科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

松永 和紀

京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

特集

厚労省課長講演「と畜場から出荷される牛肉はすべて生食用」 を詳細解説〜腸管出血性大腸菌食中毒問題

松永 和紀

キーワード:

 12日に開かれた全国消費者団体連絡会主催の勉強会での厚労省課長の発言が、波紋を呼んでいる。焼肉店のユッケが原因と見られる腸管出血性大腸菌食中毒により4人が亡くなり、患者は百数十人に上っている事件に関連して、課長は生食用食肉の位置づけについて説明した。その中で、「と畜場から出荷される牛肉はすべて生食用」と言ったのだ。FOOCOMはその発言を13日、緊急速報した。さらに、詳細解説を加えたい。

厚労省課長の講演内容、詳細解説

 13日掲載の「と畜場から出荷された食肉は全て生食用」の記事について、掲載直後から様々なご意見を頂戴した。「今までと話が違う」「保健所が一生懸命、生食を止めるように言ってきたのに、厚労省はなぜ、こんなことを言い出したのか」という怒りの声から、「なんで記事にしたのだ」という私たちへのお叱りの声まであった。
 生食用食肉の基準の問題をどのように考えるか、今後も特集でとりあげていきたい。今回はまず、「厚労省の課長のコメントの意味をよくつかめない」「課長がこんなことを言うはずがない。記事が間違っている」というご意見に応えるべく、取り急ぎわかる範囲で解説を加えたい。

 まずは12日の全国消費者団体連絡会主催の講演会で課長が配布した「生食用食肉の流通フロー図(牛肉、馬肉)」の資料を見ていただきたい(クリックすると、大きな図が見られる)。

img003 この資料をみると、まず、一番上に「と畜場(全ての肉で生食用可能)」と明記してある。と畜場から出た矢印は3本、一番左の破線は処理業者を通さず直接飲食店へ行く場合、真ん中は食肉処理業者、右は食肉販売業者へ行く場合である。いずれも、破線の矢印で「生食用表示の旨の表示なし」として、流通している。

 現在のと畜場は、衛生基準(平成10年9月11日付 生食用食肉の衛生基準)を満たしていると課長は言う。つまり、生食用として流通可能で、各と畜場が積極的に表示をしていないだけである。そのことを、3本の破線の矢印が示している。

 次に、と畜場から食肉処理業者を通して飲食店に流れる真ん中のライン。ここではと畜場から表示が無いまま流通した肉が、食肉処理業者で衛生基準に適合していれば、直線の矢印のように「生食用表示」をして、飲食店に出すことができるというものだ。
 食肉販売業に流通される場合も同様である。一つ右側の矢印が多いのは、食肉販売業から直接消費者へ行く場合である。たとえばお肉屋さんなどで消費者に直接販売する場合、この衛生基準に適合したら「生食用」と表示ができる。

 気になるのは食肉処理業者と食肉販売業者から出ている破線の矢印。それぞれ衛生基準に適合した処理が行われていないので、生食用として表示はできない。しかし、飲食店営業の場で、衛生基準に適合した処理が行われば、消費者に生食用食肉として提供してもいいことになる。

 この図を見てもすぐには理解できなかった。講演後の休憩時間に直接、課長に聞いてみた。「と畜場から生食用の出荷がないとして、飲食店に対して生食禁止の指導をしてきたところもあるはずだ。でも、今日の話だと、販売店や飲食店でトリミングすれば、販売してもいいということになるのか」―答えは、「衛生基準通知をきちんと守れば、いい」ということだった。
 それでも納得がいかなかったので、その後の質疑応答の時間で質問したが、「と畜場から出るものにについて用途は明記されていないが、それを買って、どのように調理するか、ということは、食肉卸なり、食肉販売店、飲食店が使えると判断するということになる」という説明だった。

 やはり腑に落ちないので、家に帰って生食用食肉の衛生基準を読んでみた。そこで気づいたのは、実際に「と畜場で衛生基準を満たすように取り組んでいる」ことと、それを「表示したり出荷実績として公表する」ということとは、別問題であるということだ。表示をする場合は目標基準が決められているが、その表示をせずに流通させてはいけない、とはどこにも書いていない。
これまで、一般的に信じられてきた「生食用として表示されているものや出荷されている実績がほとんどない」ということ自体、基本的には間違っていない。しかし、「だから、生肉として表示できるようなグレードの肉は流通していない」というのは誤解なのだ。

