科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

食品安全文化とは? 欧米豪で導入されコーデックスでも採択

森田 満樹

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最近、世界の食品安全分野で「Food Safety Culture」ということばをよく聞くようになりました。そのまま訳すと「食品安全文化」でしょうか。文化というと、日本では食文化のような感覚で捉えられますが、どちらかというと「食品事業に関わる人たちのモラルづくり」といったイメージです。

食品安全文化は、欧米、豪州・ニュージーランドの国々で提唱され、2018年に東京で開催されたGFSI(Global Food Safety Initiative)の世界食品安全会議でも話題となりました。そして今秋に開催されたコーデックス委員会(食品の安全性と品質に関して国際的な基準を定める政府間機関)の第43回総会でも、食品安全文化が入った文書が採択されました。

●コーデックスの食品安全文化とは?

コーデックス委員会の2020年の総会(第43回CAC)は、今年の9月24日〜11月6日のうちの7日間で開催されました。新型コロナウイルスの影響を受けて当初の予定が延期され、バーチャルのウェブ会合での開催でした。会合の様子は、動画で配信されて現在も公開されています。日本も厚生労働省、農林水産省の会議室から参加して発言をする場面もみられました。

今回の総会は今後の会議の進め方などたくさんの議題がありましたが、定例どおり、各部会から文書案が諮られました。この中で食品衛生部会(CCFH)からは、2つの文書案「食品事業者向け食品アレルゲン管理に関する実施規範案」「食品衛生の一般原則及び HACCP に関する付属文書の改訂原案」が諮られました

後者の「食品衛生の一般原則及びHACCPに関する付属文書の改訂原案」は、イントロダクションと共通部分の後に第1章GHP(一般衛生管理)、第2章HACCPシステム及びその適用のためのガイドラインで構成されています。

この文書案は2016年より検討が進み、2019年11月の食品衛生部会で、共通部分の「食品安全へのマネジメントコミットメント」に「食品安全文化」が盛り込まれました。以下に紹介します。

原文はこちら、64~65頁

食品安全へのマネジメントコミットメント
17  食品衛生システムがうまく機能するための基本は、安全で適切な食品を提供する上での人間の行動の重要性を認める前向きな食品安全文化の確立と維持である。前向きな食品安全文化を育む上で、以下の要件が重要である。
・安全な食品の生産と取扱いに対する管理者とすべての従業員によるコミットメント
・正しい方向を設定しすべての従業員を食品安全慣行に関与させるリーダーシップ
・食品事業におけるすべての従業員による食品衛生の重要性の認識
・食品事業のすべての従業員間の明確でオープンなコミュニケーション(逸脱と期待事項のコミュニケーションも含む)
・食品衛生システムの効果的な取り扱いを保証する十分なリソース
18 管理者は、以下の食品衛生システムの有効性を確保する必要がある。
•食品事業において、役割、責任、権限が明確に意思疎通されることを保証すること
•変更が計画および実施されたときに、食品衛生システムの整合性を維持すること
•管理が実行され機能していること、および文書が最新であることを確認すること
•従業員に対して適切なトレーニングや監督が正しく実施されていることを確認すること。
•関連する規制要件を守ることを保証すること
•科学の発展、技術、ベストプラクティクスの進展を考慮に入れて、必要に応じて継続的な改善を促すこと

以上のとおり、食品事業に関わる全ての人の役割をまとめています。今回の総会はこの原案のまま、修正なくすんなりと採択されました。これから世界の主流の考え方になっていくでしょう。

●オーストラリア・ニュージーランド食品基準局の「食品安全文化」

ところで、私が食品安全文化について初めて見たのは2017年、オーストラリア・ニュージーランド食品基準局のサイトだったと記憶しています。既にオーストラリアでは、行政査察の際のチェック項目として導入されています。こちらの内容もわかりやすいので、紹介します。

