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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

阪急阪神ホテルズのメニュー表示 何が問題だったのか(上)

森田 満樹

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阪急阪神ホテルズが10月22日、メニュー表示と異なる食材を使用していたことを発表し、わずか1週間でトップが辞任を表明する事態になった。記者会見の内容は食品表示に関する認識不足を露呈するもので、「偽装ではなく誤表示」という弁明でさらに信頼を損ねることになった。

記者会見を見ていると、2007年に頻発した食品の偽装表示事件を思い出す。あのときもトップの説明がまずくて問題が大きくなり、他社でも次々と偽装表示が明らかになり、食品事業者全体に対する信頼が大きく損なわれることになった。今回も連鎖的に拡大する可能性があり、消費者は外食のメニュー表示に疑心暗鬼になってしまいそうだ。その社会的影響は計りしれず、阪急阪神ホテルズの罪は重い。

それでは同社のメニュー表示は、何が問題だったのか。背景にある法令上の問題については(下)で考えるとして、まずは今回の問題がどの法律に抵触するかについて掘り下げてみたい。

●外食のメニュー表示に適用される法律は、景表法

同社が今回公表した「メニュー表示と異なった食材を提供した内容等の一覧」リストをみると、23店舗47品目と、とにかく数が多い。しかし、法律上の問題があるかという視点で見ると、問題があるもの、ないもの、グレーのものとバラバラに並べられている。このリスト、同社が誤表示と判断したものを全て公表しているようだが、その判断基準が明確でない。そのことが、事態をさらに混乱させている。

外食のメニュー表示に適用される法律は、通常は景表法(不当景品類及び不当表示防止法)だ。偽装の程度が悪質であれば不正競争防止法が適用されて警察が動くが、今回はその可能性はほとんどないだろう。

同社の発表の中に「景品表示法・JAS法の理解不足、知識不足により、表示についての認識が誤っておりました」とあるが、小売りされる食品の表示を定めたJAS法(農林物質の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)は判断の参考にはなるものの、外食のメニュー表示には直接適用されない。

景表法はどんな法律か。消費者を嘘つき表示や大げさな表示から守る法律で、第4条に「不当な表示の禁止」を禁止している。4条1には「品質・規格について実際のものよりも著しく優良である示す表示(優良誤認)」を禁止し、4条3には、誤認するおそれのあるまぎらわしい表示を指定して禁止している。

何とも漠然としているが、消費者庁のガイドブックから、食品に関する優良誤認表示やまぎらわしい表示とされる事例をピックアップしてみた。
・食肉のブランド表示の偽装(国産有名ブランド牛の肉であるように表示をしていた)
・100%果汁と表示したジュースの果汁成分が実際には60%だった
・健康食品に栄養成分が他社の2倍と表示していたが、同じ量しか入っていなかった
・機械打ちの麺に「手打ち」と表示
・添加物を使用した食品に「無添加」と表示
・無果汁の清涼飲料水に%を記載せず、果実の絵を表示
・商品の原産国に関する不当な表示

さらに、消費者庁の景表法の「よくある質問コーナー」をみると、Q43~Q46に外食におけるメニュー表示の説明が行われている。この中で、過去にメニュー表示で行政処分が行われた事例を紹介する。
・「特選前沢牛」と表示しているのに、実際は大部分の肉は前沢牛ではなかった
・「葉野菜は有機肥料を使用して低農薬で栽培した」と表示しているのに、実際は一部の野菜のみ有機肥料を用いて栽培していた
・「国産霜降り馬刺し」「トロ馬刺し」と表示しているのに、実際は馬肉に馬油を注入する加工を使った肉を使用していた
また、Q53~Q54には成型肉を食材とした料理の表示、Q55~Q56には牛脂等注入加工肉を食材とした料理の表示について記載している。

この中でQ46の質問「当店は、『宮崎牛ステーキ』と表示していますが、仕入れの事情で、日によっては他の銘柄牛を使用することがあります。景品表示法上問題になりますか」の回答をそのまま紹介する。
A.実際には表示と異なるものが提供されている場合には、景品表示法上問題となります。料理名の表示は、見るものに強い印象を与えるので、このような場合に注意書きをしたとしても消費者の誤認を解消することはできません。
したがって、日によって表示された銘柄の肉を確保できないことがあることが分かっているのであれば、銘柄名を料理名に書くのではなく、例えば、料理名について、「本日の銘柄牛のステーキ」、「シェフが選んだ銘柄牛のステーキ」等として、「銘柄については係員にお尋ねください」等の注記をするという対応が必要になります。

つまり、「最初はメニュー表示通りだったけれども、仕入れの事情で中身が変わってしまって、社内連携不足でちゃんと変更してなかった云々」というのは、言い訳として全く通用しないということなのだ。

