科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

サーモントラウトはサケ?景品表示法ではどうなる?(下)

森田 満樹

キーワード:

 魚の種名は、メニュー表示になるとどう考えたらいいのでしょうか。ここではJAS法ではなく、景品表示法が適用されます。消費者庁は、メニューや料理の表示の適正化のために様々な対策を打ち出していますが、その一つが2013年12月19日に発表した「メニュー・料理等の食品表示に係る景品表示法の考え方について(案)」です。

 このメニュー表示のガイドライン案は全部で26ページあり、景品表示法の考え方とともに、Q&A形式の35問が食品のジャンル別に記載されています。このQ15に、サーモントラウトの表示について、下記のように記されています。

 Q-15 飲食店のメニューに「サーモントラウト」を「サーモン」と表示しても景品表示法上問題ありませんか。
 A 問題となります。
 <説明>
 生鮮食品及び加工食品が小売店等で商品として販売される場合、JAS法では、「名称」等の必要表示項目を記載することが義務付けられています。魚介類の名称は、「魚介類の名称のガイドライン」により、原則として種毎の名称(標準和名)を表示する(標準和名より広く一般に使用されている和名があれば、この名称を表示することも可能)ことが推奨されており、それを前提に市場で取引がなされています。
 このガイドラインにおいて、「サーモントラウト」の標準和名は、「ニジマス」であり、標準和名が「サケ」とは異なる魚介類とされています。
 「サーモン」との表示から、一般消費者は、「鮭(サケ)」を使用した料理が提供されると認識するものと考えられます。このため、標準和名が「ニジマス」であるにもかかわらず「サーモン」と表示することは、実際のものと異なる表示をしていることになります。また、サケではないサーモントラウト(ニジマス)を「サーモン」と表示している飲食店は、そのように表示することで顧客を誘引しようとしていると考えられますので、それが実際と異なる場合には、通常、景品表示法上問題(優良誤認表示)となります。

 いきなり読むとよくわからず、何だか「ニジマス」という文字が目立ちます。この文面がわかりにくく、「サーモントラウトを使ったら、サケ弁当をニジマス弁当と表示しなければならない」と誤解されてしまったようです。

・シャケ弁当はニジマス弁当?(日本経済新聞)
・しゃけ弁当はニジマス弁当になるのか?(東洋経済新聞)
・サーモントラウト→ニジマスの指針案見直しへ 業界「おいしい名前認めて」 (産経新聞)

 このガイドラインの表現が業界やマスコミの反発を受けて、森雅子消費者担当大臣は2月7日「サーモントラウトを使って『サケ弁当』と表示しても、必ずしも景品表示法違反にはあたらない」との見解を示しました。これを受けて消費者庁はメニュー表示のガイドライン案を今後、修正される見通しと報道されています。正式なガイドラインの発表は、遅れることになりそうです。

●消費者庁は、ニジマスと表示しろとは言ってない 

 Q15をよく読むと、サーモントラウトを使った場合に、標準和名「ニジマス」と表示するように、とは言っていません。Q15 の意図するところは、「サーモントラウト(標準和名ニジマス)とサケでは種名が違う魚なので、区別して表示をしないと消費者は誤認する」ということでしょう。これは(上)の水産庁の説明と同じです。消費者庁にも確認しましたが、「Q15は、サーモントラウトに標準和名の『ニジマス』の表示を義務付けるという趣旨ではない」ということでした。そもそも景品表示法は表示を義務付けるという性格のものではない、という説明です。

 それではQ15は何が問題なのか。それは「サケ」と「サーモン」を同義として、「サーモン」の解釈に踏み込んでしまったところにあるように思います。

 「サーモン」というと、一般消費者は何を思い浮かべるでしょうか。水産庁の「魚介類の名称のガイドライン」では、「サーモン」という用語は定義されていません。英語の「サーモン」を日本語に訳すとサケですが、標準和名の「サケ」と同じと認識する人は少ないでしょう。「キングサーモン」「トラウトサーモン」「アトランティックサーモン」があるので、こちらを「サーモン」と認識したり、生っぽいものを「サーモン」と認識したり、そんなところではないでしょうか。

 つまり、「サーモン」は定義がないため、一般消費者が抱く認識・期待は様ざまである、と考えられます。そうであれば、「サーモントラウト」を「サーモン」と表示することは景品表示法上、「問題となる」とは言えないでしょう。これは、ガイドライン案のQ18 の「鮮魚」や、Q19の「レッドキャビア」に通じるものです。これらは用語の定義が無く、消費者のとらえ方は様ざまであるため「問題となる」とまでは言えないが、「表示の仕方によっては問題になります」という回答になっています。たとえば冷凍した魚を「鮮魚」と表示しただけでは問題にはならないが、「港で採れたて」など特別に強調した場合は問題になる、という解釈です。この考え方と同じで、何か特別のサーモンであると強調した場合に問題になる、と考えられます。