 それからもう一つ。食肉処理場で衛生基準を満たしていなくても、飲食店で基準を満たせば、「生食用」表示ができるという点について、これは衛生基準をどう読めばいいのだろう。
 実はこの衛生基準は、<1>生食用食肉の成分規格目標、<2>生食用食肉の加工等基準目標、<3>生食用食肉の保存基準目標、<4>生食用食肉の表示基準目標の4つの目標から成り立っている。この<2>の中に、(1)と畜場における加工(2)食肉処理場における加工(3)飲食店営業の営業許可を受けている施設における調理の3項目について、守られるべき基準が書いてある。

 私はこれまで、生食用としてお店に出すためには、(1)から(3)までを全て守らないと、<4>の表示はできないのだと思っていた。一部だけでいくら衛生基準を守っても、表示はできないと思い込んでいた。
 しかし、今回の課長講演や配布資料によれば、食肉処理場で衛生基準を満たす処理を行っていなくても、飲食店がやれば「生食」表示はできる。そして、衛生基準をよく読むと、表示基準目標の最初に「この基準に基づいて処理した食肉を生食用として販売する場合は…」とあり、(1)から(3)を全て満たした場合に表示ができるとは書いていない。
 読み手によって、いかようにも解釈ができる文章でいいのだろうかという問題は別にして、この点も一般的に誤解されていたのではないだろうかか。

 それにしても、国はそんな大事な話をこれまで説明してこなかった。「生食用食肉表示のQ&A」もこれまで作られてこなかった。その結果、多くの人たちが私と同様に、「と畜場、食肉処理業、飲食店のすべてが、生食用食肉の衛生基準を満たした処理を行わなければ、生食用食肉とはならない」と信じ込んでいた。東京都ですら、そう解釈し指導をしてきた。(東京都の「ちょっと待って! お肉の生食」参照)

 今になって急にそんなつじつまあわせ、のような説明をされても困るのは皆同じである。今までの話と違いすぎるではないか。13日の記事に「間違っているのではないか」という指摘があまりに多かったので、とにかく取り急ぎわかる範囲で、今回は説明を加えるだけとした。問題点については、別に続報したい。                    (森田 満樹)

「と畜場から出荷される牛肉はすべて生食用」と厚労省・監視安全課長が説明

 富山県などで起きた集団食中毒、メディアによって様々な側面から報道されている。その中で「現在、と畜場から生食用として衛生基準を満たした牛肉は流通していない」という情報に、あれ?と思った人は多かったのではないだろうか。生食用の牛肉は流通していないはずなのに、なんで世の中にこんなにユッケが、牛の生食が堂々と提供されているのだろうかと。

 食品の法律はなかなかわかりにくいのだが、(1)食品衛生法、(2)食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準」(厚生労働省告示)、(3)厚労省が出す通知等を根拠に、厚労省及び都道府県の食品衛生監視員が食品監視業務を実施している。 今回、話題になっている衛生基準とは、上記の(3)にあたり、平成10年に当時の厚生省が定めた「生食用食肉等の安全性確保について」とする通知の中で定められたガイドラインである。守らなくても罰則はない。

 ガイドラインなのであくまでも努力目標だが、これをもとに保健所では指導を行う。しかし、これでは生肉のリスクを熟知している保健所担当者が、いくら厳しく「提供するな」と指導しても、限界がある。そこで今回の事件を受けて、厚労省はこのガイドラインを(2)の規格基準に格上げすることになるそうだ。規格基準の場合は、違反品は流通させてはならず、罰則も適用される。これで取り締まりは強化されるだろう。

 メディアが現在の(3)のガイドラインを、(2)の規格基準とごちゃ混ぜにして報道し、「お店で出されている生の牛肉は、衛生基準を満たしていないものばかりなのに、堂々と売られているなんておかしい」という風潮ができてしまった。これは、おかしい。しかも、「衛生基準を見たしていないものばかり」というこの話、根本的に間違っている、らしい。

 5月12日に開催された全国消費者団体連絡会主催の勉強会の席で、厚労省監視安全課の加地祥文課長がこの問題について触れ、説明を行った。この日の勉強会は放射能による食品汚染がテーマで、加地課長の講演の大部分も放射能汚染にかんするものだったが、追加で腸管出血性大腸菌による食中毒について触れた。

