科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

食品表示法の表示基準案 製造所固有記号制度の見直し案まとまらず(下)

森田 満樹

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 第5回加工食品の表示に関する調査会(2014年4月17日)のもう一つの議題は、「食品表示基準における製造所固有記号制度について(案)」でした。テレビ、新聞でも報道され、製造所の表示が原則義務付けの方向になると伝えていますが、この時の議論はまとまっていません。そして迎えた第7回調査会(2014年6月5日)、議論は3時間に及び、紛糾したまま終了しました。

 調査会では、現在の製造所固有記号制度を何とか維持したい事業者団体の意見と、どこで製造されているのか知らせるべきだとする消費者団体の意見が鋭く対立しました。結局、消費者庁案でコンセンサスは得られず、消費者庁案に加えて委員から3つの意見が出され、それを併記した形でこの夏以降のパブリックコメントにかけられることになりそうです。この先、製造所固有記号制度の見直しはどうなるのでしょうか。調査会の議論をお伝えします。

●消費者庁案が出されるまで

 製造所固有記号の見直しは、2013年末に起きたアクリフーズの事件が発端です。自主回収をめぐって、PB商品の中に表示が製造所固有記号だけでアクリフーズ群馬工場の製造品かどうかわからない商品が含まれており、回収の告知が遅れました。その混乱のさなか、2014年1月10日14日に、森雅子消費者担当大臣が、製造所固有記号制度の廃止を含めて見直す、とする見解を示しました。

 第7回調査会では、複数の委員から「今回のPB商品の自主回収の遅れは、PBオーナーによって回収や告知の方法が異なることに起因するもので、製造所固有記号制度の見直しは直接の問題解決にならない、まずはフードテロ対策やリコールの仕組みづくりを検討するべき」といった意見が出されています。これに対して消費者庁は、「あの時の状況を思い出してもらいたい。固有記号だけで製造者が書いていない商品が対象だった。この制度はわかりにくい。誰でもすぐにわかる制度があったらが、あの混乱はもっと小さかったのではないか。製造所固有記号制度の問題と全く関係ないとは言い切れず、我々の提案としたい」と説明しています。

 消費者庁の見直し案は、次のとおりです。

1) 包材の共通化という事業者のメリットを維持する観点から、原則、2以上の製造所において同一商品を製造・販売する場合のみ、固有記号の利用を認める
2) 固有記号を利用する事業者は、消費者からの問い合わせに応答する義務を課す
3) 一定の猶予期間を設けて現在届け出がなされている固有記号制度を全廃して新固有記号制度へと移行し、固有記号に有効期限を設け更新制とし、届け出内容の変更廃止届け出を新たに義務付ける
4) 消費者庁に新固有記号データベースを構築し、消費者からの検索が可能となる一般開放及び事業者からの電子申請手続きについて検討する。

 消費者庁は基本的な考え方について「食品衛生法で製造所所在地、製造者の氏名等の表示は義務付けられており、消費者庁長官に届け出た製造所固有記号(消費者庁ができる前は厚生労働省)の記載で代えることができるのが製造所固有記号制度である。今回の見直し案は、制度本来の趣旨に即したもので、例外的に製造所固有記号による表示を可能とするもの」と説明しています。

 つまり、「製造所の所在地の表示および製造者の氏名を記載する」が原則だけれども、製造所固有記号制度の全廃までは影響が大きいだろうから、例外的に複数工場で製造する場合のみ固有記号表示を可能とする1)案を折衷案として、提案したのです。第5回調査会では、この案について様々な意見が委員から出されたのですが、消費者庁は一歩も譲らず、第7回調査会でも全く同じ案を出してきました。

●消費者庁案1)で大もめ

 製造所固有記号制度の歴史は古く、1960年の食品衛生法の改正時において届出制度がスタートしています。食中毒等の事件が起こったときに、行政庁はその原因となる製造所の所在地及び製造者の氏名をすぐに把握して危害の拡大防止を図ることが必要であり、そのため原則として表示を義務付けるが、行政措置という目的からいえば固有記号でもよい、としたのです。

 それから約半世紀、製造業、流通業を取り巻く環境は複雑になりました。プライベートブランド(PB)商品の流通が一般的になり、食品工場の委託生産が急増し、製造所固有記号は様々な食品に付されるようになりました。しかし、2000年頃から食品の安全性に関する様々な事件が頻発すると、消費者の「どこで作られたのか知りたい」という声が高まって、何回か製造所固有記号制度の見直しは議論されてきました。
 しかし、同制度には
 1. 同一製造者が複数工場で製造している場合に容器包装印刷にかかるコストの削減が可能
 2. 狭い表示スペースで文字数の削減が可能
等のメリットがあり、すっかり定着しています。第7回調査会で日本チェーンストア協会の宮地邦明委員は、「コンビニで販売されているペットボトル飲料はほぼ100%、飴玉は90%が製造所固有記号を使っている」と現状を説明しました。

 こうしたメリットも考慮して、今回出された消費者庁案も制度の全廃ではありません。制度のメリット、特に上記2に勘案して、複数の工場では同一製品を製造する場合にのみ、製造所固有記号制度を認めるというものです。しかし、1工場と2工場の間で「線引き」をするのが、果たして妥当か。これをめぐって委員からは様々な意見が出されました。「最初に1工場だけで製造をスタートして、製造が追いつかないといった理由により他工場で急きょ製造するときにどうするのか」「製造所固有記号の申請時に複数工場であると製造計画書を出せばよいとしているが、手続きだけをうまくして結局は現状と変わらないのではないか」「複数の工場を持っているのは大手が中心で、中小の事業者に負担が集中するのではないか」といった意見が出されています。