●景品表示法が理解されていない現実がある

 今回の問題を振り返ると、景品表示法はつくづく理解されにくい法律だと思います。JAS法や食品衛生法の場合、表示項目を義務付ける法律であるため、表示基準を細かく定めています。また、それぞれの表示基準に膨大なQ&Aがつきます。しかし、景品表示法は表示を義務付けるものではなく、ミクロの表示を決めるものではありません。とにかく、うそつき表示はダメ、という法律です。ここで、あまりに細々したことを決めてしまうと、新しいタイプの不当表示に適応できず、消費者保護という本来の目的を果たせなくなります。

 しかし、食品表示のミクロのルールに慣れている事業者にとって、マクロ的な景品表示法は理解に苦しむところ。この表現がダメならあっちもダメだろうと類推をしてしまいます。こうして消費者庁にはメニュー表示の問題以降、山のように細かい質問が寄せられました。消費者庁はこれらを集めてわかりやすくと思ってQ&A形式で作成したのですが、かえって裏目にでてしまったようにみえます。

 今回のガイドライン案の中に、景品表示法の本質を示すような以下の記述があります。

「なお、『著しく優良であると示す』表示か否かの判断に当たっては、表示上の特定の文章、図表、写真等から一般消費者が受ける印象・認識ではなく、表示内容全体から一般消費者が受ける印象・認識が基準となる。」

 つまり、ある一定の用語だけで判断するのではない。たとえばトラウトサーモンを使って「サケ弁当」と表示したら即違反ではなく、マクロの視点で表示内容全体から誤認の程度を判断するということです。これが特別なサケであることを強調して、高価なものだと偽ったりすれば、消費者は著しく優良と誤認するでしょう。その程度が問題であり、このときに参考になるのが、過去事例です。表示や広告表現全体を眺めると、「これはあんまりだ」という程度が見えてきます。

 この過去事例を見ないで、一定の用語だけとりだして類推で解釈をしていくと、種名が間違っていたら即違反だと勘誤解してしまいます。そして「サケ茶漬けはニジマス茶漬けか」ということになってしまったのです。(上)で記したように、加工食品のかまぼこや弁当の世界でさえもフレキシブルに対応しているのに、メニュー表示の景品表示法だけが「消費者が著しく誤認するから違反」とは、ならないでしょう。

 消費者庁ももっと景品表示法を事業者に理解してもらうように、説明を尽くすべきだったと思います。「サーモン」のようなミクロに踏み込むのであれば、もっと実態に配慮しないと、誤解されてしまうのはしかたないこと。今後、ガイドラインが修正されて、食品の実態にあった内容になればいい、と思います。

●サーモントラウトのメニュー表示、事業者の自主的な取り組みに期待したい

 サーモントラウトの表示は、どうなるのでしょうか。正式なガイドラインの発表を待たねばなりませんが、森大臣の発言のとおり、「サーモントラウトを使って『サケ弁当』と表示しても、必ずしも景品表示法違反にはあたらない」ことになるでしょう。そしてサケではなく、サーモンという表記であれば、さらに問題にはなりにくいと思います。

 その一方で、事業者の中には「魚介類の名称ガイドライン」にならって、料理名や弁当に「サーモントラウト」と種名をきちんと表示していた事業者がたくさんいます。食材にまつわる表示ルールを学び、正確に表示をしようと努力してきた人たちです。また、種名を書き分けて表示をしてもらうことで、選ぶ目安としてきた消費者もたくさんいます。表示してきた人たちがいるのに、最近では「そもそもサケとマスは生物学的に明確な区分はないのに、種名の表示はかえってわかりにくくなる」といった主張まで聞こえてくるようになると、それも違うように思います。

 そう思っていた矢先に、近所の回転すし店でメニュー表示の「サーモン」の下に「トラウト」のシールが小さく貼ってあるのを見つけました。「お母さん、ここはちゃんと書いてあるよ。よかったね」と娘。これだけ騒ぎになっているのですから、最近はよけいに気になって表示を確認するようになっていたのです。そんな消費者のために、情報開示をしてくれているのでしょう。

 サケかマスか。調べて行くと品種改良や養殖技術の進展、輸入食品の増大、健康志向への対応と私たちの食が大きく変わってきていることに気付きます。種名は、それを知る手がかりです。そこで、事業者がメニューの内容によって、自主的に表示をする動きが広がればいいと思います。
 メニュー表示は、消費者が選ぶときにわかりやすく、自由で楽しいものであってほしい。そこに消費者をだますようなウソツキ表示が無くなることが、今一番求められていることなのです。(森田 満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。