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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国議会上院のファストトラック失敗で、General Mills社がGM表示を決断

宗谷 敏

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 GM(遺伝子組換え)食品表示を巡る米国議会、民間における動きが激しいので、前回に続きこのトピックを取り上げる。2016年3月16日、米国連邦議会上院では、法案S.2609に関する全体投票が行われた。

 任意の全国的GM食品表示基準を定め、個別州によるGM食品義務表示を禁ずるS.2609は、上院農業、栄養と林業委員会Pat Roberts委員長(共和党、カンザス州)が2月19日起案し、同委員会を賛成14票対反対6票で3月1日通過した。

 連邦議会上院は全米50州から2名ずつ議員が選出されるので、議席定数は100である。現在は共和党54、民主党44、無所属2で構成される。法案などの成立には3/5つまり60票以上が必要となる。

 今回は、大統領予備選挙を戦って遊説中だったTed Cruz(共和党、テキサス州)、Marco Rubio(共和党、フロリダ州)、Bernie Sanders(無所属、ヴァーモント州)の3名を除く97名が投票を行い、賛成48票(共和党45、民主党3)対反対49票(共和党7、民主党41、無所属1)という結果となった。

 民主党で賛成票を投じたのは、デラウェア、インディアナ、ノースダコタの3州選出の3名。共和党で反対投票したのは、メイン、ネヴァダ、ユタ、ケンタッキー2、アラスカ2の5州選出の7名である。

 米国のメディアは、「Bill Targeting GMO Labeling Requirements Dies On Senate Floor」」などの見出しを打っているが、これでS.2609が完全に否決され、廃案になった訳ではないことには注意を要する。

 というのは、今回投票に付されたのは7月1日のヴァーモント州におけるGM表示法Act 120発効をにらんでファストトラック(関係法案の無修正一括承認手続き)を狙ったPat Roberts議員が、法案S 764に相乗りさせた「Cloture(討論終結動議)」だからだ。

 Clotureとは、各議員の発言時間に制限がない上院のみに特有の制度で、法案審議を意図的に遅延させる議事妨害(Filibuster)を防ぐために定められている。今回Cloture が可決されたなら、S.2609は下院との両院協議に進んだ筈だが、結果的に60票を得られなかった。しかし、上院でのS.2609継続審議は留保されているのだ。

 連邦議会上院は、3月19日から4月3日までEaster(復活祭)休会になる。Pat Roberts議員は、S.2609成立への努力を継続するとコメントしているので、4月4日の週明けからさらなる妥協に基づくS.2609修正案の審議が再開されるかもしれない。あるいは、ヴァーモント州をブロックすることに特化した全く新しい法案が起案される可能性もある。

<共和党のS.2609 と民主党のS. 2621 >

 共和党主導のS.2609 は、農業・食品業界からの支持が集まっているのに対し、民主党議員たちが3月2日起案した対案S. 2621はオーガニック業界やGM表示推進NGOなどが応援している。

 S. 2621は、上院健康教育労働年金委員会(共和党12名、民主党10名)で審議中なので、ステップとしてはS.2609に一歩遅れをとっている。制度を所管する行政組織がS.2609はUSDA(米国農務省)、S. 2621がFDA(食品・医薬品局)となることは、前回書いた通りだ。

 この二つの法案に共通しているのは、州別のGM食品表示制度乱立はマズいという連邦政府の意向だ。前述の通り、ヴァーモント州では7月1日にGM食品表示法が発効する。コネチカット州とメイン州は、隣接諸州が同じ制度を導入したら施行するというトリガー条項と、これが一定期間内に実現しないなら廃案にする時限条項をつけてGM表示法を成立させている(メイン州では、これらの条件条項を外そうとする動きもある)。さらに約30州がGM食品表示制度を検討しており、法案数は70本以上と言われる雨後の筍状態なのだ。

 各州による表示制度は、自州特産品へのGM表示は恣意的に除外するなどパッチワークシステムが目立ち、表示を実施する食品製造業者に混乱と負担を招き、コストアップが消費者の不利益に通じる。GM表示実施に伴う消費者の支出増については、「たいしたことはない(一家庭当たり年間10ドル以下)」から「高額になるだろう(同1000ドル以上)」まで、さまざまな分析があるが、試算の条件が各々異なる(ラベル用紙印刷代~オーガニック食品へのシフト)ため単純な金額比較は意味をなさない。

 S.2609には、7月1日のヴァーモント州におけるGM食品表示法施行を止めたいという明確なタイムリミットがあるのに対し、S. 2621はより柔軟で連邦統一の全国的GM食品表示法が出来るまでは各州のGM表示を認めるべきだとしている。

