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うねやま研究室|yamada2

日欧比較で分かる残留農薬基準値超えによる回収の愚行

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2008年1月16日

 農産物の残留農薬が基準値を超過していたため回収される、という事例がよく報道されます。基準値を超えていることがすなわちリスクがあるということではないにもかかわらず、消費者には「危険な農産物が出回っている」という誤解が多いようです。そこで今回は、日本とは違う対応を行っている英国での事例を紹介してみようと思います。
食品と飼料に関する緊急警報システム
 EUでは食品や飼料の健康リスク関連情報を各国が共有するためのネットワーク、Rapid Alert System for Food and Feed (RASFF: http://ec.europa.eu/food/food/rapidalert/index_en.htm )があります。このシステムにより、市場に出回っているもので、消費者にリスクがあると判断されてリコール/回収が行われているものはアラート情報として通知されます。輸入時の検疫などで分かったため、市場に出回っていないなどの理由で特に緊急対応の必要がない製品については、インフォメーションとして通知されます。毎週多くの情報が掲載されますが、残留農薬が原因で回収されるものはそう多くはありません。

 2006年のまとめの報告書を見てみますと、アラート情報は934件、そのうち残留農薬が原因のものは15件でわずか2%に過ぎません。多いのは病原性微生物汚染(16%)、カビ毒(8%)、自然の重金属(8%)などです。これは残留農薬の基準値超過事例がヨーロッパで少ないということではありません。回収されるのは「健康リスクがあると判断されたもの」だけで、違反のあったものすべてを回収するわけではないからです。

 つまり残留農薬の検査を行った結果、残留農薬基準(MRL)を超過していることが分かった時、直ちに回収になるのではなく、その検出された量で、消費者の健康のリスクとなるかどうかを判断すること–リスク評価–が行われるのです。

1日許容摂取量ADIと急性参照用量ARfD
 最初に消費者にとってのリスク評価の基準となる2つの数値、一日許容摂取量ADIと急性参照用量ARfDについて説明します。

 1日許容摂取量ADIとは、「人が一生涯にわたって毎日摂取し続けても、健康に影響を及ぼさないと判断される量」として1日当たりの体重1kgに対するmg数(mg/体重kg/日)で表されます。この数値は通常動物での慢性毒性試験(1年以上から一生涯)における無毒性量(有害影響が観察されない濃度、NOAEL)に安全係数(通常種差について10、個人差について10の100を用いる)を用いて導いたものです。一方急性参照用量ARfDは急性毒性の指標であり、動物での急性毒性試験(短期試験、単回投与から概ね1カ月以内)のNOAELに安全係数を用いて導いたものです。この2つの値は同じ数値になることもありますが、通常違うものです。

 例として、「斎藤くんの残留農薬分析」で取り上げられていたエンドスルファンについて見てみましょう。JMPR(FAO/WHO合同残留農薬専門家会議)の98年の評価によれば、エンドスルファンのADIは2年間のラット混餌投与試験のNOAEL 0.6 mg/kg体重/日に安全係数100を用いて0.006mg/kg 体重/日とされています。この時の最小毒性用量は(LOAEL)は2.9 mg/kg体重/日で、有害影響として観察されたのは体重増加の抑制と進行性糸球体腎炎と動脈瘤の発症頻度の増加などです。

 つまりエンドスルファンの慢性暴露により心配されるのは主に腎臓への影響です。一方ARfDはラット発生毒性試験におけるNOAEL2mg/kg体重/日に安全係数100を用いて0.02mg/kg 体重/日とされています。この時のLOAELは6 mg/kgで、有害影響として観察されたのは垂涎・痙攣・摂餌量減少などです。つまり急性毒性として心配なのは主に神経症状です。

 各農産物のMRLは、毎日一生涯にわたって食べても安全であることを確保するために、慢性毒性の指標であるADIを基準に標準的摂取量や農薬の使用状況などを加味して設定されます。ADIは一時的に超過しても問題はない値です。一方事故などで普通とは違う値が出た場合に問題となるのは急性毒性ですから、回収が必要かどうかを判断する基準はARfDを超過するかどうか、です。

 ここで少し脱線します。上述の「斎藤くんの残留農薬分析」の記事において日本でおこった自家製豆腐によるエンドスルファン中毒事故の件についてADIとの比較が行われていますが、これは厳密にはARfDと比較すべきです。この事件では、被害者は推定153mgのエンドスルファンを食べた可能性があるとのことで、これは2-3mg/kg体重ですから、動物実験で神経症状が観察されている濃度と同じ程度を食べたことになります。被害者の症状も神経症状で動物実験とほぼ同じです。これは貴重な症例で、動物実験による有害事象の予測が概ね成り立っているということができます。

