科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国ワシントン州民もGM食品義務表示を拒否

宗谷 敏

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 米国選挙日(11月の第1月曜日の後の火曜日)に当たる2013年11月5日、ワシントン州では35万人分の署名を集めたGM(遺伝子組換え)食品表示を州内で義務化する住民発議Initiative-522 の投票が実施された。同様趣旨の発議だった1年前のカリフォルニア州Prop.37 は僅差(2.8ポイント)をもって否決されたが、I-522も一部開票の結果から否決されるとメディアは報じている。

 投票結果が確定しないのは、ワシントン州が11月5日消印有効の郵便投票を認めているからであり、最終集計には1カ月程度かかるらしい。同州有権者数は約390万人(因みにProp.37の場合、投票率は55.5%)だが、99万票が開票された11月6日には、YESが45.2%に対しNOは54.8%で9.6ポイント差だった。161万票が開いた11月9日現在では、YESが48%に対しNOは52%と4ポイント差に詰まった

 GM表示支持組織YES ON I-522は、逆転勝利への可能性はゼロではないとまだ希望を捨てていないが、11月9日現在、州内39郡のうちで優勢なのは6郡に過ぎず、最終的にはI-522は否決されるだろうというのが、メディアによる分析の大勢だ。

 これらの分析を信じるなら、詰まるところI-522は、Prop.37のミニ・二の舞(ワシントン州の人口約672万人に対し、カリフォルニア州は全米の12%を占める約3,725万人で最大の州)に終わったということになる。従って、筆者の敗因分析もProp.37とそう変わるものではないが、一応整理しておく。

 敗北が確定したなら、YES ON I-522は、おそらくPR合戦に費やされた集金力の差だったと主張するだろう。たしかに、YESへの寄付金804万ドルに対し、GM表示反対組織NO ON 522は2,201万ドルを集め、さらにGMA(全米食品製造者協会)が1,105万ドルを上積みし、I-522はワシントン州の記録における最も高価な住民発議議題となった。

 制度としての紛らわしい不完全さやコストを主な理由に、Seattle Times紙などワシントン州の主要メディアの殆どがGM表示反対に回った後の10月下旬世論調査を見ると、YESが66%から46%に下降し、NOは21%から42%に急上昇した。これもProp.37の時と似通った動向である。しかし、集金額が純粋に集票に反映された結果として、当初のYES支持率が減少逆転したとするなら、NO側がI-522を上回る4,500万ドルも集めたProp.37では、もっとポイント差が開いてもいい筈だ。

 I-522は、Prop.37の失敗に学び住民個々による違反訴訟を廃し、州検事総長に罰則に係わる司法権を一任して、食品業界からの反発を和らげようとした。しかし、NO側から不公平さに繋がるスコープ(表示範囲)の不明確さなどを突こまれて苦しむ。「GM表示しろ、します」と言うだけなら簡単だが、GM食品表示の制度設計の難しさは別格なのだ。

 もちろん州民の最大関心事が、実施コストと食品価格の値上がりであったことは間違いない。たいしたことはないとするYESと、4人の標準家庭で年間360ドルから490ドル(2019年以後)の支出増が見込まれると主張したNOが真っ向から対立し、各々の論拠(らしきもの)を示し譲らなかった。

 この問題に偏らない回答をもたらしたのは、州議会からの要請を受けてワシントン州科学学会が10月9日に公表した報告書である。同報告書は、州政府の管理コストは高額だと分析し、消費者経費も上昇するというNO側の主張を認めた上で、それがどれだけ増えるのかは不明(これは、消費者心理的にはNOが示した具体額以上のインパクトがあったかもしれない)とした。また、GM食品の安全性についても、科学的に在来食品と同等であるとも説明している。

 しかし、ここで一つ疑問が湧く。YES側がしばしば引用したように、7月28日にNew York Times紙が発表した世論調査によれば、実に米国人の93%がGM食品表示を望んでいる。それなのに、どうして州の投票は接戦にもちこまれ、YESは勝てないのだろうか?

