科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

特集

食品安全委員会が出した「生涯累積線量100mSv」が抱える問題点

森田 満樹

キーワード:

 食品安全委員会の「放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループ」が2011年7月26日開催され、食品中に含まれる放射性物質の評価書案がまとまった。この中で低線量被ばくの評価について「放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積線量として、おおよそ100mSv以上」と判断した。

 福島第一原発事故後、厚生労働省は放射能に汚染された食品を規制するため、すぐさま暫定規制値を定め、食品安全委員会はそれを受けて3月29日、「放射性物質の緊急とりまとめ」を発表した。しかし、その際に時間がなくて評価しきれなかった発がん性など詳細な検討を行えなかったため、翌4月、食品安全委員会は本ワーキンググループを設置した。ワーキンググループは、その後9回にわたって会合を行い、今回の結論を導いた。

 評価書案は220ページ以上に及ぶものだが、本題の食品健康影響評価は最後の5ページにわたり掲載されている。

 注目は、低線量被ばくについて、外部被ばくと内部被ばくをあわせて生涯累積線量100mSv以上で悪影響あり、としたことだ。また、小児に関しては、より影響を受けやすい可能性(白血病やがん)があるとしたが、その影響をどの程度とするかは、具体的に示されなかった。

 前回の緊急取りまとめでは、核種ごとに年間何mSvまでとする評価が行われたが、今回の評価書案では核種ごとに評価はできないという結論だ。単純に計算すると、生涯累積線量100mSvを人生80年で割れば年間1.25mSvになり、かなり厳しい評価といえる。今後は新しい指標である生涯累積線量に則り、厚生労働省はリスク管理を行うことになる。

 それにしても、今回の結論はあまりにも漠然としており、読み手によって解釈が異なる。全国紙の報道でも「厳しくなった」「緩くなった」とバラバラで、今後、消費者、生産者を含めて混乱をきたすことは必至だ。なぜここまでわかりにくい結論になったのか。26日の審議を振り返りながら、問題点をまとめてみた。

問題点1 生涯累積線量100 mSvはどこから出てきたか

 累積線量で評価するという方向がはじめて打ち出されたのは、7月13日に行われた第7回ワーキンググループ。この日、論点に関する座長メモが配布され、「線量については累積線量を示すべきではないか」と提案された。その後2回の議論が行われて、結論が出されたわけだが、100mSvという数値はどこから出てきたのだろうか。

 最終回7月26日の審議の中で、(独)国立がん研究センターの津金昌一郎・がん予防検診研究センター予防研究部長は「累積線量100 mSvの根拠となる疫学データとして3つの文献があげられている。1つはインドの高線量地域で累積線量500mGyでは発がんリスクの増加がみられないという文献。他の2つは広島・長崎のデータが用いられているが、これは累積被ばくではなくて、瞬間被ばくによると考えるべきで、生涯累積線量とする理由にならない。特に2つめの文献は、直線反応モデルをつかって100 mSv までは影響はみられず、125 mSvまででがんの影響が出たとしている。私が見る限り、生涯累積線量で影響を調べている論文はあまりない。悪影響が出ているのは瞬間被ばくのものだ。この3つの文献をもって、結論を追加累積線量100 mSvとするのは、整合性がない」と述べ、数値の根拠に疑問を呈した。

 これに対して座長の山添 康・東北大学大学院薬学研究科教授は「広島、長崎では瞬間にばく露をしただけではなく、飲料水を含め長期のばく露を受けている。信頼できるデータはこれ以上なく、実際に影響を与える線量値としてこれよりも高めにでることはあるが、これより下がることは無い。安全側に立ってこのデータを採用した」「瞬間的か長期の被ばくかをどこで線引きするのか、議論があったが、このデータはこれ以上解釈できない。確かに瞬間的に浴びたものが、以後の発がんにインパクトを与えたと思えるが、かといってそれ以降のばく露の影響を無視していいかというとそうはいえない」として、結論を変えることはなかった。

 津金委員は「そうやって100 mSvというところで、なにか閾値的な数字を引き出すのは、逆に言えば、ある意味でゼロリスクを捨てきれない、ゼロリスクの呪縛から離れられないという気がする。安全側に立って、100mSv未満はリスクがあるとする議論をどうするか考えると、要するにリスクゼロにはならない。ある程度のリスクを受け入れなくてはならない。それを認めてリスク評価をしたほうがいいと思っている」と述べた。たいへんに重い発言だったのだが、これを受けて議論が続けられることはなかった。

 以上のやり取りでおわかり頂けると思うが、100mSvという数値は、十分な議論のプロセスを踏まないまま、安全側にたって決めた数値である。食品安全委員会としては、科学的根拠に耐えられるデータがほとんどない中で、リスク評価ができないという結論は出せず、それでも何とかおおよその数値を決めた―それが100mSvだったということだ。

問題点2 閾値あり・なしの議論を、どうまとめたか

 100mSv未満の線量における健康の影響について、食品安全委員会は、根拠となるデータが少なく、現在の科学では健康影響があるともないともいえないとする結論を出した。このため、今回出てきた数値100mSvは、閾値とは言えない。26日の審議では、評価書案の書きぶりから「100mSv以上は悪くて、それ未満だったらよい、というように読める」とする懸念が、複数の委員から出された。審議では繰り返し「100mSvは閾値ではない」ということが確認され、100mSvが閾値を設定するというニュアンスにならないよう、評価書案の文章の一部修文が行われることになった。

 ある委員からは「国際機関では閾値なし直線モデルが採用されてきた。この根底には影響があるともないとも言えない場合は、安全側に立つという考えがある。難しいことだが、閾値ありか閾値なしか、どちらのモデルを採用するのか判断するしかない。個人的には現時点では閾値なしモデルに則って、100mSvのリスクの大きさを示すことが必要だと思う」「それだけではなく、100mSv未満のリスクの定量的情報も必要」といった意見も出されたが、評価書の結論は変わらなかった。

