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「奇跡のリンゴ」から考える日本農業論〜農家、商店主が本音で語る食の未来 第2回

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2013年8月20日

 日本で一番、農薬にやさしい有機農家、久松達央さん、日本で一番、リンゴとリンゴジュースの味にこだわるリンゴ農家、水木たけるさん、自分が好きなものしか店に置かない、日本で一番わがままな店主、安井浩和さん。この3人にFOOCOM.NET編集長の松永和紀が加わっての座談会2回目。今回は、情報に惑わされている消費者の“気分”、農家の“甘え”について。

「農薬は悪だ」という消費者の“気分”は強まっている?

久松:「農薬は悪だ。ゼロにしなきゃいけない」という消費者の気分は、10年前に比べて強くなっているのかなあ?

水木:いや、緩やかになっているのでは。世の中、余裕がなくなって、安全より値段、という流れでしょう。でも、根底にある、「農薬は毒。危なくて仕方がない」という意識は、前と変わっていない。それを覆す情報がないよね。

松永:私は、生協で広報誌に連載したり、講演することも多いのですが、組合員は確実に変わってきたという実感があります。2005年に生協で初めて講演した時に、農薬のADIや、昔と今とで農薬が全然違うものになっていること、農薬使用のメリットも多いことなどを話しました。その時は、私を呼んで講演を企画してくれた組合員理事が後でたいへんな突き上げを食らって「なんであんな奴、呼んだんだ」と責められたらしいんです。だけど、その後、「リスク管理しましょう」という流れになってきて、2005年と今で私の話、主張はなにも変わっていないんだけど、組合員の反応はまるで違う。

久松:生協は、生産者に寄り添いたい人が多いからじゃないかなあ。だから、生産者の利益を考えることができる。でも、普通の消費者が考えているのは自分の利得だけでしょ。そうなると、農薬を使った場合のベネフィット(便益)って、感じられないのではないかなあ。

 実は、ぼくも松永さんと同じように、消費者は変わってきたな、と思っていました。でも、奇跡のリンゴが映画になるほどで、みんなが飛びついているのを見て、結局、マスの「農薬は悪だ」はなにも変わっていないのかも、と思った。

安井:バスッと二つに分かれている感じがする。農薬ではなく放射性物質の話なんだけど、うちは野菜を山形、群馬、高知から仕入れています。原発事故後、高知のものが売れました。震災特需です。電車で遠くからわざわざ来て買って行く。去年の夏あたりからだいぶ少なくなりましたけどね。ぼくは検査結果などちゃんと説明して「大丈夫ですよ」と言うんだけど、聞かない。あるおばあちゃんに「白かグレーだったら、白を選ぶでしょ」と言われました。

久松:岡山や長野の生産者に言われたなあ。茨城の人には言いづらいけど、注文増えたよ、と。

安井:でもね、そういう層はだんだんしぼんでますよ。うちはもともと、いろいろな西のものを売っていたので、震災後にお客さんがうんと増えるかな、と思ったけど、それほどは増えなかった。「おいしいから群馬産」というお客さんは多いです。ぼく自身も、おいしくない西のものよりおいしい東のものを仕入れて売りたいしね。

久松:そういう意味では、消費者の反応はたしか。健全なんだろうなあ。

ネットの中の世論で、声が大きい人たち

りんごの花の受粉作業。りんご価格低迷と農村の女性の企業への就労増加が相まって労働力確保が難しくなり、ハチに頼った受粉処理が一般的になったが、結実率・品質の低下が発生している。水木さんのあっぷりんご園では、機械による人工受粉でそれらの問題をクリアしている

水木:有機の人は、声はでかいけど、シェアがすげえ少ない。数字で見た瞬間にあれ。と思う。有機の人は、「シェア、伸びている」と言う。この20年で、国内の農産物の生産量における有機農産物のシェアは、ゼロから0.35%に上がっているんです※。たしかに、びっくりするくらい伸びている。だけどね、99.65%はそうじゃない、というのが現実なんだ。
(※ NPO 法人 MOA 自然農法文化事業団『有機農業基礎データ作成事業報告書』より)
久松:ネットの中では、0.35%の存在感が、すごく大きい。声が大きいのを無視できないです。ネット世論とマスコミ世論調査の結果がえらく違うと言われているけど、ソーシャルメディアの発達によって、実際に発言している人はすごく少ないのに、情報として機能してしまうようになってしまった。実際には、有機農産物はまったく影響力がないのに、消費者に農薬恐怖という素地があるので、情報として効いてしまうようになる。
松永:有機の生産量ってものすごく少なくて、大多数の消費者は農薬が使われた慣行の農産物を食べていて、安全上の問題はなにもないのに、「農薬は悪だ。でも、私たちは、お金がないから有機農産物を買えない」と思っている。国民的に共有された感情になっている。すごく不幸です。

