科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

食品表示法施行から半年 現状と課題(1)一括表示の新ルール移行はいつ?

森田 満樹

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 消費者庁のもとで食品表示法が施行されて、半年が経ちました。しかし店頭の食品を見ても旧基準のままで、新ルールへの移行は一向に進んでいません。事業者にお聞きすると来年度以降の移行を予定しているところが多く、慎重な姿勢がうかがえます。私たち消費者が「新表示に変わった」と気づくのは、当分先のことになりそうです。

 そんな中で、新商品から新表示に順次改版をしているという製パンメーカーの商品を見つけました。一括表示と栄養成分表示は図のように表記されていました。

パン表示

 新ルールの変更点として、原材料と添加物はスラッシュ(/)で区分され、アレルギー表示は一括表示で(一部に卵・乳成分・小麦・大豆を含む)となっています。栄養成分表示はナトリウムから食塩相当量に変更され、その下には「この表示値は、目安です」とあります。

 この表示から垣間見ることができる新表示の課題について、見ていきたいと思います。

● アレルギー表示 原則個別表示には柔軟な運用を

 新基準のもとで事業者が表示を作成する際に参考とするのが、消費者庁が公表している「食品表示基準」「食品表示基準について(平成27年3月30日消食表第139号)」「食品表示基準Q&Aについて(平成27年3月30日消食表第140号)」の3点セットです。この量は膨大で、しかもこれら読み込んでも解釈が不明瞭な点が残り、消費者庁に質問しても回答が得られないケースもあります。これが現在、新ルールへの移行を阻む要因の1つになっています。

 中でもアレルギー表示の変更は特に複雑で、表示方法をめぐって混乱しています。事業者の方からよく意見を求められるのは、一括表示の解釈についてです。上記のパンの表示は、一括表示を採用していますが、実はそこには企業の苦渋の判断があるように見えます。

 アレルギー表示には、原材料ごとに(〇〇を含む)、添加物ごとに(××由来)とそれぞれ書いていく個別表示と、原材料名欄の最後にまとめて(一部に〇〇・△△・××を含む)と表示する一括表示の2つの方式があります。新基準では個別表示を原則とすることになっています。
 その決定は、1年以上前に遡ります。消費者委員会で新基準を検討した際に、消費者庁が患者団体にヒアリングを行い「お弁当のおかずなどの場合、それぞれ何が入っているかわかる個別表示の方が食べられる範囲が広がり、確実に情報を得ることができるので望ましい」という意見が出ました。この声を受けて表示方式は「個別表示を原則とし、例外的に一括表示を可能とする」となりました。
 しかし、その後の消費者委員会の調査会で、すべてのアレルゲンを個別表示にすると文字数が大幅に増えるため、繰り返しアレルゲンが表示される場合は省略してもよいことで基準案が変更されました。この時点で、患者団体が要望した個別表示の優位性はなくなり、消費者庁が説明する「確実に情報が得られる」というメリットもなくなり、個別表示を原則とする理由は見直されるべきでした。しかし、調査会で十分に検討されることもなく、個別表示の原則が残ってしまったのです。

 一方、例外とされた一括表示の方は、繰り返しアレルゲンの省略規定は許されず、漏らさず表示をするように変更されました。どちらが消費者にとって親切でわかりやすいか、商品の特性によって異なりますが、それは消費者窓口を持っている事業者が一番よく知っているはずです。

 しかし、この「例外的な一括表示」をどう判断したらいいのか、多くの事業者が解釈をめぐって頭を悩ませているのです。この解釈は、Q&Aの別添「アレルゲンを含む食品に関する表示」の30pE-6に「Q 原則、個別表示ということですが、一括表示をすることは可能ですか。」とする問いがあり、そこに詳細が示されています。

 ここで「個別表示個別表示により難い場合や個別表示になじまない場合などは、一括表示も可能なこととします」と説明されており、その例示として4点が示され、1点目は「個別表示よりも一括表示の方が文字数を減らせる場合であって表示面積に限りがあり、一括表示でないと表示が困難な場合」となっています。しかし、これらの例示では限定されてしまい、どこまで企業判断とできるのかが明確になっていません。

 前述したパンのような製品は、これまでは足並みをそろえて一括表示がされており、これを個別表示に変更しても利用者の選択の幅が広がるわけではなく、むしろ個別表示を読み取れず事故につながる可能性もあるでしょう。そういう意味でパンは「個別表示になじまない」典型例だと私は思います。しかしQ&Aを厳格に読むと例示には該当しません。この製品では、一括表示にした方が字数は増えるので例示1には当てはまりらず、図の企業は悩んだことでしょう。それでも一括表示を採用しているのは、その方が利用者にとってよいという判断があったからだと思います。

 流通事業者によっても、PB商品に対するアレルギー表示の考え方は異なります。ある事業者は、消費者庁のQAの例示の解釈を尊重して「個別表示を原則とし、一括表示は個別表示よりも文字数が少ない場合とする」と決めています。また、ある事業者は「原則の個別表示を採用し、省略規定は使わないのが望ましいのだが」と頭を悩ませているといいます。

 このように消費者庁のQ&Aの解釈を限定してしまうと、どうしても硬直的な判断になりかねません。消費者庁はこうした現実を踏まえて、個別表示の原則についてQ&Aを追加修正するなど事業者が柔軟に判断をできるようにしてはどうかと思います。食品表示は消費者と事業者の情報伝達手段であり、特にアレルギー表示は確実に伝わることが大事です。消費者にとって、安全でわかりやすい表示に近づくことを願っています。

