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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

除草剤受難 ヨーロッパのグリホサートに続いて米国のジカンバも訴訟騒ぎに

白井 洋一

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 12月15日に使用期限が切れる除草剤グリホサートをめぐり、欧州委員会は11月9日に再投票を行ったが、今回も有効票に達しなかった。前回のコラムに書いたように、ぎりぎりまでもつれるのは予想されていたが、9日にはヨーロッパ以外でもグリホサートに関係したニュースがいくつかあった。

●再投票の結果

 9日の再投票で、欧州委員会は、前回の10年間更新案に代わって、半分に値切って、5年間更新案を提示した。これに対して、賛成14国(人口割合37%)、反対9国(32%)、棄権5国(31%)で、15国以上、65%の有効票ラインに達しなかった。大国ドイツは今回も棄権し、前回より賛成が2国減り、棄権が3国増とますます混沌とした結果になった(ロイター通信、2017/11/09)。 

 もし期限切れでグリホサートが使用できなくなったら、困るのは農民だけではない。欧州連合(EU)で使用禁止の農薬となると、海外から輸入する農作物の残留農薬基準値にも影響する。EU未承認ということで基準値は厳しくなり、多くの輸入農作物が基準値超えとなる。EUは大量のダイズを飼料用として南米や北米から輸入しているが、多くはグリホサート耐性の遺伝子組換え品種だ。

 現在、飼料用ダイズのグリホサート残留基準値は1キログラムあたり20ミリグラムだが、未承認農薬になると0.01ミリグラムとなり、大半は輸入禁止、利用禁止になる。畜産業界だけでなく、消費者にも直接影響する。今までもトウモロコシの組換え品種の輸入審査は遅れても、ダイズ品種の承認作業は優先してきた。飼料用ダイズの輸入が止まったらどうなるか欧州委員会(行政府)はよく分かっているはずだ。

 欧州委員会が次にどんな妥協案を出すのかわからないが、さらなる値切りは欧州委員会の決定システムへの不信、不満を増幅させるだけだろう。加盟国投票で決着しない場合の最終手段(デフォルト決定)を使って、当初の10年間更新で押し切るのが一番と思うのだが、たぶんそうはならないのだろう。

IARCが無視した米国の大規模健康調査が論文に

 11月9日、「大規模農業従事者健康調査におけるグリホサート使用とがん発症率の関係」と題する論文が電子版(国立がん研究所会誌)に載った。

 1993~2010年に米国の8万9千人の農民を対象に、グリホサートの使用歴と22種のがんの発生頻度を追跡した大規模集団調査だ。いずれのがんの発生もグリホサート使用とは統計的に有意な関連はなかったというのが結論だ。

 今回の論文発表の背景は複雑だ。グリホサート騒動は世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)が2015年3月に「グリホサートはおそらく発がん性の可能性がある」と発表したことが発端だった。3月の決定の際、米国で行われていた農業従事者健康調査の結果をIARCは知っていたが、無視して闇に葬ったと、6月14日のロイター通信が大きく報道した

 この記事によると、IARCは論文になっていないので採用しなかっただけとコメントし、この大規模調査が公表されて陽の目を見るのかは分からないとある。

 11月9日に公表された論文は、ロイターの記事から2か月後の8月22日に投稿され、9月20日に一部修正の後、10月6日に受理されている。論文公表のきっかけがロイター記事だった可能性が高いが、IARCに反論するなら、なぜもっと早く公表しなかったのかと思ってしまう。

 IARC決定に関わった委員の利害関係にもさまざまな情報が流れている。この論文をIARCやグリホサート反対派は無視するだろう。せっかくの大規模調査の貴重な論文だが、グリホサート騒動の科学的な解決の追い風にはならないだろう。

ジカンバによるドリフト被害多発 米国での使用禁止にモンサント訴訟も

 11月9日のニューヨークタイムス紙は「ブリュッセルからアーカンソー モンサントにとって厳しい一週間」というタイトルで長い記事を載せた。

 ブリュッセルはEUのグリホサート承認騒動だが、米国南部、ミシシッピ川西岸のアーカンソー州で何が起こったのか?

