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うねやま研究室|畝山 智香子

「科学的根拠」とは

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2008年8月6日

 根拠(エビデンス)に基づいた医療(evidence-based medicine:EBM)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。医療において治療の効果や副作用などの臨床試験による結果(「根拠」)をもとに医療を行うというものであり、「根拠」として採用されるのはできるだけ客観的で正確な最新最良の医学知見です。そんなの当たり前ではないか、と思われるかもしれませんが、EBMの対極にある「三た論法」と比較するとわかりやすいかもしれません。「三た論法」は、「投与した、治った、だから効いた」というものです。三た論法は一見もっともらしいのですが、比較すべき対照群がなく、投与や治療が本当に有効だったのかは分かりません。
 EBMの根拠となる情報を提供しようという計画が、英国で始まったコクランコラボレーション(コクラン共同計画)と呼ばれる事業です。コクラン共同計画ではシステマティック・レビュー(系統的レビュー)という方法により臨床試験の文献情報から根拠の確からしさを導き出して提供しています。系統的レビューとは、文献をできるだけ網羅的に集める・批判的に吟味する(論文採択基準は事前に決まっている)・複数の文献の結果を統合(メタアナリシス)する、といった手順からなるレビュー方法です。文献としては通常、無作為割り付け比較対照試験(Randomized controlled trial:RCT)のみが採用されます。

 健康情報の信頼性を判断するステップとして、坪野吉孝先生が著書「食べ物とがん予防−健康情報をどう読むか」で六段階のフローチャート(ステップ1:具体的な研究に基づいているか? ステップ2:研究対象はヒトか? ステップ3:学会発表か?論文報告か? ステップ4:定評のある医学専門誌等に掲載された論文か? ステップ5:研究デザインは信頼性の高いものか? ステップ6:複数の研究で支持されているか?)を提案なさっていますが、系統的レビューによる評価はその最終段階からさらに進んで臨床に実践できる根拠となりうるというものです。

 コクラン共同計画のほかには米国の医療研究・品質調査機構(Agency for Healthcare Research and Quality:AHRQ)が根拠に基づいた実践(Evidence-based Practice:EBP)という事業で系統的レビューを行っています。

 いずれも医療が最良の科学的根拠に基づいて行われるための努力ですが、これらのもとになる臨床研究についてもさらなる改善の努力が行われています。その1つが臨床試験の事前登録制です。2004年に、The Lancet、Journal of American Medical Association (JAMA)などが加盟する医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors: ICMJE)とBritish Medical Journal(BMJ)が、臨床試験論文を雑誌に掲載するには、その試験が特定条件を満たした登録機関に事前に登録されていることを要求すると発表しました。臨床試験を開始する前にこういう試験をします、と発表することを義務化することで出版バイアスを防止しようというものです。

 出版バイアスとは、学術雑誌に発表される論文は何らかの影響があった、というものが多く、全く効果がなかったなど実験を行った人たちにとって都合の悪い結果になった場合には論文として発表しない傾向があることを言います。結果が分からないうちに登録することで、そのようなバイアスが減らせます。現在どのような試験が行われているかを公開することで臨床試験への参加者も増やせると考えられます。

 少しさかのぼりますが、そもそも臨床試験を行うに当たって、非臨床試験と呼ばれる動物実験による各種有効性・安全性データの収集が必要で、その際にも厳格なガイドラインに従うことが要求されます。昨今科学論文のデータねつ造や改ざん行為により研究者が処分されたというニュースが国内でも良く報道されていますが、そうした不適切な行為をできないようにした制度がGLP(Good Laboratory Practice、優良試験所基準)です。

 新薬でしたら通常GLP認証施設におけるガイドラインに従った安全性データが無ければヒトへの使用が認められることはありません。例え、どれほど有名な科学雑誌に論文が掲載されていたとしても、信頼性という点では関係ないのです。もちろん医療の世界においてもすべての医療行為に万全な科学的根拠があるというわけではないのですが(原因不明の病気もたくさんあります)、できるだけ科学的に判断しようという絶えざる努力が行われています。

 一方で食品についてはこれまで述べてきた医学の分野における「科学的根拠」とは全く違う意味で「根拠がある」と主張されることがあります。「科学的根拠」と一口に言いますが、その実態は実験室での培養細胞によるたった一回の実験で吹けば飛ぶような軽いものから、ヒトで何度も確認され実証されてきた揺るぎない強固なものまで様々です。個々の事例についてその実態をきちんと理解し伝えることはとても困難なことですが、必要なことだと思います。

 例えば、、、「特定保健用食品(トクホ)」の中の1つのジャンル、「条件付きトクホ」の科学的根拠ですが、これは上述したような医療の世界の基準に当てはめれば「根拠」としては採用できません。

 先に述べましたコクラン共同計画による系統的レビューの中には、いわゆるサプリメントや食事療法についてのものもあります。既に坪野先生がFoodScience 2007-03-14で紹介しておられるように、サプリメントの抗酸化ビタミンには死亡率を低下させる効果はなくむしろ有害ですらある可能性があるというレビューがコクランライブラリーの2008年第3巻に発表されました。

 このプレスリリースのサイトにはBBCやCNNなどの報道機関がこの結果を報道した記事やビデオもリンクされています。コクランからの公式発表は今年の4月で、この発表を受けて英国などでは大々的に「ビタミン剤が健康によいという証拠はない」と報道されました。日本ではあまり話題になっていなかったような気がします。坪野先生もおっしゃる通り、この事例は健康のためにサプリメントを摂っているという人たちに対する重大な警告なのですが、同時に科学的根拠とは何かを考える良いきっかけになるはずのニュースです。

 AHRQの系統的レビューでも、一般に健康上の目的で広く使用されているサプリメントで十分な根拠があると判断されたものはほとんどありません。確実に薦められるものは、先天異常リスク削減のための葉酸のみです。これは坪野先生がFoodScience 2006-10-11でお書きのように、根拠があるにもかかわらず積極的には宣伝されていない例です。

 一般論として、食品業界から発信される健康情報の「根拠」のレベルは、臨床医学の世界から発信される「根拠」のレベルや質とは大きな隔たりがあります。その違いを明確に認識しないでいると、例えば何らかの慢性疾患を抱えている患者さんが、主治医の意見といわゆる健康食品の宣伝文句とを同じようなものとして比較してしまうと、主治医との良好な信頼関係を作る妨げになり、治療にも悪影響があるでしょう。「血圧を下げるための処方薬」は決して「血圧を下げる作用があると言われている食材や健康食品」で代替できるものではありません。

 私は一般的食品についても医学分野のような厳密な根拠を提示すべきだと主張するつもりはありません。食品は医薬品ではないのだから、そういうことを期待するほうが間違っていると思っています。しかしながら何らかの効能・効果を主張するのであれば、きちんとした根拠は必要であろうと思います。現時点では、トクホであっても、その根拠は医薬品の根拠とは全く異なるものであることはもっと広く認識されたほうがいいと思います。(国立医薬品食品衛生研究所主任研究官 畝山智香子)

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