●製造所固有記号の方針が定まらず、新基準の移行が進まない

 さて、この商品を見ていくと、製造所固有記号については旧基準を用いています。食品表示基準の施行通知には、原則として、1つの食品の表示の中に旧基準と新基準の混在は認めないとされていますが、製造所固有記号だけは別。データベース運用の遅れから2016年4月から施行されることになっており、ここだけは「旧基準に基づき取得済みの製造所固有記号を使用することを認めることとする」とされています。

 来年度からの製造所固有記号の方針は、未だに不明です。運用の開始は決まっているものの、消費者庁は記者会見などでも「まだ、めどが立っていないので具体的なことは申し上げられません」と一貫して答えています。説明会も開催するということでしたが、その時期も明らかになっていません。事業者はなかなか改版に踏み切れず、このことが、新基準移行の遅れにつながっています。

 新固有記号は、1年前の新基準を検討する消費者委員会の調査会の場で「新固有記号データベースを構築し、消費者からの検索が可能となる一般開放及び事業者からの電子申請手続を検討する」とまとめられました。ここで、新記号には旧記号と区別するために「@マーク」を付ける案が出ていました。この案が新ルールでどのような形で活かされるのかどうかはわかりませんが、そうなれば現在使っている製造所固有記号は全て新たに出し直すことが求められます。

 何らかのマークをつける意味は、移行措置期間中の2020年3月までに製造される食品に新ルールと旧ルールの製造所固有記号が混在することになり、消費者が記号を見て新旧を区別できるようにするためでしょう。新記号は消費者庁のウェブサイトで検索可能、旧記号ならば検索不可となります。新記号にマークをつけることで、製造所が情報開示されている目印にもなるわけです。

 それでは新記号がスタートした際に、どのくらいの消費者が消費者庁のウェブサイトにアクセスして、製造所の氏名や住所をたどるでしょうか。私がこの新ルールを消費生活センター等で紹介すると、多くの消費者が「わざわざ家に帰って、パソコンを開いて調べたりしない」「気になる食品は、最初から製造所を記載してある商品を買う」などと言われてしまい、残念ながら評判は今一つです。もっとも製造所固有記号の主たる目的は、何か事故があったときに迅速に製造所で特定するためのものです。消費者に対する情報開示における新旧の区別はそんなに大きな要因ではないのかもしれません

 こうした情報開示システムを構築し、継続するにはかなりのコストがかかり、仕組みが複雑になるほどにコストは増大します。消費者として情報開示されることは、もちろん歓迎されるべきことですが、使い勝手が悪かったり、製品の価格に転嫁されたりするのは考えものです。既に消費者庁のデータベースの構築のために1億円ちかくの税金が使われているのです。

 また、このデータベースは「食品表示基準について(平成27年3月30日消食表第139号)」でも触れられていますが、「新データベースの運用が開始した後、食品表示基準に基づき製造所固有記号の届出をした事業者について、当該届出の手続きを完了するまでの間は、食品表示基準に基づき作成したラベルに、旧基準に基づき取得済みの製造所固有記号を使用することを認める」とあります。運用開始後、製造所固有記号の届出が殺到することを考えると、手続きが完了するまでは時間がかかるのかもしれません。

 詳細はガイドラインが発表されるまではわかりませんが、製造所固有記号を使い続けるためには事業者に相当程度の負担がかかることになると予想されます。仕組みが複雑になるほど新基準全体の移行が遅れることが懸念されます。

 実は1年前に消費者委員会で製造所固有記号を議論された際には、全廃か存続かに議論が集中してしまい、新記号の在り方についてはほとんど話し合われていませんでした。消費者側の委員から情報開示を求める意見が出たわけではなく、いつの間にか決まった印象があります。
 今回も詳細について、事業者や消費者の意見を聞く場はないまま決められていくのでしょうか。消費者庁には今年の4月施行前の時のように、施行直前でQ&Aを公表して混乱をきたすことがないよう、消費者、事業者双方にきちんと説明して、進めてもらいたいと思います。

●消費者、事業者双方に分かりやすい表示を目指して

 食品表示法は、3つの法律を1つにして、「消費者、事業者双方にとってわかりやすい表示」を目指してつくられたはずです。しかし、新基準は複雑で、解釈は曖昧な部分と硬直的な部分が混ざり合っています。新基準の移行は早い方が望ましいのはもちろんですが、すべてを理解して1つの食品表示の中に変更点を落とし込むのは相当大変なことは理解できます。拙速に進めると自主回収などにもつながり、食品ロスなど新たな問題を生むことになりかねません。

 そのうえで事業者の皆さんには様々な工夫で乗り切っていただいて、消費者にわかりやすい新表示を作成してくださるようお願いしたいと思います。勝手なことを言うな、と怒られそうですが、関係者の方々の中にはそう考えている方もたくさんおられ、あちこちで任意の勉強会が開催されています。情報の共有化が少しずつ進み、その成果が出てくることを期待したいと思います。

 本稿ではアレルギー表示と製造所固有記号を取り上げて現状と課題についてみていきましたが、続けて2)栄養表示、3)機能性表示食品の課題についてもお届けしていきます。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。