 結局のところ、食品安全委員会は、閾値あり・なしの結論を出さないまま、疫学データに基づくアプローチを行った。しかしそこで採用した広島・長崎の文献は、閾値なし直線モデルが結局のところ採用されており、完全に疫学データだけに頼って100mSvという数値を出したわけでもない。それでも数値を出してしまえば、この数値がひとり歩きするという懸念は、ぬぐえない。安全と危険が線引きされたような誤解を生みそうな、わかりにくい評価となったのである。

問題点3 なぜ、外部被ばくも内部被ばくも一緒に評価したか

 当たり前のことだが、食品安全委員会が行うべきは、本来は食品健康影響評価である。しかし、今回行われた評価は、外部被ばくも内部被ばくも区別していない健康影響評価となり、食品安全委員会の範疇を超えている。それでも一緒に評価したのは、食品影響評価をするための内部被ばくのデータはほとんどなく、食品だけを区別して考えることは難しいと判断されたためだ。だから審議会では食品について、議論はされていない。

 累積線量の外部被ばく、内部被ばくの内訳は個々人によって異なる。計画的避難区域の住民にとっては、現存被ばく状況が続いており、大気のばく露等の外部被ばくの割合が高い。こうした方々にとって、外部被ばく、内部被ばくを含めて年間およそ1mSvという数値は、とても厳しいものになってしまう。食品安全委員会で決めた、食品を超えた健康影響評価が、福島に住む住民に大きな不安を与えることになりかねない。

 それでは肝心要の食品の評価はどうなったのか。累積線量100mSvのうち、食品は何割使えるのか、食品安全委員会なのだから、せめてそこはモデルだけでも示すべきではなかっただろうか。それは科学者の仕事ではないのか。ワーキングでは議論にもならなかったことが、一般人にとっては理解できない。

問題点4 暫定規制値はどうなるか

 食品安全委員会の結論を受けて、リスク管理機関である厚生労働省は難しい判断を迫られることになる。今回の評価書案の最終ページ「おわりに」では、この評価結果を踏まえ「食品からの放射性物質の検出状況、日本人の食品摂取の実態等を踏まえて管理を行うべきである」として、リスク管理機関である厚生労働省に下駄を預けた形になった。

 今回の評価書案は緊急時と平常時を分けていない。国際機関であるICRP(国際放射線防護委員会)は、その時々の置かれた状況に基づき緊急時被ばく、現存被ばく、計画被ばくにわけて、リスク管理の目安を勧告している。しかし、今回の評価書案では、そこは区別されていない。本ワーキングで山添座長は「平時、緊急時を問わず、きちんとした食品健康影響評価をするのが狙い。ベースとして平時の数値を出せば安全性が確保できると考えのもとに立っている」と説明した。これについて専門参考人の佐々木康人・(社) 日本アイソトープ協会常務理事は、改めてICRPの防護体系について補足説明を行ったうえで「現在の被ばく状況を勘案して、今後は国際的な防護体系の枠組みの中で管理を行うことが必要で、評価書案の「おわりに」に一文を加えてほしい」と述べた。

 ところで、現在の暫定規制値は、食品安全委員会緊急とりまとめの評価のもと、核種ごとに放射性ヨウ素は年間2mSv、放射性セシウムは年間5mSvの線量が十分安全側に立ったものであるとして、細かく食品ごとに定められている。この数値をどう考えればいいのだろうか。

 この点について、26日のワーキングでは専門委員から「緊急時取りまとめのときには、核種ごとに十分安全として出した数値だが、今回の累積線量100mSvに当てはめると年間およそ1mSvとなるため、暫定規制値は安全ではないということになる」「緊急取りまとめと今回の評価結果の整合性をどうするか」と問題が提起された。

 ワーキングでは座長が「矛盾はしない」と答えており、同日に発表された食品安全委員会小泉直子委員長からのメッセージでも「3月29日の緊急取りまとめは緊急時における取り扱いを示したものであり、累積線量で示した今回の考え方は、緊急時の対応と矛盾するものではありません。緊急時には、より柔軟な対応が求められることも考えられます」としている。また、26日の審議終了後行われた記者会見では、山添座長が「今の暫定規制値をすぐに見直すことはありません」と発言している。リスク評価機関とリスク管理機関は分離されているのが基本ではなかったか。

 しかし、食品安全委員会がいくら暫定規制値とは矛盾しないと言っても、食品安全委員会が規制値を決めるわけではない。厚生労働省が今後、リスク評価機関の評価に従って忠実にリスク管理を行うことになれば、数値見直しの検討は必至である。もし、すぐにでも現在の暫定規制値を取っ払って、平時の規制値を決めようということになった場合、今度は累積線量を年間線量にどのように置き換えるのか、内部被ばくの内訳をどうするか、地域によって異なる個々人の累積線量、感受性の強い小児にどう対応するか、ケースを細かく設定して基準値を定めるのか、リスク管理機関に突きつけられた課題は山積である。

 今後、この評価書案をもとに1カ月間のパブリックコメントが行われ、評価結果としてまとめられることになる。また8月2日には、評価書案に基づく意見交換会が開催される予定。

 なお、食品安全委員会は今回の評価書案とともに、評価書案の概要とイメージ図を2枚にまとめ、放射性物質を含む食品による健康影響に関するQ&Aとともに公開している。

 これらを読みこなしてパブリックコメントに「意見」を出せる消費者がどれほどいるのか?もう少し、実態に即した結語にならないのだろうか。(森田満樹)

 ● 当日ワーキンググループ終了後の記者会見はこちら

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。