あっぷりんご園の摘果風景。りんごの木が疲労して生産量が激減したり、変形した実が成長することを防ぐため、春から夏にかけ手作業で実を落とす作業を延々行う。ここにも労働力確保の問題が

水木:冷静に数字をいっぱい拾ってきて客観的にデータで判断して、大きな声と突き合わせると、「あれっ違うな」となります。そして、声が大きい人は、あの業界と組んで、みたいなことが見えてくる。だから、自分でちゃんとデータを持ってきて、判断するということをしないといけない。だけど、そこまでやる変な人が日本にいったい何人いるか。
 福島原発事故による放射能の被害について、チェルノブイリの二の舞という人たちがいます。実際には、影響は桁二つくらい違う。チェルノブイリは、放射性物質を溜め込みやすいマッシュルームをいっぱい喰ってて、みたいな情報も後から出てきました。日本と消費の状況も全く違うのに、「日本もチェルノブイリと同じことが」という話が出てきてしまう。コアになるのは、データの見方であり、出し方でしょう。それに今はインターネットがあるから、自分で情報を集めて判断できるしね。

松永:役所は、いろいろな調査結果を公表しています。でも、消費者は農業をわからないものだから、書いてあることや数字の意味を読み取れない。たとえば、牛乳。農家だったら、日本の酪農は放牧していないし、地震は3月だったから放射性ヨウ素に汚染された草を乳牛が食む、なんてことにはならない、とすぐ分かる。だけど、消費者はわからないから、「チェルノブイリのように、甲状腺がんの子どもたちがたくさん出る……」なんて思ってしまうような気がします。
水木:でもね、農家だってほかの品目のことは知らないんですよ。ぼくだって、酪農や野菜のこと知らないもん。

松永:消費者は本当にとことん、知らないんです。たとえば、農産物の収率の話。100個作って商品価値があるのが9割か5割か1割かで、農家は全然違う。奇跡のリンゴは、どれくらい捨ててるんだろう。そういうことが、消費者にはわからないので、「なんだ、奇跡できるじゃないか」と思ってしまう。

久松:その点でいえば、有機農家、自然農家の方が、消費者よりもさらに収率の概念がない。立派なものが、100株中1株できました、と言われても「すてきですね」と言うしかないんだけどね。
 八百屋さんにも関係ない。有機なのにこんなに立派。それは、残りのものを捨てているだけですよ、ということがわからないのかもね。

水木:今や食は、生産、流通、消費という3段階に分かれている。その仕組みで、効率的に安価に供給できるようになった。みんなハッピーという時代です。でも、情報が横串に刺さっていない。それぞれの段階で、理解のしようがない、という状況でしょう。生産者の興味は相場。流通は、どれだけ売れるか。消費は安くて、食べておいしい。三者三様、考えが違う。マッチングして、ということが、実際にはなかったように思います。
 最近、やっとかみ合う状況が産まれてきている。ぼくのようなものが、現場から発言することで、やっと「そうだったの」という状況ができてくる。全部は無理でも、発言することで理解を深めていかないとね。なんとか、ブレークスルーを産み出したい。


久松農園は、定期的に農園見学会を開いている

松永:でもね。たとえば農薬の話だけど、農家も誤解しているでしょう。「農薬を使っていない自家用野菜だから安全だよ」とか、農家自身が言っている。そういう状況では、消費者が誤解しても当たり前だとも思うんだけど。なぜ、農家の多くは勉強して消費者に伝えようとしないんだろう?

水木:うーん。それを説明しだすと長いですよ。

日本の農家は、甘えている?

