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AERAの「放射能がくる」はひどすぎる

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2011年3月25日

 原発関連の様々なデマが、媒体を選ばず飛び交っている。この10日間、テレビ、新聞、紙媒体を中心にメディアウォッチングをしているが、中でも、週刊AERAの最新号(2011.3.18号)「放射能がくる」は、ひどい。表紙の、このキャプションもさることながら、防護マスクに防護服を着用した男性のアップ写真は大迫力。目次には「原発が爆発した」「最悪なら『チェルノブイリ』」、「放射能疎開が始まった」と読者の不安感をしっかり煽るタイトルが並ぶ。いつもは週刊誌を購読しない層にも大いにアピールするらしく、近所の本屋、コンビニでは店頭に並んだ翌日には売り切れてしまった。幸いにも(?)入手できたので、その中身を紹介したい。

 巻頭「東京に放射能がくる」では、東大のある研究室が「換気扇を止めてエアコンを停止し、窓を開けないように」と他の研究室にメールを出したことを紹介している。『都内では通常の約20倍の放射線量を観測した場所もあり、その影響に日本の「権威」も脅えている』という。うーん、のっけから怖い。ちなみにここでは、約20倍の放射線量がどのような意味を持つのかという数字の説明はない。

 続いてAERAは、長崎大学教授とのエピソードを書く。東京電力の担当者が「臨界が福島原発で起きている可能性もゼロではない」と認め、そのことを教授に電話で知らせた時、教授が「なにー」と声を上げたことを描写するのだ。

 教授にとって、「最悪の事態」は、炉心溶融が起きて格納容器が爆発し、炉内の放射性物質が大量に飛び散る場合である。「炉心溶融が起きたとしても、さすがに臨界だけは起きない」とみている。だが、AERAは教授の意見を紹介しつつも、混乱の極みにある東電の会見を基に「しかし、その臨界の可能性までも現実のものとなった」と書く。えっ、どっちなの? 読者を混乱させる。

 その後は、原子炉事故のシミュレーション事例を基に「急性死者540人想定」と書き、浜岡原発2号機が炉心溶融を起こした想定の話、チェルノブイリの事故の話と、読者の不安を煽る記述が続く。チェルノブイリの被害の詳細を紹介することで、目次タイトルのとおり「最悪はチェルノブイリ」を読者に想起させる内容になっている。

 この記事だけを読んでいると「チェルノブイリと福島原発は炉の状況も構造も全く違うので、最悪の事態でもチェルノブイリと同じような状態にはなりません」とは、思えなくなってきてしまう。一応、原子力安全委員会の元委員長の言葉として「チェルノブイリは運転中に起きた事故だったから、燃料からなにからすべてを吹き飛ばした。それと比べれば、いまの福島は最悪の事態でもなんでもない」という意見を紹介しているが、「責任放棄」と切り捨てている。

 続く特集も同じ調子で、住民の怒りを紹介し、東京電力のバカヤローと揶揄し、情報を隠ぺいする国を攻め立て、AERA節全開である。そして最後には「東京から避難する必要があるのか」として、「避難の判断については不確定な情報に惑わされず、国の指示に従うべきという専門家も多い」としながら、ある学者のことばを借りて「現在の東京の数値を聞くと家族を住まわせておきたいとは思えないレベル」とまとめているのである。さらに「放射能疎開が始まった」として外国人が国外退避や国内でも西の地域に移動していることも見開きで紹介している。煽った不安の解決策は、疎開の勧めですか。さすがに、お金持ちの朝日新聞関係者の“上から目線”の発想だ。

 これらの記事が書かれたのは、おそらく14,15日でかなり切迫している状況であっただろう。その点は差し引くにしても、せめて取材がどの時点だったかという時系列をしっかりと刻んで伝えるべきではなかったか。AERAの記事は、いつの時点だったかということはほとんど触れていない。いつ言ったかわからない学者の発言を繋げて、最悪の場合の話、想定の話を付け加えれば、読者を不安に陥れるには十分である。

 刻々と変わる状況を適切に把握している読者であれば、紙媒体の時間差を含んで理解することもできる。しかし、多くの場合、紙媒体の記事はそのまま読者の記憶に刻みつけられるのである。センセーショナルであるほど、それだけ深く。

 メディアからの情報がこんなものばかりだと消費者は救われない。しかし、今回の震災では、多くの科学者がインターネット上で、普通の人にもわかりやすく現状を説明しようと様々な試みをしている。信用できるサイトは、いつの時点の情報であるのか明記しており、それが変わる可能性があることも示唆している。しかも、事実と可能性をきちんと分けて、判断材料として示してくれる。出典も明確である。間違いがあれば、見える形で訂正もする。

 私は、こうしたサイトから学んで、身近な地域のモニタリング値を確認することも覚えた。原発の状況は、決して楽観視はできないし、安心するのはまだ早い。でも、一昔前の消費者のように「危ない」情報に踊らされる消費者ばかりではない。いろいろな情報を取捨選択して、「正しく怖がる」ことを、私たちは学びつつある。今回の震災では、テレビや週刊誌よりももっとリアルタイムに正確な情報を入手することができるインターネットの役割を痛感した人が多かったのではないだろうか。

 私ごとだが明後日は小学校の娘の卒業式である。娘の友達の何人かが、先週から本当に関西に疎開しており、「新幹線が動いているうちに森田さんも」と疎開を勧められた。みんな一緒に卒業式に出られるかな、子供たちの気持ちも揺れている。

 必要以上に不安を煽る報道の被害者が、こんな身近なところにいる。

(2011年3月22日執筆、森田満樹)

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