 それによると、と畜場から出荷されるすべての肉は、2000年(平成10年)からガイドラインを満たしており、生食が可能であるという。生食用という表示をしていないだけ。そのため、肉を卸や店で衛生基準を守ってトリミング等をきちんとすれば、これまでも堂々と「生食用」として販売できた。
 メディアの報道と根本的に違う。例えば、11日付の毎日新聞は「牛肉は生で食べられる状態で出荷されていないのだ」と書き、食中毒の怖さを訴えている。ほとんどのメディアがこうした論調だった。だが、間違っていた。
 私にとっても、目からウロコだった。加地課長の説明を以下にそのまま、紹介する。

<加地祥文課長の説明>

 最後に本日はこれだけはお話したいと思って、資料を作ってきた。現在、大きく誤解されているのが「今のと畜場から出荷されている枝肉は、生食用として出荷されていない、店にユッケが並ぶこと自体がおかしく、違法だ」という点だ。
 平成10年にこのガイドラインを作った際に、と畜場の施行令と施行規則の改正を同時に行った。施行令というのは、と畜場の中の施設基準である。施行規則というのは、どうやって、牛の腸管からO157のような腸管出血性大腸菌を枝肉に付けないようにするか、たとえば食道を結んでから切る、肛門はビニール袋をかけて、輪ゴムで止めて肛門からの糞が枝肉に汚染しないように外していく、そういったものを平成10年に改正した。これが全てのと畜場で行われるようになるのは、平成12年の4月4日からで、ここで2年間の猶予期間があった。
 このガイドラインでは、その猶予期間中は、と畜場から既に改善した食肉を出す場合は「生食用」が可能であり、出荷するのであれば「生食用」として表示をしてくださいというものであった。その一方でまだ改善できてないところは、生食用では使えませんよとして、このガイドラインができた。

 このときなぜ、規格基準にしなかったかというと、川上のと畜場がまだ経過期間中で、法律がまだ適用されていない状態で、川下の肉の部分だけを規格基準にすることは法制的にできなかったからだ。このときは、規格基準は経過期間が終わってからにしましょうということになった。今回いろいろなところで「結局10年以上放置した」として、今日の毎日新聞の夕刊にも書かれてしまっているが、決してそういうつもりはなかった。当時、私が担当していたが、99年に日本を去り戻ってきたら(編集部注:加地氏はこの時期3年間マレーシア保健省政策アドバイザーとして赴任)、厚生省ではなく厚生労働省になっていて、組織が変わったりして、その辺がうまくいかなかったのかな、という反省はある。

 いずれにしても、と畜場から出てくるものはすべて生食用でも使えます、というのが現状である。ただ表示はされていない。それを買った食肉卸、あるいは飲食店、販売店のところで、きっちりとしたトリミングをすれば、生食用として売ることができるというものである。焼肉チェーン店で、ブロック肉を買って、自分のところで、ユッケ用にトリミングして、中の一番いいところだけ、汚染されていないところだけを生食用として使うことは、現状ではできるということである。

 5月5日の通知で、全国一斉の緊急立ち入り検査を全ての飲食店についてやるよう地方自治体に要請した。現在、生食用をメニューとして出しているところは、すべてこういう処理、つまりガイドラインに則ってやっているのかを調べ、もしやっていなかったら、すぐにやめてくださいという指導をしている。
 それから「本当にお店でそういう処理をしているのかどうか、客はわからないではないか」というご批判もあったので、お店で「当店の○○は衛生基準に従って加工しています」と掲示ができるよう、地方自治体に指示を要請した。ユッケを出している、あるいは牛刺しを出しているところは、ちゃんと掲示をして頂くよう、つまりどこでこういう処理をしているのか、自分の店なのか、あるいはセントラルキッチンなのか、卸でやっているのか、あるいはメニューにちゃんと書いているのかがわかるように、指示を出した。もし、明日にでもお店に行って、生食用の肉が出ていた場合には、どこで処理されたのか、確認をして頂けるようになっている。もし確認をして頂けないようであればそこはやっていない可能性がある、ということだ。

