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GMOワールドⅡ|宗谷 敏

どんなコラム?
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
プロフィール
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

チャイナ・ジレンマ~安全性問題にすり替わるダイズの経済戦争

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2013年8月5日

 中国メディアが「GM(遺伝子組換え)輸入ダイズを原料としたダイズ油摂食には発ガンの可能性がある」という黒龍江省大豆協会の王小語副秘書長の爆弾発言で盛り上がったのは1月ほど前だ。この騒動の背景を眺めると、食品安全性論争というよりは、貿易摩擦や経済問題が根底にあることが明らかになる。

 2013年6月20日に中央電視台(国営テレビ局)のウェブが最初に報じた王副秘書長の主張は、「2012年の中国ガン登録年次報告書(公式統計)によれば、胃ガンの最多発生地域はGMダイズ(搾油)処理が最大の江蘇省であり、GMダイズ油の消費量が多い河南省、河北省、甘粛省、青海省、上海市、広東省、福建省などに腫瘍の発生が集中している。一方、落花生油がメインの山東省はじめ、GMダイズ油の消費が少ない黒龍江省、遼寧省、浙江省、湖南省、湖北省、貴州省などでは、腫瘍の発生率も低い」というものだ。

 7月第一週になると中国国内などの主要メディアもこのトピックを取り上げたが、さすがに「ダイズ精製油にはGMダイズのDNAや発現するタンパクが含まれていないから、この主張には科学的根拠が無く成り立ち難いし、比較は全く無意味である」という政府研究所、学界や業界からの否定的コメントに力点が置かれていた。

 おそらく王副秘書長自身、そんな批判で自身が炎上するのは百も承知だったハズだ。しかし、インターネットなどのソーシャル・メディアを通じてGMダイズ(油)に対する公衆の不安を煽り、風評被害の素(大部分の加工食品にはGM成分が含まれているから表示要求運動が起きているという米国の実情を無視した「米国人はGM作物を食べていない」という噂を含む)がバラ撒かれたことで、中国産の非GMダイズ主産地黒龍江省の大豆生産者協会首脳によるやむにやまれぬ「自爆テロ」の目的は十分に達成されたと見るべきだろう。

 年間7,000万トンを超えるダイズを消費する中国において、今やその80%を輸入ダイズが占め、ダイズ油の90%以上は輸入GMダイズを原料とする。1997年には300万トン以下だったダイズ輸入量は2003年に2,000万トンを超え、2012年には5,838万トンに急増した。

 主要輸入元国は米国であるが、最近では約60%を南米(アルゼンチン、ブラジル)が占め、これらは全てGMダイズの主要栽培国である。一方、国内ダイズの生産量公式統計は1,300万トンに留まり、減少の一途だ。特に国産ダイズの1/3を産出してきた黒龍江省のダイズ栽培面積は、2009年の470万ヘクタールから2012年には253万ヘクタールに落ち込んだ。王副秘書長はじめ関係者の焦燥や危機感は理解できる。

 なぜこうなったのかは、貿易摩擦と経済問題に帰せられる。市場において、搾油業者はトン当たり4,600元の国産ダイズより4,400元の輸入(GM)ダイズを好む(僅差ともとれるが、搾油事業は原料ダイズを大量に使用するため総額では大差になる)。中国はGMダイズの栽培を許していないから、国産ダイズはすべて非GMだが、国民への情報不足から日本やEUのように非GMダイズへの消費者の選好に基づく価格優位性が効いていない。

 農家側の事情としては、ダイズを栽培するよりヘクタール当たり4,000元も収入の良いトウモロコシはじめ、他作物への栽培転換が加速している。このようにして、ダイズの国内栽培は負のスパイラルに陥っており、解決には政府からダイズ農家への生産補助金投入しかないだろうという説もある。

 GM作物への輸入について、中国政府は品種毎の安全証明を要求しており、他の輸入国同様厳しい管理態勢を敷いている。6月上旬、南米のメディアが、中国はMonsanto社の害虫抵抗性ダイズMON87701、害虫・除草剤抵抗性ダイズMON87701×MON89788およびBASF社の除草剤抵抗性ダイズCV127の3品種に対し、加工原料としての輸入を認める安全証書を新たに発行するというニュースを、大喜びで伝えた。事実関係は、6月10日の中国農業省公表により確認され、中国メディアも後追い報道した。

 この帰結的意味は、北京は国内需要を満たすために輸入ダイズへの依存を、遅滞なく恒常的に認めると解釈できる。従って、中国最北東部に暮らす王副秘書長の悲憤慷慨振りは、この時点での「政府のGMダイズ輸入審査は透明性を欠く」というコメントからも明らかであり、GM輸入ダイズ(油)発ガン説という意図的な暴挙に出る伏線となったことは、ほぼ間違いないだろう。

 経済問題を安全性論争にすり替える戦略は、別に珍しいものではない。1987年、低価格のマレーシア産パーム油の輸入が増加した米国では、ダイズ油の需要減退に危機感を抱いたダイズ業界が「アンチ熱帯産油脂キャンペーン」を展開し、大成功を収めた。「パーム油やヤシ油に多く含まれる飽和脂肪酸の過剰摂取は心臓病誘発の原因となる」という主張であった(人を呪わば・・・で、皮肉にも20年後に米国ダイズ業界は、トランス脂肪酸過剰摂取が心臓病誘発の原因となるという問題で苦しむことになる)。

 また、具体的戦術として因果関係不明のまま相関関係のみを利用するのも、王副秘書長の専売特許ではない。例えば、「米国ではアレルギー患者が増加しているのはGM食品の増加と軌を一にしている。GM食品はアレルゲンかもしれない」という類の主張。これを述べ立てるのはしばしば有機・自然食品関係者なのだが、「アレルギー患者が増加しているのは有機食品の増加と軌を一にしている。有機食品はアレルゲンかもしれない」という人を呪わば・・・返しも可能だということには、気がついていないらしい。

 GM食品の安全性については世界中で議論が絶えないが、それらの真偽を考察する場合には、王副秘書長のプリミティブなものからGilles-Eric Seralini教授のNK603 Rat Studyのように巧妙なものまでバリエーションに富む様々な悪評を世に流すことによって、「cui bono?」(誰がどんな利益を得るのか?)という冷静な視点も常に求められる。

(参照記事)

2013.7.8.   Wall Street Journal「China’s Genetically Modified Food Fight」

2013.3.16.  China Daily「China’s over-reliance on GM soybeans worries farmers」

2013.6.14.  China Daily 「China gives approval to GM soybeans」

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