 そのうえで、どこで線引きをするのか、第7回調査会では代案も出されました。弁護士の石川直基委員は「製造所固有記号は、事業者の便利のためのもので、消費者に情報が隠されている。全廃することが望ましく、例外規定を設けてそのためにデータベース化するのは無駄な行政コストだと思う。しかし、消費者庁案のような複数工場の場合ではなく、狭い表示スペースの場合に製造所固有記号を残すという考え方はあると思う」と提案しました。また、JA全農・食品品質・表示管理部長の立石幸一委員は「現在、販売業者が製造委託をする場合、中小はいい加減で様々な問題が起きている。製造委託の場合には、製造所固有記号を認めてはならない」と述べます。また、事業者団体からは1)案に反対し、現行制度でひとまず保留として十分に検討するべきだという意見も出されています。60年も使ってきた制度をそう簡単に見直しすることは影響が大きすぎるというのです。

つまり消費者庁の1)案(2以上の製造所において同一商品を製造・販売する場合のみ、固有記号の利用を認める)の代案として
  A案)狭い表示スペースの場合のみ、固有記号の利用を認める
  B案)製造委託をする場合は、固有記号の利用は認めない
  C案)現行制度で保留とする
の3つが提案されることになりました。また、固有記号制度を全廃するという意見も完全になくなったのかどうか、わかりません

 いくら議論を重ねても、知りたい消費者と、書きたくない事業者の対立構造は深まるばかり。製造所固有記号ではなく製造所情報をきちんと表示してほしい消費者からすれば、「なぜ事業者が製造所を書かないのか」がわからないので、具体的な事例や金額を示して説明をしてほしいという意見も出されました。消費者の納得できる説明がなければ、対立構造はなかなか解消されないでしょう。

●消費者庁案2)から4)は概ね合意

 このように消費者庁案1)は意見がまとまらず議論が拡散しましたが、その他の提案、2)問い合わせに対する応答義務、3)現行データベースの欠陥の是正、4)制度変更に伴う事業者の届出については、概ね合意されたようにみえました。

 調査会で、消費者庁は現状の製造所固有記号制度の問題を次のように述べています。

 「私どもの都合ですけれども、現状のデータベース、非常に欠陥があります。言葉が適切ではありませんけれども、80万件以上の記号が現に登録されていて、それが生き番か死に番かもわからないというのがあります。これは、行政上、大変恥ずかしいことではありますけれども、それもあわせて、今回、全部見直していきたいということでございます。」(調査会議事録より)

 製造所固有記号はちゃんと管理されていないのではないかということは、厚生労働省の時代から指摘されていたことではありました。現在の製造所固有記号制度は、変更・廃止届の制度がないので、すでに利用が廃止された固有記号(死に番)も有効なものとして登録されていているのです。まずは番号を整理することが求められ、消費者庁案3)では現在届け出がされている固有記号を全廃して、新固有記号制度へと移行し変更・廃止届出を新たに義務付けるというものです。4)で新データベースを構築して、その後消費者からの検索が可能とするような一般開放を検討するということです。
 データベースが公開されれば、もし何か事件があったときにもすぐに調べることができて安心です。消費者団体も、まずはそこから整備して下さいということで一致しています。

●パブリックコメントがそんな出し方でいいのか

 新しい食品表示法の表示基準で、製造所固有記号はどうなるのでしょうか。第7回調査会の最後に、座長が「消費者庁案の1)案に加えて、委員から出された案をセットにして出してパブリックコメントを求めるということでいいか」と確認しています。これに対して委員からは「この状態でパブコメに出すのは反対、しっかりと議論して結論をまとめるべき」という意見も出されましたが、「パブコメを中間論点整理として意見を出して、もう一度委員会で議論するやり方もある」という意見で概ねまとまりました。

 今後、加工食品の調査会は6月にもう1回予定されていますが他の議題が予定されています。多くの委員が「消費者と事業者がこれだけ対立する中で、次の調査会でこれ以上話し合っても結論は出ないだろう」と述べています。その後は食品表示部会、消費者委員会に検討の場が戻されますが、そこでも製造所固有記号の議論にそんなに時間はかけられないでしょう。夏には表示基準案が出されますが、このままでいけば第7回調査会の委員の複数の意見が消費者庁案と併記され、パブリックコメントにかけられることになりそうです。

 しかし、消費者庁案とともに出されるA案、B案は、今回十分に議論されたわけではありません。たとえばA案の表示スペースで区切る考え方は、表示可能面積をどう考えるのでしょうか。新法では整理されていない部分です。また、B案についても、販売者や委託製造者のモラルが低いことが前提になっている提案なので、そこを議論しないでいいのかもわかりません。座長が判断付きかねるので、とりあえず出た案を併記して出すということであれば、調査会の責任も問われます。

 このように併記された案をパブリックコメントに出されたら、私たちはどう意見すればいいのでしょうか。どの案か、選ばなくてはいけないのでしょうか。そもそもパブリックコメントは、多数決を求めるものではありません。消費者庁案、A、B、C案のどれを選ぶのか。AKBの総選挙ではないのです。国民の意見を問うのであればもう一度精査してほしい、対立構造を埋める議論をしてほしい、そう思います。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。