 11月8日、アーカンソー州の作物委員会は、モンサント社の除草剤ジカンバを来年4月16日から10月末まで、ダイズとワタ畑で使用禁止にした。ジカンバはグリホサートが効かなくなった抵抗性雑草対策の救世主として期待されている。古くからある除草剤だが、モンサント社はこの除草剤を散布しても枯れない組換えダイズとワタを開発し、グリホサートと合わせて使用する製品として売り出した。

 ジカンバの難点は、オーキシン系という植物の生理作用をかく乱する物質のため、ドリフト(漂流飛散)や揮発化(ガス状化)によって、低濃度でも周辺の作物に生理障害を起こすことだ。このため、環境保護庁(EPA)は長い時間をかけて審査し、昨年(2016年)11月にようやく承認した。揮発化しにくい製剤のみ使用可で、古いタイプの製剤はだめ。風の強いときは散布禁止、空中からの散布も禁止などグリホサートと比べて、はるかに厳しい使用条件を付けての承認だった。

 2017年からジカンバ耐性のダイズやワタが正式に栽培され、作物が成長してから葉に直接、ジカンバを散布できるようになった。ところが6月中旬から、ジカンバの影響で作物の葉が枯れたり、変色したという苦情が周辺の農家から殺到した。野菜や果樹農家からの苦情もあるが、ジカンバ耐性でないダイズ農家からの苦情が多かった。

 他州でも苦情はあるが、アーカンソー州は2千件以上ともっとも多く、州の作物委員会は7月11日に今年のジカンバ使用を緊急停止した。11月8日の決定は来年の使用時期だ。4月16日から10月末まで禁止となると、栽培期間中にダイズやワタにジカンバを散布できなくなり、ジカンバ耐性組換え品種のメリットがなくなってしまう(Farm Press、2017/11/09)

●使用禁止に モンサント訴訟の構え

 アーカンソー州の決定は、今後、知事の承認が必要なのでまだ最終決定ではない。ドリフト被害を受けた農家の側でも、4月16日からではなく、5月か6月上旬から禁止でも良いのではという声もでている。4月中旬から使用禁止の案をアーカンソー州が出した9月8日、モンサント社は、ドリフト被害は生産者が使用条件を守らなかったためで、葉が変色しても収量には影響していない、もっと事実を調べて科学的な判断をしてほしいと同州を訴える意向を表明した(ロイター通信、2017/09/08)

 10月13日にEPAが来年のジカンバ使用を今年よりも厳しくすると発表したが、使用禁止期間は求めていない。風速制限強化、農民への教育・訓練の徹底、散布記録をしっかり残すことなど、モンサント社などメーカー側の要望に沿った規制案だ。もっともEPAは昨年11月にジカンバ使用を承認した際、2年限定の承認で、状況を見て見直すことにしていた。今回の改訂で、来年改善されなければ、さらなる制限か、使用取り消しもありうると示唆している。

●グリホサートが効かなくなった抵抗性雑草のまん延が発端

 空中からの散布はもちろん禁止、秒速4.4メートル以上の強い風では散布できない(今年の条件は秒速6.6メートル以上)。風がなくても、夜間に高温になると揮発化して遠くまで飛散しやすいので注意が必要。こんな使いにくいジカンバを農民が使わざるを得ないのは、グリホサートの効果がなくなった雑草問題が深刻だからだ。ジカンバの次に商品化が予定されているダウ社(合併してダウデュポン社)の除草剤2,4-Dもオーキシン系で揮発化しやすいので、同様のトラブルが起きる可能性がある。

 ジカンバや2,4-Dによる農業現場の問題は、4年半前 (2013年5月22日) の当コラム「米国農務省 組換え作物の栽培承認延期 包括的環境影響評価を実施」で紹介したように、反遺伝子組換え、反農薬の団体ではなく、まっとうな研究者や生産者団体から指摘されていたことだ。

  ヨーロッパの承認をめぐる政治ショーとは別次元の話だが、米国の例はいくら良い製品でも使い方を誤ると、全体としてマイナスの方が大きくなることを示している。ジカンバ使用制限の今後や苦闘する抵抗性雑草対策については改めて報告する。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介