科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

特集

北海道O157食中毒 浅漬けの悲劇を繰り返さぬために

森田 満樹

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 札幌市岩井食品の浅漬けを原因としたO157集団食中毒は、死者7名とO157集団食中毒では過去2番目の多さだったにもかかわらず、メディア報道は控えめだ。風評被害に配慮した落ち着いた報道といえるかもしれないが、どうも事の重大さが伝わってこない。事業者の責任を問う報道も少なく、昨年のユッケによるO157食中毒事件や、これまでの食品安全関連の事件に比べるとアンバランスな気もする。

 そう思っていた矢先に、札幌市と北海道の浅漬け製造施設の立入調査の結果が発表された。あまり報道されていないが、過半数が原材料の消毒を行っておらず、衛生管理状況もかなり悪い。今後は全国の製造施設の立入調査が行われ、実態が明らかになっていくだろう。今回の事件のような悲劇を繰り返さないために、浅漬け製造施設はどのような対策を講じたらよいのか。食品事業者の責務が問われている。(森田満樹)

特集1 浅漬け製造施設の多くが、原材料の消毒を行っていない

 今回、岩井食品がどのような記者発表をしたのか報道で知ることしかできないが、同社は原因食品の漬込み日に「通常の約2倍の材料を一度に漬け込んで消毒液が薄まった」と説明している。記者の質問に対して、消毒の管理基準もなく、記録も無く、従業員の勘に任せていたと答えた。これには本当に驚いた。

 食品安全の様々な事件を受けて、2003年に食品安全基本法ができ、食品衛生法も改正され、食品事業者の責務が明文化された。それから10年、食品事業者は食品安全を第一義において、現場の管理を徹底してきたものと思っていた。ところが、札幌市がまとめた調査報告(8月28日に市が厚労省に提出)で、同社の調理加工状況は「製造記録はほとんど残されていない」とされている。

 浅漬けは他の漬物と違って食中毒のリスクが高いのは、漬物製造者であれば知らないはずはない。O157などの食中毒のハザードを理解して、HACCP(衛生管理手法)等を取り入れて、食の安全を担保すべきだ。岩井食品のようなずさんな作り方が通用するわけはないと思うのだが、それでも商売として成り立っていた。それが現実だろうか。

 その背景には、食品事業者を取り巻く環境悪化もあるのだろう。景気低迷から価格競争はますます激しくなり、原料が高騰しても最終製品に反映させることはできない。流通サイドからのプレッシャーもあるだろう。そういえば最近の漬物は、スーパーなどの野菜売り場で売られている野菜と同じくらいの値段の、安い製品を見かける。裏返して原産地をみると国産とあり、これは採算ぎりぎりだろうと思う。それがよく売れている。事業者も辛いと思う。

 競争が激しさを増す中で、同社は安全性よりも、スーパーの棚に自社製品を置き続けることの方を優先したのだろう。問題の浅漬けが漬け込まれた7月29日、このロットの消費期限は8月2日から4日となっている(消費期限の付け方もいい加減)。暑い中で製造工程や流通工程でリスクを高めることは明白で、製造現場ではこんな時こそ食中毒を起こさないように気を引き締めてほしかった。

●道と市が明らかにした浅漬け製造施設の実態

 一方で今回の事件は、業態によるところも大きいとも思う。もともと漬物は伝統的な保存食品であり、古くからその土地固有の食文化として根付いてきた。しかし最近は、しょっぱいものや発酵食品の匂いが敬遠される傾向にあり、それを補う形で、浅漬けやキムチの分野が成長してきた。こちらは新規参入組が多く、伝統食品としてのブランドを確立しておらず、競争が激しい。従来の漬物とは衛生管理のポイントも異なるが、それが事業者に周知されていなかった。
 そう思わせる結果が、市と道の立ち入り調査で、明らかになっている。

