● ガタガタに崩れたフードチェーン
「日本は、原材料の生産から各家庭の食卓に届くまでの各過程で、食の安全を追求し効率性も上げ、実に緻密なフードチェーンを構築してきた。それが、地震という出来事であっという間にガタガタになり、なかなか立ち直れない。各家庭に商品を届けられず、大変な迷惑をかけてしまっている。フードチェーンがこれほど脆いものだったとは……」
コープネット事業連合総合企画執行役員の永井伸二郎さんの言葉である。
コープネットは、冷凍センターや集品センターなどが被災し、欠品が相次いで1週間でコールセンターに100万件の問い合わせの電話がかかってくる事態となった(前回参照)。震災直後は我慢してもらえても、1週間もたつと難しく、中には「予約しているのだから、届けるのが当たり前」と苦情を言う組合員も出てくる。
だが、コープネットだけで解決できる問題は少ない。食品メーカーの中には、計画停電により食品を作れなくなったメーカーが多数ある。さらに、容器も問題だ。特に牛乳。原乳はあるが、パッケージを作る工場が被災して入れ物がない。また、カタログを印刷する工場が紙を手当てできなくなり、急遽、一部を広島県の印刷工場に印刷を依頼したりもした。
農畜産物の生産現場の混乱も大きかった。日本の畜産は、飼料の在庫、特に濃厚飼料と呼ばれる穀物飼料の在庫をほとんど持っていない。濃厚飼料の9割は輸入もので、電話をかければ飼料メーカーがすぐに運んでくる態勢が整っているので、畜産農家は飼料の在庫を持つ必要がないのだ。
したがって、地震により荷揚げする港が破壊され、道路網がずたずたになると、畜産農家はすぐに飼料不足に襲われた。コープネットが取引している生産者団体の中にも、飼料の配合を変えるなどしてなんとかしのいだところが多かった。
● 働く人が、中国へ帰った
さらに、永井さんは言う。「これからこそが心配だ」と。飼料や電気、紙などを調達しにくいだけではない。働く「人」も足りなくなるかもしれない。地震と原発事故の後、中国人研修生が大勢、中国に引き上げてしまった。東北から遠く離れた長野や関西などからも帰った。
日本の農業現場や加工工場の多くは、日本人労働者の高齢化に悩み、中国人研修生を頼りにしてきた。作業者として優秀だった彼らが帰った今、だれが細かな食品加工作業をするのか? だれがレタスを収穫するのか?
中国の人々を非難する者もいるけれど、私はそんな気にはなれない。なぜなら、日本も中国国内でさまざまな食品の問題が起きた時に、あの広大な中国、13億人の人々を十把一絡げにして「中国産は危ない」と言い募ったからだ。広い中国から見れば、福島と関西なんて隣近所、である。私たちは、これまで自分たちが持ってきた偏見のしっぺ返しを受けている。
● 「安くて、災害からもすぐに復旧」は無理
ここから先、コープネットの現状から離れて、日本全体のフードチェーンを考えてみたい。
これまで、日本の食品関係者の多くが、フードチェーンの効率をいかに上げるかに知恵を絞ってきた。在庫を極力減らし、食品の品質や安全性を確保しながらスムーズに食品が製造加工され食卓に届くように、工夫してきた。安い労働力にも助けてもらった。それ故に、私たちは今まで安価な食品を確実に手に入れてきた。でも、“遊び”はどこにもない。だから、綻びた時には修復のしようがなくなってしまう。
もし、災害に強く、突発的な事態であってもすぐに復旧できるようなフードチェーンにしようと思ったら、コープネットの一部の組合員が望むような「地震からもう1、2週間たったのだから、商品を届けて当たり前でしょう」という感覚をそのまま持ち続けたいのなら、私たち消費者は新たなフードチェーン構築に莫大なコストをかけなければならないだろう。
具体的には、飼料や容器などある程度の在庫を抱え、効率化を追求した巨大な冷凍センターや集品センターを廃止し、もっと小さな規模で集配を行う。農産物の栽培や収穫、食品加工の場で、日本人がしっかり働く。こうすれば、なにかアクシデントが起きても、フードチェーンは少しは打たれ強くなるかもしれない。だが、食品が高価になるのは間違いない。また、個々の小さな施設で現在の大工場や冷凍センターのような高度な衛生管理をするのは難しく、食中毒の発生なども予想される。
さて、あなたはどちらを望む? 高い食品? あるいは、現状と同様でアクシデントが起きた時にはしばらくじっと辛抱する?
どちらも極論である。答えは、この中間にあるのだろう。だが、消費者はもはや、何もかも望めるわけではない。そのことを、消費者がまだ自覚できていないように思えて仕方がない。
(松永和紀)