 それからもう一つだけ言わせて頂く。こういう生肉について、リスクはゼロにはならない。いかにこのガイドラインにやっていても、リスクはゼロではない。むしろ、嗜好的なものだということで、10歳以下、高齢者、妊産婦、他に抵抗力の弱い方については、今後いくら規格ができても、食べないでくださいということは言い続けるということになっている。規格ができたからといって、決して1歳の子に、安心して食べさせられますよ、というものではない、ということである。そういう意味で、生食用の肉の規格というのは、今までのものとはちょっと違う。

 われわれの年代であれば、子供に生の肉を食べさせる親なんていなかったのが、今回の事例をみると1歳の子どもから6、7歳の子が食べている。そういう状況に世の中が変わってきたということになると、また行政もこれに対応した対策を取らざるを得なくなってくる。豚肉も生で食べる地方がでてきたり、鶏刺しだって、昔は九州の宮崎鹿児島だったのが、今では全国的に流通するようになってきている。そういうメニューがでてきたので、この点われわれは今までの考え方を改めなくてはいけないということである。

 蓮舫さんじゃないけれども、不安な人は食べない、というのではなくて、まずは子供、ご高齢者には食べないでくさいと。不安であろうとなかろうと、食べないでください、ということを我々の立場から言っていかなくてはいけない、その点をご理解頂きたい。

(森田 満樹)

「生肉料理を食べなければいい」では済まない

●菌が数個でも感染

 腸管出血性大腸菌による感染を理解するための最大のポイントは、菌がほんのわずか、数個であっても、発症の恐れがある、という事実であろう。
食品安全委員会のリスクプロファイルのP6に、食中毒事例における摂取菌数を記した表が掲載されている。1人あたり2〜9cfuで、発症した例がある。

 cfuはcolony forming unitsのことで、試料を寒天培地上に薄く塗り広げて培養した時に、コロニー(菌集落)のできた数を示している。生きた菌が試料中に何個あるかはそのままでは分かりにくいが、培養すると菌が増殖しコロニーとして見えるようになるので、試料中の菌数のおおよその数を推定できる。
 つまり、「2〜9cfuで、発症している」ということは、「牛レバ刺しや牛生肉に腸管出血性大腸菌を数個付いていれば、発症の恐れあり」と考えてよい。表にはいくつかの事例が掲載されているが、かなり少ない菌数で実際に食中毒事故が起きていることがわかる。

● 生肉をつかんだ箸やトングも感染原因になる恐れ

 どれくらいの菌数で発症するかは、食中毒のリスクの大きさを考えるうえで重要だ。黄色ブドウ球菌は、食品1gあたり100万程度以上で発症するとみられている。こういうタイプの食中毒菌は、保存管理が悪く菌が増殖した結果、食中毒を引き起こすことが多い。そのため、新鮮であれば菌はまだ増殖しておらず、リスクはかなり減る。

 以前は、各々の菌について、どれくらいの菌数で発症するか、あまり詳しく分かっていなかった。そのため、黄色ブドウ球菌のようなタイプの食中毒を念頭に「新鮮なうちに食べましょう」というようなことが言われていた。
 しかし、腸管出血性大腸菌は違うのだ。新鮮であっても、菌がわずか数個〜数十個付いているだけで、死亡や腎不全など極めて大きな影響をもたらす力がある。生肉をつかんだ箸やトングに菌がわずかに付いていて、その箸やトングで焼けた肉をつかんだために菌が付いてしまい発症へ、という流れも十分に起こりうる。

 例えば、親が生の肉をつかんだ箸やトングで、焼けた肉をつかんで子どもの皿に乗せてやる、というようなことをすると、感染を引き起こす可能性がある。食べ始めは、生肉を扱う箸やトングを分けているつもりでも、食べているうちに区別できなくなってしまった、という経験はだれにでもあるはずだ。実際に2000年以降、焼肉店で頻繁に腸管出血性大腸菌による食中毒が起きているが、原因食品がわかっていないケースも多い。「生肉を食べる」ことだけが、感染の原因ではない。