 北海道と札幌市では、今回の事件を受けて、管轄内の漬物製造施設の一斉立ち入り検査を行った。札幌市調査結果によれば、29施設中15施設が浅漬けを製造しており、そのうち原材料の消毒を実施していなかった施設は3施設。市ではこの施設に対して消毒を行うよう指導している。また、道立保健所管内の調査結果では、浅漬けを製造する116施設のうち、85施設が消毒をしていなかった。道では、この85施設に殺菌するよう指導を行い、殺菌を実施していた残りの31施設についても次亜塩素酸で適切な濃度で殺菌するよう指導を行っている(指導は、厚生労働省の示した大量調理施設衛生管理マニュアルに基づいて行われた)。
 他の衛生管理項目も不備が目立ち、多項目にわたって指導が行われている。

 道と市の実態調査をあわせると、浅漬けの原料野菜を消毒していない事業者は過半数を超えたことになる。しかし、これらが法令違反にあたるわけではない。浅漬けの消毒は、厚労省が1981年に定めた「漬物の衛生規範」の中にあるが、原材料の野菜の洗浄、消毒については、消毒液の濃度や殺菌時間を具体的に定めていない。

 現在の衛生規範では消毒は定めていないものの、業界団体では「浅漬及びキムチの製造・衛生管理マニュアル」を作成し、食品産業センターでは「HACCP手法を取り入れた浅漬け及びキムチの製造・管理マニュアル」を作成している。後者は誰でもダウンロードでき、管理手法がわかりやすく解説されている。ここでは消毒濃度と時間について、次亜塩素酸ナトリウム溶液の場合は100-200ppmで10-15分としている。さらに、この消毒では、生菌数は一万個から千個程度に落とすのが限度としており、消毒を過信せず総合的な衛生管理が必要としている。
 しかし、道と市の調査結果を見る限り、このマニュアルが普及していたとは思えない。

 それにしても、なぜ消毒をしないのだろうか。ある事業者は「消費者が消毒を嫌うから」という。しかし、家庭で浅漬けを作るのとはわけが違う。大量製造でどこかでO157に汚染され、それに製造工程の管理不足が重なればどんどん増える。家庭ではすぐに食べきるが、市販品は消費期間が数日間だ(今回の浅漬けは漬け込みから最大7日間のものもあった)。その間に菌が増えて、たくさんの人の命を危険にさらすことになる。だから消毒が必要なのだ。消費者も、家庭の浅漬けと市販品では、求められる管理がまるで違うことを理解する必要がある。

 また、「消毒に使われている次亜塩素酸ナトリウム溶液が消費者からみてイメージが悪い」という。確かに、消毒というとつんとする塩素臭を思い出させる。しかし野菜の洗浄に使われる溶液は濃度が薄く、消毒後は流水洗浄が行われ除去される。食品添加物としての安全性も確認されている。次亜塩素酸ナトリウム溶液を使いたくなければ、他の消毒方法もある。まずは消毒の意味と安全性についての理解が必要だ。そのうえで消費者に情報提供をしてもらいたい。

 国も動き出した。厚労省では8月29日、全国の都道府県や保健所設置市、特別区に対して、浅漬けの製造を行う施設の立ち入り調査を行うことを要請し、あわせて「漬物の衛生規範」の改正を行う予定であることを通知した。この立ち入り調査では、大量調理施設衛生管理マニュアルで示された殺菌方法である「次亜塩素酸ナトリウム溶液で、200mg/ℓで 5 分間又は 100mg/ℓ で 10 分間等で殺菌方法か、これと同等の効果を方法」等を示して、指導をするよう求めている。

 これでひとまず、全国の浅漬けの消毒状況は大幅に改善されることになるだろう。調査の実施期間は10月末までとしているが、どのくらいの事業者がきちんと衛生管理に取り組んできたのか、これで実態が明らかになる。それをもとに、新たな衛生規範がつくられる。

 昨年のユッケと同様、事故が起こるたびに食品衛生法のルールが見直され、対応策が講じられる。こうして不届き者が事故を起こすたびにルールを厳しくするのは、仕方がないのだろうか。本来であれば、食品事業者がその責務を自覚し、自らハザードを理解し、自主的に管理基準を構築してもらったほうが、効果的だと思う。それは理想に過ぎないのだろうか。