消費者庁になってから、メニュー表示については2件が違反とされ措置命令がでている。2012年10月、旅館のウェブサイトに掲載されたメニュー表示の「坊ちゃん島あわび」が実際は外国産養殖あわびだった事例と、2010年12月、ホテルのメニュー表示で「京地鶏」が実際はブロイラーの肉であったこと等の事例である。

●阪急阪神ホテルズの47品目、どれが違反になるか

このように、景表法の内容や違反事例を読み込んでいくと、今回の47品目のどの項目が違反に該当するのかおぼろげながら見えてくる。たとえば「ホテル菜園の無農薬サラダ」という表示では、実際はホテル菜園以外の野菜を一部提供していた事例は、過去の違反事例にも同様のものがあるので違反だろう。牛脂注入牛肉の「ビーフステーキ」も、Q&AQ56に照らし合わせれば、違反だろう。
一方、「旬鮮魚のお造り三種盛り合わせ」に冷凍マグロを使用していた事例は、「鮮魚」の定義が他の食品表示の法律でも明確ではなく、一般消費者を著しく誤認させるとまではいえず、違反とはならないだろう。

景表法に違反する行為が疑われる場合、消費者庁は事情聴取などの調査を実施して、その内容に応じて「指導」か「措置命令」を行う。「指導」は、違反につながるおそれがある行為として注意が行われるだけで、違反ではない。「措置命令」が違反で、名前が公表され、再発防止策を講じることなどが求められる。「指導」と「措置命令」では、法律的な重さがまるで違う。

現在調査中の阪急阪神ホテルズの事例は、項目ごとに「指導」か「違反」かに振り分けられる。ちなみに、ことの発端となった今年5月の東京ディズニーリゾートホテルの事例は、ブラックタイガーが用いられているのに「車海老」の表示が、国産牛が用いられているのに「和牛」の表示が、国産鶏が用いられているのに「地鶏」の表示などが行われているものだった。実は優良誤認の度合いは阪急阪神ホテルズよりもかなり高いが、「措置命令」は出されていない。

また、6月24日に発表されているプリンスホテルの「メニュー表示と異なった食材を使用していたことに関するお詫びとお知らせ」は、阪急阪神ホテルズよりも数が多く(55品目)、優良誤認の度合いも高い内容だった。国産牛を特選牛と表示したり、米国産アスパラガスを信州産と表示したり、産地の異なるものがやたらに目立つ。しかし、こちらも「措置命令」は出されていない。マスコミに騒がれることもなかった。

実は阪神阪急ホテルズが10月22日に発表したリリースは、このプリンスホテルのリリースと酷似している。ここからは私の想像だが、阪急阪神ホテルズは、このプリンスホテルのリリースと同じように公表すれば軽く乗り切れると思ったのではないか。なぜ自分のところばかりがこんなに責められるのか。それが関西だからか、たまたまニュースが無かった時期だったからか、公表方法が悪かったからか。いずれにしても記者会見に準備をせずに臨み、マスコミの餌食になってしまったのだ。

●景表法違反かどうか、誰が決める?

話を景表法に戻そう。阪急阪神ホテルズの47品目は、確かに優良誤認を招くものが散見されるが、過去事例に照らし合わせる限り措置命令を出すほどの項目は少ない。また、ディズニーリゾートホテルやプリンスホテルのように、メイン食材の牛肉の原産国を偽ったり、特選と偽るほど悪質でもない。
しかし、どれが景表法違反に問われるかわからない。優良誤認は「一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示す」かどうかで判断されるが、JAS法のようにきちんと定義があるわけではなく、モノサシがないからだ。

消費者庁ができてから公表されている過去の食品関連の措置命令をみると、健康食品関連の優良誤認や、原産国に関するまぎらわしい表示が多い。2009年に消費者庁が発足して景表法で初めての措置命令として記憶に残っているのが、㈱ファミリーマートのおにぎりだ。「国産鶏肉使用」と記載してあったが、実際にはブラジルの鶏肉を使っていた事例である。

この時は、政権が交替したばかりで福島みずほ長官が消費者庁の存在感をアピールしていた時期と重なる。社会的な関心が高い問題や、そのときの担当大臣の考え方によって、措置命令にするかどうか判断は異なるようにみえる。

阪急阪神ホテルズはこれだけ社会的な問題になったことを考えると、消費者庁は措置命令を出さざるを得ないだろう。他社事例と比べると不公平感は否めないが、そもそも景表法は消費者を保護するために、その時々の問題に応じて抜かれる刀のような役割を果たしてきて歴史があるからだ。

消費者庁が今回、景表法上でどのような判断をするのか。その内容によっては、今後の外食のメニュー表示に大きな影響を及ぼすことになる。また、景表法だけでは不十分で、さらに規制を厳しくして、新しくできる食品表示法を外食のメニュー表示に適用すべきという声も一部であがってきている。そのことは(下)で考えたい。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。