 これについては、11月1日に興味深い調査が発表された。このラトガ-ス大学(ニュージャージー州)の分析によれば、メディアの熱狂にも拘わらず、米国人の53%はGM食品について殆ど、または全く知らないと答え、そのうちの25%は聞いたこともないと述べた。一方、26%が、米国の現行規制はGM食品表示を必要としないことを知っており、43%はGM食品がスーパーにあることを認識し、26%が自身も食べていると信じているが、どの食物がGMなのかはあまり詳しくない。

 82%が購買時に食品表示を見るが、どのような情報を望むかに対してGM食品という回答はたった7%に過ぎない。対照的に、GM食品には表示が必要かと直接尋ねた場合には、73%がYesと答えている。欲しい表示項目については、成長ホルモン63%、農薬62%、抗生物質61%、原産地60%、アレルゲン59%、GM成分59%だった。安全性についての設問もあるが、長くなるので省く。

 この調査からイデオロギーや感情が、必ずしも具体的な消費行動には反映されてないことが分かる。重要なのは、世論調査は設問設計により結果は異なるから、単独の世論調査や声の大きさだけを拠り所としてポピュリズム主導の政策決定を行うのはリスキーだということだろう。

 YESがこの発議の根底を成すと主張する「(消費者の)知る権利」に対し、NOが真っ向から異議を唱えることは難しい。しかしながら、Prop.37でも指摘したように、YESの「知る権利」の女神は、立場上「安全性懸念」という不肖の連れ子を伴わざるをえないために、自らその輝きを曇らせてしまうのだ。

 女神の美しい「知る権利」裳裾に絡みつく連れ子の存在から、隠された「GM食品を市場から排除」というYES側の商機の都合、不純な動機を、ワシントン州の鋭敏な投票者は必ず悟る。そこから、大部分の自州農家が苦境に立つと反対する理由や、ナショナルブランドの食品産業は自州を見捨てる(カリフォルニア州では起こりえない話だったが)かもしれず、地場の食品産業も対応に苦しむという自分のサイフ以外にも、自州に経済的問題が派生することにまで思いは至るだろう。

 投票者が安全性に不安を抱けば、避けるための表示は必須と感じるに違いないというのは、YESの致命的な戦術上の誤りだ。しかも、GM食品の安全性を示唆する膨大な数の科学文献とそれらを支持するオピニオンリーダー、EUを含む規制権威の承認、上市以来皆無の死亡事故という実績などから、この戦線においてYESはNOに勝てない。投票者が通常あまり目にしない科学ベースの情報が出れば出るほど、現実はNOに有利に働く仕組みになっているのだ。

 例えば、1カ月ほど前に、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)のコミュニケーションアドヴァイザーが書いたコメンタリーや、ベースになっているオーストラリア政府産業省の報告書をYESは研究すべきだろう。

 「GM食品論争では、科学の正当性について議論することが、罵倒するのと同じぐらい有効です。なぜなら私たちの価値観や世界観は、メッセージの受容に対してフィルターとなるからです。
 情報が複雑な場合、人は情報の内容よりも価値観に動かされて情緒的な基準で判断を下す傾向があります。人の価値観や世界観に合致しないメッセージは拒絶されるか、却下されがちです。
 科学技術と自然に対する寛容な態度が、GM食品に対する消費者動向に影響を与えます。科学技術に賛同する価値観はGM食品支持への強い兆しです。」

 GM食品には、NOが喜んで飛びつく芳しくない「神話」がいくつもつきまとう。しかし、このところ(SeraliniのNK603 Rat Study騒動以後と言っていい)科学者が参加することにより米国の一般メディアや論戦は、かなりレベルアップしてきている。YESとNO両陣営のやかましいPRや、連日の報道に曝され続けたカリフォルニア州やワシントン州の人々の理解は、他州に比べても格段に進んだのではないかと思う。YESが仕掛けた結果としては皮肉な事態と言えようし、2州の授業料はあまりに高価ではあるとしても。

 そして、2州における「惜敗」にすがりついて、そこに価値観を見出すYES側は、オレゴン州(人口380万人程度)において、次のイニシャティブを計画している。エピソード2のワシントン州は終わっても、米国におけるGM食品表示論争はまだまだ続くが、それらはいずれ稿を改めて書きたいと思う。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい