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食情報、栄養疫学で読み解く!|児林 聡美

どんなコラム?
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
プロフィール
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在同大学特任助教。専門は栄養疫学。国家公務員の経験も持つ

みんなで栄養疫学を学ぼう

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2018年2月14日
図1. 栄養学の学問構造と正しい情報の流れ(文献1、File1-01(改変))

図1. 栄養学の学問構造と正しい情報の流れ(文献1、File1-01(改変))

 このコラムではこれまでに、栄養疫学の調査や研究論文作成の裏側を紹介してきました。
 栄養疫学がどのような分野なのか、だんだんとイメージがつかめてきたところではないかと思います。
 そこで今回は、栄養学全般やもっと広い科学全般の中での栄養疫学の位置付けと、その果たすべき役割をみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

●栄養学の3つの学問分野

 栄養学は3つの学問分野に分類されると考えることができるようです。
 3つの学問分野とはそれぞれ、(1)食べ物のための学問、(2)メカニズムのための学問、(3)利用のための学問です(図1、文献1)。
 それぞれの学問分野には、図1に示すような学問が含まれると考えられます。
 そして、各栄養学の研究を理解したり、利用したりするためには、それを取り巻く人文科学や自然科学などの幅広い知識も必要です。

●実験研究で解明する栄養学

 ここで、がんを予防するためにある食品を食べることを勧めるような情報を発信する場合、栄養学の3つの学問分野のどこで、どのような研究が必要となるのかを具体的に考えてみましょう。

 3つの学問分野のうち(1)の食べ物のための学問は、食品そのものを扱う基礎研究です。
 ここでは、ある食品の中にどのような栄養素が含まれているか、そしてその含まれている栄養素にはどのような特徴があるのか(加熱したり空気に触れたりすると変化するのかなど)といったことを、実験によって明らかにします。

 一方、(2)のメカニズムのための学問は、実生活で食べ物を食べることまでを視野に入れた応用研究です。
 ここでは、ヒトの体内で起こるミクロの現象を解明します。
 ある栄養素はがん細胞の増殖を実際に抑制するか、もしそうであればがん細胞中のどの部分に結合して効果を発揮しているのか、といったことを研究します。
 多くの場合、この段階でヒトが食べた効果を検討することはなく、培養したがん細胞でそのような現象が起こるかを確認したり(細胞実験)、マウスやラットなどの動物に食べさせて生きている動物の臓器の中でも同じ現象が起こるのかといったことを調べたりします(動物実験)。
 これら(1)(2)の学問では、栄養学を実験研究で解明していきます。
 大学では、栄養学という名前のつく学部以外に、農学部や理学部などでも教育が行われています。

●疫学研究で解明する栄養学

 残る(3)の利用のための学問は、主にヒトを調べる応用研究です。
 食べ物のための学問やメカニズムのための学問で明らかになったことを、どのように日常に取り入れれば効果的かを解明し、具体的な行動を提案します。
 ここでは、がんを予防する可能性のある食品を、実際にヒトが食べたときにどうなるか、多数のヒト集団を対象にした疫学研究で明らかにします。
 ヒトを扱うため、大学では栄養学系の学部以外に、医学部などでも教育が行われています。

 栄養疫学は、臨床栄養学や公衆栄養学といった栄養学の知識と、疫学の手法を用いて実施する研究ですから、3つの学問分野の中では利用のための学問に含まれると考えられます。

●3つの学問分野の役割は異なる

 この3つの学問分野の相違点を理解しておきましょう。
 (1)の食べもののための学問は基礎研究という位置づけで、実際の生活に応用される研究の基になる事実を明らかにする役割を持っています。
 (2)と(3)はどちらも応用研究という、日常生活に活かす情報をつくるための研究という位置づけです。
 このうち(2)のメカニズムのための学問では、「なぜ」そうなるのかが明らかになります。
 けれども、実際のヒトが食べても同じことが起こるのかどうかはわかりません。
 一方、(3)の利用のための学問ではヒトが日常的に食べる「量」でそれが起こるのかがわかります。
 けれども、「なぜ」そのような効果が発揮されるのかはわかりません。

 それぞれの学問分野で、明らかにできることが異なるのです。
 がんを予防するためにある食品を食べるべきかを判断するためには、3つの学問分野で得られる研究結果それぞれが必要です。