水木:農薬についてなぜ、使っている生産者がしっかりと勉強して理解して、それを消費者に伝えて行く、ということをしないか? これは、かなり根深い問題なんです。
 今、農家のメインは団塊世代です。あの人たちが農業始めた頃は、お金が稼げる商売がいろいろあった。だから、自分でなんとかするぞ、というタイプの人たちは東京へ行ったんです。事情があって東京に行けなかった人などが、農業高校で学んで今、農業をしている。農業高校では、ADIなんて教えてくれないですよ。そういう人たちに、自分でADIを勉強しろ、というのは難しいです。どうしたら、虫をやっつけられるか、お金になるリンゴができるか、そのためにどの薬剤を使うか、ということしか考えていない。あの世代は、消費へのリーチはないんです。高度成長期から同じロジックで回っていて、進歩のしようがない。

 われわれ世代になると、ビジネスを変えていかないと生き残れないぞ、という危機感が強い。おいおい、ぼくのビジネスを説明しますけど、消費者と直接やりとりしなければならない時も多くなっていて、農薬の危険性など説明しなければいけない。勉強するのは簡単ではないけれど、知識が得られて、説明もするんです。気になるのは団塊世代の後継者で、親たちと同じマインドだったりする人が少なくない。

久松:そこが甘いんだ。昔は、別に農家だけが緩かったのではなく、工業も緩かった。PL、製造物責任という考え方が浸透して、工業は変わった。ところが、農業は遅れていて、ルーズで済んでしまう。だれも見ていないし、大きな経営体もないし、コンプライアンス意識がない。

水木:大きな生産法人だと、GAPによる管理を厳密にしています。小規模の農家とそことの落差があまりにも大きくなってきている。カット野菜とかだと、企業体として対応できるところばかりになっていますよ。

久松:松永さんは、「なぜ、農薬のことを生産者がもっと説明しないのか?」と言うけど、取材対応するような優秀な農家としか会ってないんじゃないの?
松永:取材は結局、いろいろな人に紹介してもらってするから、そこで選別がかかっているかもしれませんね。そういえば急に思い出した。2011年の秋ごろに、青森県の某JAのリンゴ部会に講演に呼ばれたことがあるんです。いったん引き受けて、でも大丈夫かなと思った。というのも、その夏は、週刊誌などで「リンゴを食べて放射性セシウムを排出」という説が報道されていたんです。私から見ると、かなりおかしい。リンゴの中のペクチンが放射性セシウム排出に効く、という話ですが、根拠を調べて行くと学術論文はほとんどなくて、民間の研究所がチェルノブイリ原発事故の被害者に、自分のところの健康食品はいいよ、と売っている、という話なんです。だから、リンゴでセシウム排出なんて、だれも確認していない。なのに、週刊誌にはリンゴを2個食べれば、なんて話が載っている。幼い子どもがリンゴを2個も食べさせられたら、ほかのものが食べられなくて大変ですよ。だから、雑誌などでは「それはダメ」とかなりはっきり書いていたんです。

 そこで、「こういうの、書いていますけど、そういう講師を呼んで大丈夫ですか?」とJAの担当者に尋ねたら、むこうも慌てたらしくて、「私たちは、リンゴをセシウム排出効果でも売って行きたい。だから、講演ではその話には触れないでくれ」という連絡が来ました。結局、講演しない方が、お互いに不幸にならずに済みますよ、って言って依頼はお断りしました。

 その時に思ったんです。リンゴで排出なんて、ちょっと調べたらおかしい、と気付いていいはず。こんな杜撰な説を宣伝して売上げ増を狙うなんて、大丈夫? というのが第一の疑問。二つ目の疑問は、JAの人たちは、この説を本当に信じているのか、目先の売上げを考えて信じているふりをしているのか、どちらなんだろう? ということ。

水木:そりゃあ、前者でしょう。コラーゲンを食べたらお肌にいいと言われて健康食品買う人、いっぱいいるじゃないですか。コラーゲンは、食べたら分解されてアミノ酸になるのに、アホじゃないの、と思うけど、普通の人はそんな短絡的な話を信じ込む。そのノリですよ。

フードファディズムは商売になる

久松:軽く乗っかっちゃうんだよね。フードファディズムは商売になる。事実はさておき、3カ月商売になればいいという気持ちで、軽く乗っかる。そして、虚が実になる。嘘が誠になる。大人の遊びなんだよ。ノりで買う人と、ノリで売る人がいる。実経済になる。悪者が一人いるのでなく、みんなで乗っかっちゃうんだ。

水木:うちにも、客から問い合わせがありましたよ。リンゴはセシウムを排出するのか、って。インターネットで調べたら、99%は肯定。1%は否定する情報です。その1%の情報を見つけてくれる確率はすごく低くて、みんなまことしやかな情報に乗せられてしまう。