食品安全文化
食品事業における食品安全文化とは、だれもが(オーナー、管理者、従業員)が日常業務を考え、行動して、自分たちが作り提供する食品が安全であることを確認する方法です。良質の製品が安全に食べられなければならないことを確認し、毎回安全な食品を生産することに誇りをもっていることです。食品の安全性は最優先事項です。
強力な食品安全文化は、安全な食品を作ることの重要性を理解し、毎回必要なことをすることを約束する人々から生まれます。それはトップから始まりますが、ビジネス全体のサポートが必要です。
・なぜ、重要か?
優れた食品安全文化は、消費者を食中毒から守り、あなたのブランドの評判を守り、事業を経済的損失から守ります。
・トップファクト
オーストラリアでは毎年約 410 万人の食中毒が発生しており、30,800 人の入院と76 人の死亡を引き起こしています。
毎年約80の食品リコールがあり、ほとんどのリコールは病気の原因となる微生物、またはアレルゲンの表示欠落によるものです。
安全でない食品は、食品を取り扱う人達の不衛生な慣行とミスが関係している可能性があり、それはトレーニングや検査、監査を実施しても起こる可能性があります。食品業界は、プロセスだけでなく人々にも焦点を当てる必要があります。食品取扱者の優れた慣行に関する知識と彼らの行動によって、食品が安全かどうか決まります。

この後、具体的な取り組みをどう進めるか、チェックリストなどの詳細や業種別の事例が出てきます。

●欧米でも導入 業界団体の取組も活発に

ここ数年、欧米やGFSIでも食品安全文化は導入されてきましたが、定義や概念はそれぞれ異なります。EUはコーデックスとほぼ同じ内容で、2020年7月に欧州委員会の食品衛生に関する規則の追加提案を行っています。

米国FDAは、2020年7月に公表された「よりスマートな食品安全新時代(New Era of Smarter Food Safety)」で示した「新時代の青写真(New Era Blueprint)」で、新型コロナ対応も含めて時代の変化に対応した技術やツールなどを用いて、食品安全を向上させようと呼びかけています。この青写真には4つのコアエレメントがあり、4つ目に食品安全文化が出てきます。

ここでは、コーデックスやEUよりも範囲が広く、生産から食卓まで概念を拡げ、消費者も対象にしているところが特徴です。「よりスマートな食品安全消費者教育キャンペーンを開発し促進する」として消費者も巻き込んで普及をしていこうということです。

また、国際的な業界団体の取組として、小売業、食品製造業、食品卸売業、外食産業など、フードチェーンの関係者が集まり、食品安全について取り組む世界的ネットワークのGFSI(Global Food Safety Initiative)も、2018年に食品安全文化についてまとめています。

EUでは2020年7月に食品安全文化を規制に含める法案が発表された際に、業界の反発もあったと報道されています。たとえば飲料業界団体(Food Drink Europe)は、「食品安全文化に関する規定は曖昧すぎて合理的な方法で行えない」と述べており、EU食肉加工産業連絡センターも「これらは人の行動に関係する問題であり、HACCPなどの技術的要件ではない」などと反対する動きもあったそうです。

●日本では既に取り組みが行われている?

それでは日本はどうでしょうか。来年6月にHACCP制度化が完全義務化となりますが、この中に食品安全文化の概念は出てきません。欧米やコーデックスでも導入が進んでいるので、もしかしたらこれから検討されるのかもしれませんが、何となく日本にはなじまないような気もします。

日本は2000年代に食品安全の信頼を損なう様々な問題が起こり、2003年に食品安全基本法が成立、食品衛生法も改正され、この中に「食品事業者の責務」が盛り込まれました。この内容は、既に食品安全文化の概念を取り入れているように見えます。

また、2007年に食品事業者の不祥事が続いたことを受けて、2008年に農水省は「食品事業者の5つの基本原則」として、
基本原則1 消費者基点の明確化
基本原則2 コンプライアンス意識の確立
基本原則3 適切な衛生管理・品質管理の基本
基本原則4 適切な衛生管理・品質管理のための体制整備
基本原則5 情報の収集・伝達・開示等の取組
を公表しました。こちらは日本版の食品安全文化のような概念だと思います。消費者視点もきちんと盛り込まれています。同省のフード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)の活動も、既に2千を超える企業・団体が参加して、食の安全・信頼に関する情報や意見交換を重ねています。

日本の食品事業者の多くで国際規格の導入も進みつつあり、さらに食品安全文化を醸成する目的で設立された団体もあり、自主的な活動が進められています。

そういえば、消費者向けの食品工場見学に行くと、食品安全文化など口にしなくても、食品安全に熱心に取り組む企業風土を紹介され、現場で働く方々の熱意を感じることがよくあります。

とはいえ、新しい概念ゆえにそれぞれとらえ方が微妙に異なったまま、形だけの食品安全文化もでてくることも考えられます。今回のコーデックス採択を機に、日本も食品安全文化について改めて確認する場があってもよいのかもしれません。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。