科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

特集

「食べても大丈夫」を理解する〜東日本大震災特集2

森田 満樹

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 ただちに健康に影響を与えるものではないー。枝野幸男・官房長官が野菜や原乳などの放射性物質が暫定規制値を超えたことを発表した時に、繰り返した言葉だ。「ということは、安全なんだ」と思った人と、「ということは、今は大丈夫だけど、将来は影響が出てくるってこと?」と受け止めた人の両方がいたという。何とも分かりにくい言い回しに振り回されることなく、放射能汚染の健康影響を理解したい。

なぜ健康影響はないと言えるのか?―第2回メディア情報交換会を聞いて

 先週4月7日に、(財)食の安全安心財団と、食の信頼向上をめざす会主催の「第2回 メディアとの情報交換会 原発事故による放射能汚染と食品健康影響評価について」が都内で開催された。会では食品安全委員会と厚生労働省の担当者による説明が行われ、唐木英明東京大学名誉教授が質疑応答に答えた。

 暫定基準値として国が決めた数値と、実際に健康に影響が出るレベルには、桁違いに大きな差がある。その差は、一体どのくらいなのか、どのくらい安全側に立っているのか、様々な指標値や基準値が示されている中での数値の意味をどのように捉えたらいいのか、情報交換会では質疑応答の時間が多く設けられ、記者たちの質問もそこに集中した。

 唐木教授は「100 mSv以上の放射線を浴びた時に、放射線の量と、がんのリスクの相関がみられるというデータがある。100 mSv以下のわずかな放射線量になると、もともとわれわれがもつがんのリスクか、放射線のリスクかどうかわからなくなる。」「低線量ではむしろ健康に良い影響を与えるデータもある」という。日本の基準は5mSvオーダーの低用量のレベルでの議論であり、暫定基準値は安全を見込んで作られているため、心配することはないと強調した。

 この数値について、どのように考えたらいいのだろうか。ここで理解の助けになるのが、線量の数値と身体影響のスケールを示したお馴染みの逆三角形の図である。われわれは年間2.4mSvの放射線を浴びており、イラン、ブラジル、インドなどで年間10mSv以上を浴びている地域もあるが、その値でがんが増加しているというデータはない。また放射線作業従事者やパイロットの健康影響も調べられているが、一般の人よりも高い数十mSvでもがんは増加していない。100mSv以下の低線量において、もし放射線の影響でがんになる確率が僅かに増加したとしても、誰でも一生の間に2人に1人はがんになることから他の要因があまりに大きいため、放射線のリスクかどうかわからなくなってしまうということだ。

 これに対して記者からは「ICRPが100 mSv以上以下でがんのリスクがわからなくなるとしているが、その一方で放射線はできるだけとらないほうがいいという。、1 mSvという勧告もあった。100mSv以下で本当に健康に影響はないのか」といった質問が寄せられた。放射性物質は海外でも様々な基準値があって、それに照らし合わせて日本の基準は甘すぎるのではないか、質問が集中したのだ。

 放射性物質の基準値のわかりにくさは、これが遺伝毒性発がん物質だからであろう。遺伝毒性発がん物質には、閾値がないとされている。閾値とは、ある物質を生体に与えて体内の反応を調べるとき、その量がある値以上に強くなければその反応は起こらない限界値のことをいう。通常の物質には閾値があり、そこから様々な化学物質において無毒性量が設定でき、基準値をつくることができる。しかし、遺伝毒性発がん物質には閾値がなく、1分子であっても細胞中のDNAを傷つける恐れがあり、無毒性量を設定することができないとされている。放射線物質の暴露量をどんどん小さくするとリスクは限りなくゼロに近くなるが、最終的にそのでも、そのリスクはどこまで少なくしてもゼロにならない。閾値がないものに基準値をあてはめる悩ましさがそこにある。

 唐木教授は質疑応答の中で「低線量の放射線で、がんのリスクを考えると、放射線の量が下がっていくと直線に落ちるのではなく、平らになるところがあるという考え方、つまり閾値があるという考え方もあり、閾値が無いという考え方と真っ向から対立している。科学的に真っ二つに分かれて、大論争をしているときに、やはり予防原則から厳しい方をとるべきだろうというのが、今の一般的な考え方である。ただ厳しい方をとって、規制をすればするほど費用がかかる。だから無駄な費用をかけないために、無駄な規制をするべきではないという考え方もある。今のところ、科学の世界で統一した見解が出ないので、規制の世界では仕方ないから厳しい方を取ろうということだが、一方で規制の世界でも緩めたらどうかという考え方もある。」と答えている。

 情報交換会では、今後の規制のあり方も含めて、風評被害をどうやったら防ぐことができるのか、白熱した議論が繰り広げられた。会の概要は「傍聴くんがいく」に紹介している。長文ではあるがぜひ、読んで頂きたい。

(森田 満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。