 HACCPやISO22000など、食品安全の自主的な取り組みを支援するツールが定着してきている中で、そこに乗り遅れた古い体質の中小、零細事業者はどこで学び、どう取り組めばいいのだろうか。根本的な問題は、そこにあるような気がする。

特集2 道と市の二重行政は問題か

 今回、道内メディアが伝えたのは、事業者の問題よりも、道や市の対応のまずさだった。食中毒が起こると、その地域の保健所が情報発信を行うことになるが、今回は、発症が確認された高齢者施設は札幌市5か所と、苫小牧、江別、千歳の4か所にまたがっており、札幌市で起きた情報は札幌市保健所が、後者の3保健所は北海道が、それぞれ情報発信を行った。これが記者には、わかりにくかったらしい。これまでの経緯を表にまとめてみた。

  表 浅漬けによる北海道O157集団食中毒の経緯(表をクリックすると大きくなります)

 これは北海道と札幌市に限ったことではない。保健所は法律で、都道府県のほか指定都市、中核市、その他指定された市に設置され、それぞれが独立している。北海道の場合は、札幌市と中核市の函館市、旭川市、その他指定された小樽市の計4市がそれぞれ情報発信を行い、それ以外の市町村は北海道でまとめて情報発信を行う。北海道全体で一体何人の患者が出たのかと記者が調べようとすると、道と4市にそれぞれあたらなければならない。

 保健所の成り立ちを考えれば、それぞれが独立して情報発信をするのは当然のことなのだが、今回は社会部の記者なども多く、そのわかりにくさについて道内の記者たちは辟易としたようだ。縦割り行政の弊害を指摘した記事も出てきている。今回、道と札幌市保健所に話を聞いたが、その点はずいぶんと記者に責められているようで、当惑している様子が伝わった。

 記者たちが最初に問題としたのは、14日の札幌市の発表資料と、15日の北海道の発表資料のタイムラグだ。14日は、札幌市が原因食品を岩井食品の浅漬けと特定できて公表を行った日である。札幌市は14日の記者会見で市内の流通先の名称を発表したが、市外の流通先については10か所に流通しているという件数は明らかにしたものの、名称は発表していない。道がこの10か所の名称を公表したのは翌15日になってからのこと。なぜ同時に発表ができないのか、というわけだ。

 この点については、北海道の高橋はるみ知事も認めている。8月21日の定例記者会見で、記者が「広域連携という意味で今後どうして行くべきでしょうか」と問うたのに対し、知事は「二重行政の弊害みたいなことがここに出てきたのかなと雑感として思いました」「食品衛生という人の命にかかわってくる問題についてはしっかりと連携を図ることが必要」と答えている。

● 行政は緊急時の食中毒情報をどう伝えるか

 この後、道と札幌市の対応は早かった。22日に市の担当者に聞いたところ「今後できるかぎり、連携を取って情報発信を行っていく。患者数についても有症者の捉え方が、道と札幌市、他の市によって異なるのですぐに一本化は難しいが、今後はまとめていく」ということだった。そして8月22日夜には、道と市が同時にウェブサイトで、原因食品の流通先の追加情報を発表し、翌23日には道と市の患者数が一つの表となって公表された。27日には両者が協働して対応する枠組みとして「O157食中毒合同対策会議」が設置されている。

 8月22日、30日には、道と市の関係部局と生産者団体、事業者、流通、消費者団体による連絡会議が開催され、情報共有に努めている。また、現在は北海道のウェブサイトで「腸管出血性大腸菌O157による食中毒の情報」として、道の情報、札幌市の情報、国の情報、独法の関連研究等が一目でわかるようになった。

 複数にまたがる広域な感染が当たり前になる中で、緊急時の対応はどうしても混乱する。少しでも早く、正確な情報を出そうとすれば、他の機関と調整している時間も惜しいはずだ。こういう時に、わかりにくい複数筋の情報を統合してまとめるのは、実は記者の本来の仕事のはずである。二重行政と責めるのは、筋違いだろう。それでも、一般の消費者にとって、やはり初期の情報はわかりにくかった。緊急時の情報発信をする際は、わかりやすく情報の窓口を統一できるよう、平常時から準備をしてもらいたい。今回の事件の一つの教訓だろう。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。