●一部の学問分野の結果では行動に移せない

 もし、一部の学問分野の結果だけに基づいた情報が発信されたらどうなるでしょうか。
 例えば、食べ物のための学問で、ある食品○○の中にある栄養素が発見されたとします。
 そしてメカニズムのための学問で、その栄養素にがん細胞の増殖抑制効果があることと、どの部分に作用してその現象が起こるかが解明されたとします。
 けれども、もしかしたら、この現象はヒトが日常的に食べている量であれば起こらないかもしれません。
 それは、利用のための学問である栄養疫学研究が実施されていれば明らかになることです。
 ところが、実験研究の結果だけを基に「食品○○ががんを予防する可能性がある」そしてそれが「がんを予防するためには食品○○を食べましょう」という情報に発展して伝わってしまう例を、よく目にします。
 その例のひとつは、私が実験研究から離れることになったきっかけとなった出来事で、このFOOCOMコラムの第1回でご紹介しました(連載第1回 きっかけは鮭茶漬け? 栄養疫学が自分のフィールドになったわけ)。

 実験研究で得られた結果から考えると、確かに食品○○ががんを予防する可能性がないわけではないのでしょう。
 けれどもそれは、将来の可能性としてゼロではないという意味で、まだ効果があるともないとも言えない状態です。
 その真の意味を伝える努力をせずに「食品○○ががんを予防する可能性がある」と研究者やマスコミが伝えてしまったら、それを受け取った一般の人たちは、字義どおりにしか解釈できません。
 この状況をより正確に伝える努力が、それぞれの専門家に求められていると感じます。

 そして、3つの学問分野それぞれの科学的根拠を統合して情報を発信しようとすれば、利用のための学問、つまり丁寧で多数の栄養疫学研究を実施しなければなりません。
 そのためにはこのコラムで紹介してきたような、大変な労力のかかる調査を行い、数多くの研究が実施される必要があります。
 疫学的なしっかりとした裏付けを示すことは、3つの学問分野の中でも最も時間と労力のかかる作業ですし、このステップを確実に踏もうとすると、氾濫するほどの情報を生み出すのは不可能です。
 疫学研究者のひとりとしては、情報発信に疫学研究も不可欠であること、もっと他分野の研究者や医療の専門家、マスコミ、そして一般の人たちに認識してもらえれば、情報の氾濫は起こりにくくなるのではないかと思っています。

●たくさんの人が気づき始めている

 ところが、この情報氾濫を憂いているのは疫学研究者だけではないようです。
 実験研究者たちも、自分たちの研究結果が大きく報道され、一般の人たちに伝わり、社会に影響を与えてしまっている状況を目の当たりにして、困惑しているようです。
 とはいえ、これらの研究者は主に農学部や理学部などで教育を受けている場合が多く、栄養に関して系統的に学ぶ機会がありません。
 そのため実験研究者たちは、このような情報の氾濫がなぜ起こってしまうのか、自分たちに不足している知識や認識は何か、そしてこの状況に対して自分たちが果たす役割は何か、学ぶ必要性を感じているようです。

 昨年、栄養学の実験研究者が多く集まる日本農芸化学会の若手研究者の会では、この状況をどう解決したらよいのかといったことをテーマにしたシンポジウム(第24回 農芸化学Frontiersシンポジウム)が開催されました。
 そこへ私は演者として呼んでいただき、今回のコラムで紹介したような、栄養学の学問構造、実験研究と疫学研究の果たす役割や位置付けの違い、それぞれの学問分野の研究が必要であることなどを紹介しました。

 多くの実験研究者にとって講演内容は新鮮だったようです。
 そのときの講演内容を、実験研究者の果たすべき責任を考えるひとつのきっかけにしていただければ嬉しく思います。

 また、食に関する普及啓発活動を行っているILSI Japanという団体では、食の情報発信という面から栄養疫学研究そのものや、それら研究論文を読み解く能力の必要性を感じ、私たちの研究室へ勉強に来られています。
 多くの方が農学などの分野の博士号を持っている専門家の方々ですが、栄養疫学分野の研究論文を読んだことはこれまでにないそうで、新鮮な気持ちで学ばれています。

 さらに、若手の動きとしては、栄養学系の大学院に通っている大学院生を中心に勉強会が起ちあがりました。
 東京栄養疫学勉強会というこの会は、たとえ栄養系の大学院に通っていても栄養疫学を体系的に学ぶ機会がないことから、それならば自分たちで大学の外で学ぶ機会を作ろうということで、2012年より始まりました。

 この団体では、会の運営を全部自分たちのボランティアで行っています。
 年に4回のペースで勉強会を行っていて、毎回40~60人程度が集まる会として、活動も6年続きました。

 これらの場所で学んだ人たちが、それぞれの現場で栄養疫学の知識を活用し、多くの一般の人や患者さんのためになる情報を発信できる人たちになってくれるのはないかと期待しています。
 たとえ一人ひとりにできることは限られていても、たくさんの人の力が集まればきっと大きな力となり、氾濫している情報に立ち向かえるような気がしています。

参考文献:
1. 佐々木敏. わかりやすいEBNと栄養疫学. 同文書院 2005.

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