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多幸之介が斬る食の問題

亜鉛欠乏症が示唆する本質は何か?

長村 洋一

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 前回に「亜鉛欠乏症が示唆するものは最近の農業のあり方か?」と題して化学肥料農業のあり方が欠乏症を引き起こしているのかもしれないという記事を書かせていただいた。この記事に対してFoodScienceでいつもベスト5のトップになられる著者松永和紀氏/より大変貴重なコメントを戴いた。そのご指摘によれば私の推測はかなり的が外れていることが明らかである。その訂正のお詫びと若干のコメントをさせて頂く。

 松永氏はご自分のかつてのご専門としての植物栄養学のお立場から次のようなコメントを私に下さった。

 亜鉛は、植物の微量必須成分であるが、土壌中で欠乏状態になることは比較的少ない物質で、化学肥料としても有機 質肥料としても、わざわざ亜鉛を施用するケースは少ない。昨今問題になっているのはむしろ有機質肥料や堆肥(特に、家畜糞 尿)の使いすぎによる土壌への高濃度の蓄積である。

 実際に、亜鉛や銅は家畜の生育をよくするとして現在は、飼料にわざわざ添加されており、その結果、糞尿中に排泄され、この糞尿から作った堆肥を使うことが励行されている。これは、糞尿の捨て場がないので、畑に使えという国策に乗っているため、野菜栽培農家のほとんどが、有機質肥料・堆肥を積極的に使っている。化学肥料しか使わないという農家は、今やほとんどないので、作物への亜鉛や銅の過剰蓄積が大きな問題として浮上して いる。

 以上のようなコメントとともに、しっかりしたデータがついている以下2つのURLをご紹介頂いた(データ1、データ2)。

 この2つのネット上の報告はいずれも測定結果をしっかり示し、堆肥の施肥による亜鉛等の金属による土壌汚染を明らかな問題として指摘している。そして、現時点における亜鉛濃度の上昇は直ちに野菜の亜鉛含量を著しく上昇させるようなことはないと、タマネギを例としてあげている。

 ところで、そうすると前回の私が書いた亜鉛不足は一体何で起こるのだろうかという最初の疑問は残ったままになる。そこで改めて我々の日常生活の食材の中で亜鉛含量が減少している物があるかどうかを4訂版と5訂版の食品分析表で比較をしてみた。

 一般野菜、牛、豚、鶏などの食肉およびそれらの肝などの内臓においては変化どころか傾向すら伺えなかった。しかし、魚介類となると少し事情が異なっていた。魚ではイワシ、アユ、ウナギは20%位低下していたが、サンマやサケはあまり変化なく、サバでは幾分上昇していた。貝類では亜鉛含量が高く、亜鉛の摂取のための食材と言われているカキは4訂版では100g当たり40mgとなっていたのが5訂版では13.2mg、アサリは1.3mgが1.0mgとなっており、ひょっとしたらと感じさせられたが、サザエや、シジミは変化なくハナグリに至ってはむしろ増加していた。

 このように見てゆくと食生活そのものを調査した上でないと不明な部分があるが、最近の食材そのものに亜鉛不足の原因を見いだすのは困難なようである。次にその一因として考えられている薬剤、食品添加物等の化学物質のキレート作用による亜鉛排泄促進であるが、これも簡単には結論が出せない。

 以上のような次第で、亜鉛不足に対する疑問を提起した私自身にも謎の問題となってしまった。今、巷では栄養機能食品としての亜鉛が存在し、健康食品としてマルチミネラルが静かに売れ、亜鉛やクロームなどの金属の摂取で体調が良くなる人の臨床レベルでのしっかりした報告も多い。こんな事情を鑑み、前回の記事の訂正のお詫びを申し上げますと共に「本当に亜鉛不足の人が増加しているか?」といったこの問題の原点も含めその原因について改めて調査を開始している。機会を改めて真相について触れたいと考えている。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)