 S.2609が基本的に業界による任意表示なのに対し、S. 2621は表示を企業に義務化する。また、表示方法がS.2609では、QRバーコード走査を利用した「SmartLabel」、ホームページやオンコールによる消費者への情報提供なのに対し、S. 2621は製品パッケージ表示欄への直接表記を要求する。こちらの妥協としては、文言以外に略記号、マークなど数種類の表記方法を選択可能としてはどうかという案がある。

<議会における今後の展開は?>

 即死は免れたとはいうものの、Clotureで48票しか獲得できなかったS.2609が60票まで12票を積み増すための先行きはかなり厳しい。Cloture投票直前までPat Roberts議員は民主党側に妥協案を示して懐柔を計った。提案されたのは、任意制度で当初スタートするが、食品業界の表示実施率が2年後に70%、3年後に80%に達しない場合には、USDAが義務化するというものだ。

 具体的な表示方法を除き、これ以上の妥協はUSDAのTom Vilsack長官が示唆したように最初から義務化とするか、食品業界の準備のための猶予期間を1年程度に短縮するくらいしかPat Roberts議員には手札が残されていない。この場合には、一応表示義務化したから、選出州への顔は立つと判断し、Clotureでは反対投票した49名から賛成に回る議員が12名以上いるかどうかだろう。

 しかし、上院において超党派的妥協が成立しても、任意表示法案H.R.1599を昨年成立させている下院の賛意を得るのは難しそうだ。特に、下院農業委員会はいかなるGM義務表示も認める雰囲気にはない。仮に両院が義務表示に合意したとしても、安全性ではない消費者選択のためのスキ・キライ表示を義務化するという妥協的解決策は、議会を超えてさまざまな議論を呼ぶことになるだろう。

 一方S. 2621には、これを支持するコアな議員が11名(民主党10、無所属1)いるものの、上院での成立はS.2609以上に難しいという見方が一般的だ。S.2609のClotureでは反対投票した49名全員が、S. 2621を支持しているのかといえば、それもありえないからである。

 S.2609の審議が行き詰まったと判断した場合、取り敢えずヴァーモント州の7月発効さえ押さえ込めばいいという判断から、共和党が州によるGM食品表示の施行を例えば2年間凍結するといった全く新たな提案を出すという観測もある。これなら任意か、義務かという最大の争点はぼやけるため、民主党側も乗りやすいかもしれない。

<議会の停滞に見切りをつけGM食品表示実施に踏み切ったGeneral Mills社>

 議会上院のファストトラック失敗に、農業・食品セクターには失望感が漂った。特に、議会が阻止に失敗した場合に備えて、7月1日からヴァーモント州向けに製品表示を予め準備しなければならない食品製造業界は焦燥感に駆られている。GMA(Grocery Manufacturers Association:食料製造業者協会)は、米国の加工食品の70~80%にGM成分が含まれると推算している。

 そして、3月18日食品業界最大手のGeneral Mills社(本社ミネソタ州)が動いた。同社は、単一州(ヴァーモント州)のみで表示するのは高価で実際的ではないとして、GM成分を含む製品には全国的に表示すると発表した。同時に、ウェブサイト上の自社製品に係わるGM成分検索ツールも準備・拡充する。

 これは、大手ナショナルブランドとしては1月のCampbell Soup社に続く動きだ。但し、Campbell Soup社が、連邦政府による表示義務化を支持するのに対し、General Mills社にはそこへの言及はない。これらの大手企業は、GM表示実施に伴う顧客離れを防止するために、受け皿としてオーガニック製品などの品揃えを推進してきた。

 食品製造業者に重くのしかかるのは、ヴァーモント州GM食品表示法違反に対する製品毎に1日最高1000ドルという高額な罰金制度だ。スナックを全国展開するHerr’s社(本社ペンシルヴェニア州)は、ヴァーモント州からの販売撤退も検討しているという。

 ヴァーモント州のGM食品表示法に対して法廷係争中のGMAは、傘下General Mills社の発表について直ちにコメントを出した。曰く、ヴァーモント州のGM食品表示法施行はビジネス上の重大問題であり、議会上院は4月休会明けに国内法令に関する動きのために必要とされる新たな緊急課題とするべきである。

 全米50州中で面積45位、人口49位(約63万人、因みにGMAは参加者数170万人)という小さなヴァーモント州は、全米の食品サプライチェーン全体を巻き込む爆心地となった。結果として国民的議論となった米国のGM食品表示問題を巡るカオスには、依然として収束の方向性が見えてこない。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい