科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

食品表示法施行後1年 新表示への移行が進まない理由(前)

森田 満樹

キーワード:

 食品表示法が2015年4月に施行されて、1年がたちました。しかし、店頭には旧表示の食品ばかり。新製品でも旧表示のものもあり、新表示への移行はほとんど進んでいません。進まない理由は、移行措置期間が施行後5年間(加工食品と添加物の場合)と長いこともあるのですが、それだけではないようです。

 事業者の方は「新基準をどう読めばいいのか、わからない」と言います。新しい食品表示基準は3つの法律の60ちかい基準を1つにしたものですが、その量は膨大で、内容は難解です。消費者庁のウェブサイトには基準についての説明Q&Aも出ていますが、解釈について、はっきりとしないグレーゾーンも一部に残っています。一般消費者にとっても、まるで理解できない内容となっています。

 おまけに、新しい製造所固有記号制度が1年遅れの2016年4月からの施行となりました。旧記号は2020年3月31日までしか使えず、使い続ける場合は消費者庁の新製造所固有記号データベースに届出をする必要があります。この新データベースのしくみも、わかりにくく、さらに新表示への移行を阻む大きな要因になっているようです。

 この1年間、消費者庁や地方自治体には様々な質問が寄せられていると聞いています。私も、消費者、事業者、地方自治体の担当者などさまざまな立場のかたと、新法について話し合いました。その中で、特にわかりにくいと思われる点について、前半は一括表示や栄養成分表示について、後半は製造所固有記号についてまとめます。

1)製造者か加工者か、その線引きがわかりにくい
 新基準では、製造と加工の線引きが旧JAS法の考え方に統一されました。これに伴い、これまで「製造者」と表示していたものを、「加工者」と変更しなければならないケースが出てきています。新基準では「加工は新しい属性を付加する行為」「製造は本質的な変更を伴う行為」と定義され、消費者庁Q&Aの(総則Q-15)に具体的な「加工」の考え方が示されて整理されました。これに伴う変更です。

 たとえば、バルク入りの「えび焼売」と「かに焼売」を購入して、小分けして詰め合せた場合。Q-15の「加工」の表で「容器包装の変更・小分け」「形態の変更・混合」にあたり、詰め合わせを行った事業者が「加工者」となります。製造か加工かは、できあがった製品の品目で決まるのではなく、最終的に衛生状態を変更させる一連の行為に製造行為が含まれるかどうかで判断されます。この判断が行政担当者によって異なることもあり、わかりにくくなっています。

 また、塩蔵わかめの場合は、収穫したわかめを塩漬けする行為は「製造」ですが、単なる加塩はQ-15の表では、「加工」に分類されています。このため、塩漬けされたわかめを仕入れて、加塩して塩分を調整した行為は「加工」となり、「製造者」ではなく「加工者」と表示します。これまで「製造者」と表示をしてきたこともあるので、事業者は判断に迷うところだと思います。

 消費者にとっては、表示責任者がわかれば製造者でも加工者でも、どちらでもいいことのように思います。しかし、事業者にとっては正確な表示のために、Q&Aなどを読み込んで解釈することが求められます。また、新基準では製造所固有記号が限定された条件でしか使えなくなり、販売者の表示とともに「製造者」「加工者」の表示が加わった事例も増えています(下記例)。旧表示から格段と情報が増えましたが、文字数も増えて読みづらくなったものもあります。ことほどさように、新基準は複雑なのです。表示サンプル1

 

2)アレルギー表示の一括表示は事業者判断でよいか
 新基準のアレルギー表示は個別表示が原則となりました。一方、例外とする一括表示の方が消費者にとってはなじみやすいものももあり、一括表示を採用する際の判断基準についてどう考えるのか、これまで紆余曲折がありました。(その経緯は「食品表示・考 アレルギー表示、消費者庁と政府広報オンライで説明異なり、大混乱」をご参照ください)。

 施行後しばらくは、消費者庁の担当者によって見解が異なる場面もありましたが、今年に入って説明会などで「個別表示により難い場合や個別表示がなじまない場合かどうか、Q&Aの事例を参考にしながら、事業者による判断でかまいません」と明言しています。

 現在、新表示に移行している商品がわずかに市場にありますが、パンや菓子では事業者が判断して一括表示で(一部に乳・卵・小麦・大豆を含む)と原材料名欄に表示されているのを見かけます。これは、事業者が消費者が一目で全てわかるというメリットがあると考えてのことでしょう。食品の特性によって事業者が柔軟に判断できる方が、消費者にとって望ましいのは言うまでもありません。

3)栄養成分表示の混乱続く
 新法の最大の変更ポイントである栄養成分表示。その解釈をめぐって、事業者の間で混乱があるようです。まず、義務化の対象は一般用の加工食品と添加物だけで、生鮮食品には義務付けられていません。生鮮食品の場合、栄養成分表示は任意ですが、もし、表示するのであれば新基準にしたがう必要があります。その場合は移行期間が短く、今年の9月までにナトリウムの表記を食塩相当量に変えた新表示に変えます。これが誤解されて伝わっているようです。

