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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

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8月24日食品表示部会・生食用牛肉に「リスクあり」表示を義務付け

森田 満樹

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 消費者委員会食品表示部会(第13回) が2011年8月24日に開催され、生食用牛肉の表示事項について審議が行われた。
 最終案では、食肉一般の表示事項(名称、消費期限又は賞味期限、製造所又は加工所の所在地・氏名、保存方法、鳥獣の種類)に加えて、追加案として(生食用である旨、とちく場名+その都道府県名、食肉処理場名+その都道府県名、リスクに関する表示)があげられている。

 注目は、リスクに関する表示だ。日本の食品表示で、これまでリスクについての義務付けられたものはない。
 2011年4月に発生した腸管出血性大腸菌による集団食中毒の発生を受けて、10月1日から施行される生食用牛肉の規格基準が設定された。消費者庁はこの表示の部分を担っている。
 7月から、消費者委員会食品表示部会では「一般的に食肉の生食は食中毒に対するリスクがある旨」等を表示基準の中に盛り込むこと、あわせて飲食店などの外食事業者も含めて義務付けることを審議してきた。8月24日の食品表示部会においては、生食用牛肉に係る表示基準について最終審議が行われた。

リスクがあるという表現は適切か
 最終案に示されたリスクに関する表示について、委員の鬼武一夫・日本生活協同組合連合会組織推進本部安全政策推進室長は「まず、リスクということばが普通の人にはわかりにくい。リスクの定義については、コーデックス委員会ではある有害影響の確率、食品安全委員会の用語集では、健康への悪影響が発生する確率と影響の程度と定義されている。100万分の1のリスクがあるといったような使い方をする。一方、話し言葉でリスクがある、リスクがないということばが使われるが、これは確率ではなく、捉え方が曖昧。今回、警告表示としてリスクがあるという言葉を使うのであれば、きちんとした定義が必要である」と述べた。鬼武委員は、これまでの部会でもこの点について繰り返し述べてきている。
 
 これに対して消費者庁は「牛肉の生食で確実に食中毒があるというわけではなく、可能性があるということを伝えるためにリスクということばを選んでいて、伝えたいところはこれで伝えられていると思う。厳密な論理を展開するのではなく、どう感じてくれるのかという点では、リスクということばはむしろ適当ではないかと思う」と答えた。
 鬼武委員は「今、言ったように、どちらともとれるということでリスクということばを使うのであれば、書くことそのものに慎重であるべきだ。将来的に食品表示の中にリスクという言葉を使っていくことを考えるのであれば、十分検討する必要がある」述べ、部会長の田島 眞・実践女子大学生活科学部教授は「食品安全委員会に言ったらどうか、私の方からも要望したい」ととりなした。

●「消費期限又は賞味期限」は、「消費期限」に一本化すべき 
 続いて、宗林さおり・独立行政法人国民生活活センター商品テスト部部長は、「現在の表示事項が消費期限と賞味期限のどちらでもよいということになっているが、生食なのだから消費期限になると思う。賞味期限は必要ない。厚生労働省が定めた保存条件が冷蔵4度、冷凍-15度の2つがあり、これにそれぞれ消費期限、賞味期限が連動すると捉えているのかもしれないが、冷蔵の場合には賞味期限と表示できるのはおかしい。ここをしっかりおさえないと大きな間違いになる」と述べた。
 また、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会委員も兼務している阿南 久・全国消費団体連合会事務局長も「厚生労働省の規格基準の検討でも、生食用はすみやかに提供して、すみやかに食べるという点が盛り込まれた。当然、消費期限だろう」と賛成した。

 消費者庁は「冷蔵でも熟成期間を取りながら1~3週間保存する流通実態もある。その現状から、どちらでも選択できるほうがいい」と回答したが、宗林委員は「期限表示について、これまで消費期限は概ね5日間ということがあったが、品質の劣化の程度で賞味期限か消費期限化が分けられるべきということになり、日数については取り払われた。長くても消費期限で対応できるはずである」と述べた。
 これに対して、消費者庁は「原案のままのほうが、混乱は少ない。変更することは考えていない」と回答したが、多くの委員が不満を表明。
 結局、消費者庁は「ご指摘は理解するが施行規則の案文はそのままで、業界での指導を徹底しQ&Aで対応する」と回答した。

●消費者庁の判断は間違っていない?
 消費者庁の判断はおかしいのだろうか。販売実態がわからないと、何とも言えないと思い、食肉関係の専門家に取材をしたところ、牛肉生食の賞味期限表示は実際にあり得るという。
 たとえば冷凍牛肉の場合、安全性の観点からだけいえば2年を超えても食べられる。ただし、実際には酸化してしまうため、おいしく食べられる賞味期限は1年以内だそうだ。
 事業者がそれぞれ品質を判断して、賞味期限を付けて流通させる冷凍牛肉は、その流通過程も様々だ。卸業者が買い取って解凍し、チルドの状態で流通させたり、食肉販売店で解凍を行ったりして、店頭で販売されたりする。このフローズンチルドの状態では、流通過程で、賞味期限と消費期限の両方が使われている。

 また、やっかいなことに生食用の冷凍品は、通販でも取り扱われる。この場合は、解凍はそれぞれの家庭で行うことになるので、消費期限はつけられない。
 一方、生牛肉となると、血のしたたるような肉を思い浮かべがちだが、今後は牛たたきのような半生のものも規格基準に入る可能性がある。この場合は、その特性から賞味期限が用いられるケースも考えられる。
 いろいろな実態を調べてみると、製品の特性に応じて、賞味期限か消費期限かは事業者が決める余地は残したほうがいいのではないか―そう思えてきた。消費者庁の判断も間違っていないような気もしてくる。ただし、ちゃんと説明してもらわないと、納得はできないが…。
(以上、有料会員向けFOOCOMメールマガジン8月25日付け第16号に掲載した記事を一部変更して掲載)

  なお、消費者庁は9月13日、「生食用食肉の表示基準の施行について」とする通知を行い、事業者に対して通知を行った。
  この中で、リスクに関する表示については、①一般的に食肉の生食は食中毒のリスクがある旨、②子供、高齢者その他食中毒に対する抵抗力の弱い者は食肉の生食を控えるべき旨の2点について、飲食店の場合でも、容器包装の場合でも、見やすい箇所(店頭掲示、メニュー等)に表示する必要があるとしている。
 日本における、食品のリスク表示の始まりである。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。