 エンドスルファンの神経症状については、ヒトとネズミの種差はほとんどないと言えます。もう少し量が多くて適切な治療がなされなかったら死亡もあり得るという大変危険な事件でした。ARfD 0.02 mg/kg 体重/日は安全係数100を用いた数値ですから、十分安全側に立った値であるということができるでしょう。なおこの一度だけの中毒でしたら、慢性毒性の症状である腎障害については心配ないと言えるでしょう。

英国での残留農薬リスク評価
 さて英国では、野菜や果物の残留農薬について定期的に残留農薬委員会PRCが検査を行っています。その結果は定期的に報告書として発表されています。直近の07年第二四半期報告書によれば、1053検体を検査し、31検体からMRLを超過する残留農薬が検出されています。このうち、RASFFに通知されたものは2件のみで、そのうち1件はMRL超過ではありません。

 詳細を挙げてみますと、ブドウ9検体からMRLが0.02 mg/kgのキャプタン0.09-0.5mg/kgとMRLが0.5 mg/kgのクロルピリホス1.1 mg/kg。キウイからMRL0.02 mg/kgのジコホール0.07 mg/kg。レタスからMRL 0.01mg/kgのクロロタロニル0.9 mg/kg。ナシからMRL0.01mg/kgのフェニトロチオン0.02mg/kgとMRL 0.2 mg/kgのカルベンダジム0.4 mg/kg。柑橘類からMRL0.02 mg/kgのジメトエート0.05mg/kgとMRL0.05 mg/kgのジフェニルアミン0.1 mg/kg。ドラゴンフルーツからMRL 0.02mg/kgのイプロジオン0.05 mg/kg、パッションフルーツからMRL0.05 mg/kgのジチオカルバメートが0.06-0.1 mg/kg、MRL0.05 mg/kgのシペルメトリン0.06mg/kg、MRL0.02mg/kgのジメトエート0.03 mg/kg、トマトからMRL0.05mg/kgのクロルメコート0.7 mg/kg。

 さてこのうち回収対象となったのはどれでしょうか?答えはカルベンダジム0.4 mg/kgが検出されたナシです。ほかにオキサミル0.03mg/kgが検出されたトマトが回収対象となっています(トマトのオキサミルは07年12月30日以降に新しいMRL0.02mg/kgが発効すると超過になりますがこの時点では超過ではありません)。MRLの何倍か、などは全く関係ありません。

 これは残留農薬を検査したら、検出された残留農薬について個別のリスク評価を行ってから判断するためです。MRLを超過したということは、評価の対象になるというだけのことでリスクがあることを意味しないのです。逆にMRLは超過していないものの、リスク評価の対象になるものもあります。

 リスク評価には検出された農薬をどれだけ摂るかの推定が必要です。 摂取量評価は複雑なものですが、まず消費者集団を食品の摂取量や食習慣が異なる全部で10のグループに分けます。成人、乳児、幼児、4-6才、7-10才、11-14才、15-18才、ベジタリアン、老人ホームの高齢者、自宅の高齢者です。それぞれについて食品摂取量調査データがあり、それをもとにして、急性毒性の場合は一日で最も多く食べるヒトの食べる量と検出された農薬の最大濃度を使ってARfDを超過するかどうかを判断します。慢性毒性の方がふさわしい場合には長期の平均的摂取量と平均的残留農薬量を使ってADIを超過するかどうかを判断します。通常残留農薬モニタリングでMRL超過があった場合には急性毒性が問題になるのでARfDを超過するかどうかが検討されます。ここでARfDを超えるということが確認されて初めて回収措置などの対象となるわけです。

 MRLを超過したものについては、生産者などに対してその事実が文書で伝えられます。生産者は基準違反の原因を調査し、対応や報告を行います。MRL超過の原因は、基準値の変更が周知徹底されていなかった(MRLは頻繁に変更されます)、近傍農場からのドリフトなど、さまざまです。そうした生産者からの回答についても、PRCの報告書には掲載されています。

 これが農業国でもある英国での対応です。検査の後にリスク評価という手間がかかりますが、農産物を無駄にしないためには必要な対応ではないでしょうか。せめてMRLよりADIやARfDのほうが重要であるという認識を持ってもらえれば、と思います。新聞記事が「基準値の何倍の残留農薬が・・」というほとんど意味のない数字ではなく、「ARfD(ADI)の何%に相当する・・」というものになると、より一般への理解が進むと思います。(国立医薬品食品衛生研究所主任研究官 畝山智香子)

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