 2つ目、栄養成分の分析を一度しておけば、「推定値」の表示が不要といった誤解があるようです。いくら分析値が得られても、原材料のばらつきがあり表示値の±20%を超えてしまえば「推定値」などの併記が必要です。最近、見かけるソーセージの商品には、「サンプル品分析による推定値」という表示もあります。これは分析値が得られても、製品によって±20%以内におさまらないことを意味します。

 3つ目、栄養成分表示をする際に、シロップ漬けや塩蔵品等の場合が悩ましいのです。施行通知では「当該食品の販売される状態における可食部分の100gまたは1食分の栄養成分量」となっています。でも、塩蔵わかめのような食品では、塩がついたまま食べるわけはなく、消費者が知りたいのは塩抜き後の栄養成分表示です。実際に日本食品標準成分表(7訂)では塩抜きの表示しかありません。
 しかし、施行通知では「調理により栄養成分の量が変化するもの(塩抜きする塩蔵品)は、販売時の栄養成分の量に加えて標準的な調理方法と調理後の栄養成分の量を併記することが望ましい。」とされています。この「望ましい」の意味を確認したところ、文字通り塩抜き後の表示をしたければ併記が望ましく、塩抜き後の表示だけでもよいという意味ではないということでした。消費者のニーズにこたえるためには、2つの栄養成分表示が必要ということになります(下記事例)。表示サンプル2

 4つ目、最大の誤解は、栄養表示の例外規定の中小事業者にかんするものでしょう。表示基準では「消費税法第9条第1項に規おいて消費税を納める義務が免除される事業者が販売するもの」とあり、ここでの事業者は、「課税期間に係る基準期間における課税売上高が 1000 万円以下の事業者(当分の間は、課税売上高が 1000 万円以下の事業者又は中小企業基本 法第二条第五項に規定する小規模企業者(おおむね常時使用する従業員の数が 20 人(商業又は サービス業に属する事業を主たる事業として営む者については、5人)以下の事業者))」と示されています。
 従業員が20人以下の事業者が表示を免除されるということですが、それは上記の「販売するもの」にかかります。つまり、和菓子屋さんが従業員20人以下でも、それを販売するお店が従業員20人を超えていたら表示を省略できません。ある地方自治体の行政栄養士は、「小さなお店でも、近くのスーパーなどに卸して販売しているケースが多いので、栄養成分表示はほとんど例外なく必要となると指導している」と言います。消費者庁に確認したところ、「栄養成分表示の義務化は、できるだけたくさんの事業者に求めるべきであるという考え方が基本であり、免除規定は販売者にかかる」という説明でした。

 5つ目、栄養成分表示だけが新表示ではダメで、一括表示欄もあわせて新表示に変更しなくてはならない、ということが周知されていないという点です。施行通知「食品表示基準について」の35Pに「1つの食品表示の中で、新旧ルールの混在は認めない」という原則が示されています。しかし最近、地方の名産品のお菓子で、栄養成分表示は新表示で「推定値」も併記してあるのに、一括表示欄は原材料と食品添加物の区分が無い等、旧表示のままのものをいくつか見かけました。行政栄養士に聞くと「栄養表示が義務化されるという情報だけがひとり歩きしている場合がある」ということでした。

【新基準を理解したうえで、新表示への移行を】
 以上、これだけ見ても新基準はわかりにくく、事業者がなかなか新表示に移行できない理由が見えてくると思います。事業者団体では、消費者庁に問い合わせて明らかになった結果を共有しようと、さらなるQ&Aを作成して公開するところも出てきました。また、監視指導を担う地方自治体でも、事業者に対して周知を図ろうとわかりやすい教材を作成し、説明会を開催しています。この1年間は、関係者が消費者庁では足りない情報を補ってきた準備期間だったともいえるでしょう。

東京都「食品の表示制度」
群馬県「わかる!役立つ!食品表示」
名古屋市「食品表示基準説明会を開催しました」
日本生活協同組合連合会安全政策推進部「食品表示基準に関わる疑義紹介の公開について」
日本冷凍食品協会「食品表示法に基づく冷凍食品の表示Q&A(2015年度版)」

 思い返せば、消費者庁は施行前日の2015年3月31日にリーフレットを発行し、事業者に向けて「1日も早く消費者に新しい表示が届くよう、速やかな表示の切替えに努めてください」と呼びかけていました。しかし、切替えのためには、この複雑な表示基準を理解できるよう十分な周知が必要です。

 消費者庁には、事業者が判断に迷うような事例がたくさん寄せられているはずです。新基準のわかりにくい点についてさらにQ&Aなどを補い、問い合わせは担当者によって回答が異なることがないように十分にフォローするべきでしょう。そうでなければ、新基準への移行は進みません。

 そして、事業者には新基準の内容を理解したうえで、新表示に切り替えた商品を消費者に届けて頂きたいと思います。あわてて新表示に移行して、間違っていたからと自主回収となれば食品ロスにもつながります。そんなケースが増えれば、食品表示に対する信頼も損なわれます。

 私は消費生活センターなどで新表示のお話する機会があるのですが、消費者から「1日も早く切り替えてほしい」という声は、実はほとんど聞きません。移行期間が5年間とは、いかにも長いと思っていたのですが、これだけ複雑な表示制度になってしまったのだから、事業者も消費者も理解するには時間がかかる。新基準の理解とともに徐々に変わっていけばいいのではないかと、今ではそう思っています。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。