● 肉のトリミングで、菌をゼロにできるのか

 厚労省が5日の会見で「生食用ではない加熱用の肉を店や消費者の責任で生で提供する場合は、菌を取り除くために表面を削るよう求めた」と日本テレビが伝えている
 本当に、厚労省の担当者はこんなことを言ったのか。にわかには信じ難い話である。表面を削るトリミングで菌をゼロにできる保証はどこにあるのだろう? フジテレビのワイドショーで、食中毒を出した業者とは別の業者が「うちは、こんなふうにトリミングをしている」と実演してみせていた。だが、1枚のまな板、1本の包丁で脂肪などを取っているようにしか見えなかった。同じまな板、包丁を使ってトリミングするのでは、菌が肉とまな板、包丁を行ったり来たり、ということにもなりかねない。結局、業者も本当にわずかな菌で発症する、という腸管出血性大腸菌の性質をよく分かっていないのではないか? そんなトリミングでよい、と厚労省は言うのか?

● 若者でも発症する

 消費者庁は「不安がある場合には、生肉の料理を、子どもや高齢者、健康状態が優れな い大人が食べることは、控えてください」とした。これも、腰の引けた言い方だ。腸管出血性大腸菌による発症が健康な大人では起きない、ということを示すデータはない。食品安全委員会のリスクプロファイルを見ても、子どもや高齢者だけでなく、若者から50代くらいまでの成人でも、腸管出血性大腸菌による食中毒患者が出ている。

 それに、腸管出血性大腸菌に感染したことがわかっても、食事が原因とは特定できず、食中毒統計に上がってこないケースは極めて多い。腸管出血性大腸菌による食中毒とされるのは例年、数百人だが、感染症扱いの人数は年間4000人を超える。米国内の調査ではO157患者の85%が食品媒介とされており、日本でも感染者の多くは食品が原因と推測されている。
腸管出血性大腸菌による感染、食中毒は、食品における極めて大きなリスク要因なのだ。

● 消費者自身の注意、対処が必要

 考えてみれば、これは当たり前の話である。牛の10〜30%程度は、保菌しているとみられている。腸管におり、糞便に排出されて牛の表皮にも付く。
解体処理や加工場でも、汚染された腸管や表皮などから枝肉やレバーなどの内臓肉に菌が移る可能性がある。また、作業員の手や指、包丁などを介して広がる恐れもある。

 と畜場も加工場も汚染を広げないように細心の注意を払っているようだ。その努力は素晴らしい。だが、もともと牛の内臓にいるのだから、枝肉や内臓肉への菌の付着をゼロにすることはやっぱり容易ではない。食品安全委員会のリスクプロファイルには、国内流通食肉のO157汚染状況が載っているが(P23の表22)、汚染率(肉からのO157分離率)は牛レバーで1.9〜7.1%、カットステーキ肉で0.09%や0.4%という数字が出ている。

 したがって、「生食しなければいい」「食中毒は、加熱用を生で提供した店のせい」というような単純な話では済まない。腸管出血性大腸菌が付いた肉やレバーは売られ、家庭にも持ち込まれる。リスクは消費者のすぐ身近にあり、消費者も知識がなければ汚染を拡大させてしまう。

 焼肉店で生食に注意するだけでは、まったく不充分。生肉に触れた箸、トングなどの扱いにくれぐれも気をつけてほしい。また、家庭でも牛肉を切る時に使ったまな板をそのまま使って、ほかの食材を調理するようなことがあってはならない。菌が中に入り込んでいる可能性があるハンバーグや成形肉(いわゆるサイコロステーキ)もしっかり加熱しなければいけない。
 今回の食中毒事件を、「生食」の問題に矮小化しないでほしい。消費者にもっと、本質的な注意情報を提供してほしい。微生物系の食中毒は本当に怖い。         (松永 和紀)

富山県・腸管出血性大腸菌による食中毒について

食品安全委員会・腸管出血性大腸菌0157食中毒に関する情報

食品安全委員会の季刊誌「食品安全」第23号の特集「牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌のリスクプロファイル」

食品安全委員会・子ども向け情報「食べ物の安全な加熱方法を知ろう!」

厚労省・腸管出血性大腸菌食中毒の予防について
厚労省・食中毒に関する情報

東京都・ちょっと待って!お肉の生食

東京都食品安全情報評価委員会報告書「食肉の生食による食中毒防止のための効果的な普及啓発の検討」

国立感染症研究所・感染症の話

コープネット事業連合「なるほど! 食卓の安全学」意外に危ない肉の生食

執筆者

松永 和紀

京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動