緻密な調査に起因することがあるが、講演を聴きながら倉澤先生もそんなことのできる立派な医師の一人であるとの印象を抱いた。

 ところで、亜鉛は我々の体には2g前後含まれて多くの酵素の重要な構成因子となっており、インスリンなどもまともに機能を発揮するためには亜鉛が必須因子となっている。一般的に比較的細胞分裂が盛んな組織に多く含まれ、不足すると味蕾細胞の合成ができないために発症する味覚障害を始め、免疫機能の低下、皮膚炎など様々な臨床症状が現れる。亜鉛はミネラルなので当然我々の体では合成されずに食物から摂取することになる。

 倉澤先生の報告によれば先生の長年の医師としての経験から、確実に亜鉛不足の患者が増加していると感じて見える。食物から摂取するミネラルである亜鉛が不足する原因は、食物中の亜鉛の不足かまたは食物として摂取しようとしたときの亜鉛の吸収阻害など種々の原因が考えられる。この議論のとき倉澤先生は1つの原因として農作物中の亜鉛含量が減少しているということを強く疑っているが、どうしてかが説明できないとおっしゃっていた。
 教科書的には我々の必須微量元素の中に、クロム、セレンと言ったような極めて毒性の強い元素が入っていることが明らかになっている。これらの元素は食物から栄養が取れなくて人工栄養剤のみに栄養素摂取を依存している患者には微量ではあっても必ず与えなくてはいけない重要な元素である。逆に言えば普通の食事を摂取している人にはまず欠乏症は考えられない元素である。

 亜鉛欠乏症の原因をもし作物中の亜鉛含量が不足することに起因するとするならば、その作物中の亜鉛の供給源である土壌中の亜鉛が減少していることになる。土壌中の微量元素不足の原因として思い当たるのは昔と今の肥料の与え方の違いである。昔の肥料は堆肥、人糞や灰が中心的であったが、最近は作物の生長に合わせ化学肥料が加えられた調整肥料が随分と使用されているケースが多い。

 こうした化学肥料を負荷して合理的に作成された調整肥料中の微量元素の量はおそらく昔の堆肥、人糞や灰のみからなる肥料よりは僅かではあるが少ないに違いない。こうした肥料からできた作物は僅かであるが昔より微量元素の含量が少ない。そして僅かに微量元素の少ない作物が再び堆肥や牛糞、鶏糞といった形になり肥料として用いられるとき微量元素はさらに僅かに少なくなっていく。

 こうした循環を繰り返して少しずつ作物中の微量元素が減少していることが考えられる。すなわち、昔は完全にサイクルの中で作物が作られていたところへ、微量元素を含まない肥料が少しずつ添加されてゆくことにより、サイクルの中に維持されていた微量元素が少しずつ減少している可能性が否定できない。そうしたときには、人工栄養の患者に微量元素を与えるように調整する肥料にも微量元素を負荷してゆく重要性が浮上してくる。

 セレン不足による黒山病のように、例え微量元素であっても必須な元素は不足すると重大な支障を招いてくる。亜鉛不足患者が確実に増加しているという倉澤先生の観察結果は大いに尊重に値するだけに、その原因を徹底的に追求し、対策を講じておく必要性があると感じている。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)

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