久松農園のメンバー。農場長は入社2年目の女性。研修生は元飲食店店員。新しい営農スタイルが新しい商品を生む

久松:人は、自分の見たいものを見るんだよ。だから、リンゴをなんとかして売りたいと思っている人ほど、そういう話題になると、乗ってしまう。だから、みんなリンゴで頑張ろうよ、となってしまう。有機ではよくあるパターンです。
 そもそも、取材するメディアの記者が、勉強していないという話なんだよね。記者が、メタな立場にいない。客観的に見る立場ではなく、乗っかって商売する立場。ほめるのも批判するのも、不安を煽ることがそのままマーケティングになる世界でしょう。記者は、その中の当事者だから、その構造から抜けられるわけがない。

オクラの花

 記者がメタな立場にいる、というのが完全な幻想です。でも、それを新聞記者に言うと、「編集権は独立している」とか「広告局とやりとりがあるわけではない」というような反応が返ってくる。そうじゃなくて、なんで新聞が売れているかというと、情報を出して、話を煽っているからじゃないか。バカじゃないの。当事者になるってその構造が商売じゃん。それで喰っているんだから、と思うんだけどね。

松永:うーん、鋭い。まさにその通りです。傍観者で中立公正に取材して報道していると信じているけれど、必ず取材にはバイアスがあり書く時にもバイアスが産まれて、自分たちが話を動かして行く当事者、プレイヤーになっている。その自覚があまりにもないじゃないか、ということですよね。

安井:そういえば、あんこに健康効果がある、とテレビで見て、「毎日、あんぱんとっておいてね」と頼んでいたおばあちゃんがいた。しばらくしたら、「糖尿病になった」って言ってきて、「なにか糖尿病にいい食品ない?」と聞くんだよ。

久松:世の中、そうやって回っているんだ。

安井:度が過ぎるんだよ、あんたは、という感じですよ。情報をそのまますっと受け止めて、それを食べる。そういう人が未だにいます。スーパーをやっていたころは、本部から「来週火曜日に、○○がテレビで取り上げられますから、水曜日の店頭、作ってください」みたいな情報が流れてきていました。で、実際に売れる。

久松:プロダクトプレイスメントだね。そんな中で、自分の食べたおいしいものを売って行こうなんて、ドンキホーテだ。

安井:でも、ぼくの店、商売になってますよ。

(次回、安井さんの「こだわり商店」がいかに、生産者とコミットして、消費者の胃袋をつかんでいるか、へと続く)

久松達央さん
1970年茨城県生まれ。久松農園代表。慶応大学経済学部卒業後、帝人(株)に入社。98年に退社後、農業研修を経て99年に土浦市で独立就農。年間50品目以上の旬の有機野菜を栽培し、契約消費者と都内の飲食店に直接販売している。スカイプ、SNSなどを駆使するソーシャル時代の新しい農業者として、仕掛ける農業を展開中。著書『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書 9月14日刊行)。大学、セミナーでの講演多数。2013年の久松農園のテーマは「公開、ライブ感、エロうま野菜」。久松農園
水木たけるさん
1975年、青森県弘前市のリンゴ農家に生まれ、後を継ぐ。ふじ、紅玉、ジョナゴールド等を栽培。原料の生産から、自宅に併設した加工場での加工を行い、商品企画・ラベルデザインと製作・パッケージまで一貫して全てを手がける。工業高校での経験を生かし新しい加工技術の開発・加工機械の設計も行う。ストレートジュースで、2011年お取り寄せ大賞ドリンク部門金賞受賞。ジュースのほかりんごを使ったスウィーツの商品化を行う。最近は、ほかの果物・野菜の加工へも関心を広げている。あっぷりんご園
安井浩和さん
1978 年早稲田で生まれる。3 歳から父の経営するスーパーマーケットを手伝い、18 歳から明治大学商学部に通いながらスーパーの店長を勤める。父(安井潤一郎さん)が 2005 年に衆議院議員(小泉チルドレン)になったのをきっかけにスーパー全体を預かる。スーパーの将来性に疑問を持ち2007 年、テナントを含め8 店舗すべてを閉店。10月に『こだわり商店』をオープン。産地直送・無添加・店長が食べて美味かったものだけを集めた「お客様の胃袋をつかむ店」をコンセプトに経営。こだわり商店
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