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農と食の周辺情報|白井 洋一

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

有機農業は環境に優しいか? ヨーロッパで比較研究がさかんな理由

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2012年12月5日

 有機農業は化学肥料や農薬を使わないので、環境への負荷も少ないというイメージある。一方で、農薬を使わない分、病害虫の被害も多いし、肥料が制限されるので収量(面積あたりの収穫量)が減り、良いことばかりではないという反論もある。

 2012年5月9日のコラム、「有機農業と慣行農業 収穫量を比較する」でも書いたように、有機農業と慣行農業、どちらもメリットを活かしてそれぞれやっていけば良いのだが、そう簡単にことは収まらない。収量の低さはともかく、有機農業は環境に優しくないとなっては補助金がでなくなるからだ。

環境影響の評価もさまざま

 2012年は「有機VS.慣行農業」を比較する包括的解析(メタアナリシス)の論文が相次いで出た。包括的解析とは、自分で調査したデータではなく、他人の論文を多数集めて、その結果から平均値を出し、相関関係などを統計学的に分析したものだ。調査方法の異なる論文データをひとまとめにして解析することに問題ありという批判もあるが、包括的解析はどの研究分野でも今流行だ。

 3月、4月に発表された収量に関する「有機VS.慣行農業」の解析は、5月9日のコラムを参照していただきたい。

 9月、10月には環境への影響の論文が出た。1つは英国オックスフォード大研究者による「有機農業は環境へのインパクトを減らすか?」という論文で環境管理学誌に載った。

 ヨーロッパで実施された71本の論文を分析し、土壌有機物の保持力、チッ素肥料の農地外への流出、チッ素酸化物の放出、アンモニアの放出などを調べ、有機農業の方が慣行農業より環境に良いという傾向が見られた。ただし、これは農地面積あたりの値であり、農産物の重量あたりに換算すると逆の結果を示した。

 有機農業では、収量が低いため、収穫量を増やすには多くの農地を必要とする。同じ量(例えばジャガイモ1キロ)を生産するときに出るチッ素酸化物やアンモニアの放出量で比較すると、必ずしも有機農業が環境に良いとは言えないという。

 論文では「収量を上げ、同時に環境への負荷を少なくする栽培技術を開発するが必要ある」、「肥料や農薬も適度に使って、農地を効果的に利用するべき」と述べている。

 一見、もっともな指摘だが、有機農業にとっては無理な要求だろう。ヨーロッパで有機農業が発展し始めた1990年代は余剰農作物、作りすぎをどうするかが問題になり始めた時期でもあった。肥料や農薬の使用を抑えて、あえて収量を低くし、その分、化学肥料・農薬を使わないことで付加価値の高い農産物を作ることが、有機農業の目的の一つだった。「収量の高い有機農産物」はその目的に反するのだ。

 有機農業推進側も黙っていない。「有機農業は環境に良い。温室効果ガス削減に貢献する」という包括的解析論文がPNAS(米国科学アカデミー紀要)に載った。

 スイスの民間有機農業研究所による「有機農業は農地表土の炭素貯蔵を促進する」というもので、世界各地(ほとんどは温帯、冷温帯地域)でおこなわれた74本の論文を解析した。

 有機農業では麦や牧草を緑肥として栽培するカバークロップが多く取り入れられる。作物の収穫後の後作(あとさく)だけでなく、作物と一緒に混作することもある。

 カバークロップは肥料効果や雑草の発生を抑えるだけでなく、温室効果ガスである二酸化炭素を吸収して土壌中に蓄積する効果があると近年注目されている。森林による二酸化炭素吸収効果の農地版だ。

 土壌中の炭素蓄積効果を比較した結果、統計学的には有機農業の方がやや効果が高いという結論が得られた。しかし、使用したカバークロップの種類や農地の耕し方など栽培管理方法はそれぞれ異なっている。今回調べたのは表土だけでもっと深い下層土のデータもないと十分な結論は出せないと論文の著者も書いているが、温室効果ガス削減に注目した最初の包括的研究という価値はあるだろう。

有機農業には手厚い補助金

 「有機農業は環境にとってほんとに良いのか?」、「地球温暖化対策にも貢献するのか?」がヨーロッパで争点となるのはたんに学問上の問題ではなく、公的資金の投入が絡むからだ。

 今、EU(欧州連合)は次の中期(2014から2020年)の予算額でもめている。EU予算は加盟27国の拠出金を財源にしているが、約40%は農業関連に使われている。農家への直接支払い(所得補償)に7割、環境支払いや緑地保全に2割、食品産業の輸出補助に1割が使われているが、2014年からの新農業政策では、全体に占める予算割合を33~36%に減らし、配分も直接支払いを減らし、環境に良い農法を取り入れた環境支払いを増やす計画だ。

 総予算削減や直接支払いの配分減には、フランス、ドイツなどが反対している。一方、イギリス、デンマーク、スウェーデンは「補助金依存はヨーロッパ農業の海外競争力を弱くする。もっと補助金を減らせ」と加盟国間で対立している。

 11月に欧州委員会は農業予算を含め全体予算をさらに削減する提案をした。
(EurActiv.2012年11月15日)

 景気の良かった時は、有機農業などグリーン農業は環境への負荷を減らし、生態系保全にも役立ち、その上温暖化対策にも貢献するともてはやされたが、農業予算全体が大幅に減らされ、さらに直接支払いとの間で補助金の奪い合いとなると、悠長に構えてはいられない。

 「有機農業はほんとに環境負荷を減らすのか」、「たとえ減らすにしても多額の公的資金(税金)を投入するだけのメリットがあるのか」という厳しい指摘がでてくるのだ。

日本ではどうなる

 日本でもヨーロッパほどではないが、環境に良いとされる栽培法を取り入れた農家には補助金が直接支払われている。2011年度は新規事業として13億3100万円の補助金が投入された

 補助金の対象となるのは、化学肥料と農薬を使わない「有機農業」、化学肥料と農薬を5割以上減らした上で、さらにカバークロップ(麦や牧草などの緑肥作物)や冬期湛水(冬水たんぼ)などを取り入れた栽培だ。「カバークロップがほんとに地球温暖化対策になるのか?」「冬期に田んぼに水をはるのは雑草防除や水鳥保護のメリットはあるが、水の少ない時期に表日本で水田を維持するにはコストがかかる」など、その効果や、全体としての利益・不利益を疑問視する声もある。

 「環境に良いから」、「水鳥保護のため」と個人あるいは民間団体が自己資金でやっている分には、どこからも文句がつかないが、税金を使って補助金がでるとなると、その効果の検証がせまられることになる。

 日本でも有機農業や環境保全型農業が増え、それに使われる環境支払いとしての補助金が増えると、ヨーロッパのような比較研究、検証研究も増えてくるだろう。これが有機農業善悪論にならないようにするためには、はじめに研究の目的をはっきりさせておく必要がある。

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