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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

原発事故による野生生物への影響 地道な調査は続いているが

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2020年3月11日

2020年2月19日に環境省主催の「野生動植物への放射線影響に関する調査研究報告会」が開かれた。原発事故の翌年2012年から毎年この時期に開かれ、今年で9回目になる。最近は報道関係者も少なく、反原発の団体も顔を見せなくなった。

末尾にあるように当コラムでは、野生生物や家畜、魚への影響について何回か取り上げた。最近はメディアのニュースになることは少なくなったが、放射性セシウム137の物理的半減期は約30年で、セシウムが降下した森林地域の土壌はほとんど除染されていないので、この地域で暮らし、エサを食べている野生動物や鳥類に、なんらかの異常が起きているとしても不思議ではない。環境省や福島県の調査や、大学の研究者などが独自に行っている調査は、地道に継続しているが、調査方法や対象動物などに課題があることも分かってきた。

●環境省の調査では特に影響は検出されず

報告会では、最初に環境省自然環境局が実施している「野生動植物の影響モニタリング」の結果が発表された。

調査対象はほ乳類(ネズミ類)、鳥類(ツバメ)、両生類(イモリ、カエル類)、魚類(メダカ)、無脊椎動物(ミミズ類)、草本植物(キンエノコロ、チカラシバ)、木本植物(スギ、ヒノキ)だ。鳥類、両生類、魚類、木本は3年に一回、他は毎年、放射線量の高い地域と低い地域で、外部形態や繁殖に関係する形質を調べている。今回発表の2018年の結果を含め、今までに放射線被ばくによると考えられる異常現象は見つかっていないという。

2020年までは予算がついているが、2021年以降の調査は未定だ。調査生物を見て、「少なすぎる、大事な種類が欠けているのでは」と思う人もいるかもしれない。これは調査対象をICRP(国際放射線防護機関)の指定した指標動植物種に限定しているからだ。1986年のチェルノブイリ原発事故後の調査など他国の研究と比較することや、その他の制約から、対象種が決まったようだ。調査対象には不満もあるが、2012年から始めた定点調査だ。環境省は予算を確保して20年、30年と継続してほしい。

●イノシシのモニタリング調査 サンプル数確保に課題

次に、福島県環境創造センターから、野生鳥獣のモニタリング結果が報告された。対象は動物(イノシシ、ツキノワグマ、二ホンジカ、ノウサギ)と鳥類(キジ、ヤマドリ、カモ類)で、有害鳥獣として捕獲されたものや、狩猟期に猟師によって捕獲されたものをサンプルとし、筋肉中のセシウム濃度を測定している。有害鳥獣といっても、研究者が勝手に捕獲して調査はできない。

測定結果は福島県のホームページで公表されるので、食肉の基準値、100ベクレル/Kgを超えると「基準値超えのイノシシ見つかる」と今でもときどき報道されることがある。イノシシとツキノワグマでは基準値超えのサンプルが多いが、個体間のばらつきも大きい。昨年(2019年2月22日)の報告会では、放射線量の高い地域で捕獲されたイノシシのベクレル値は高く、冬季捕獲で高くなる傾向があった。しかし、冬季間のサンプルが以前に比べて2016、17年には減っており、調査の継続性、年次変動解析では問題があるとの指摘もあった。

今回、この点を質問したところ、「猟師が捕獲して環境センターに送ってくれたものを測定しているが、捕獲したら必ず送る義務はない。漁師の協力次第」とのことだった。冬季はセシウム濃度が高くなり、高線量濃度が測定されるとメディアに大きく報道される可能性があるので、冬季に個体を出さなくなっているのかもしれない。冬季サンプル数減少の理由ははっきりしないが、サンプルの選び方がまちまちだと統計解析上は好ましくないので、冬季も一定数の測定ができるようにしてほしい。

なお、イノシシでは、避難指示で人が住まなくなったため、人家や畑を荒らす獣害が話題になることが多いが、異常個体のイノシシ出現といった事例は今までのところ報告されていない。

●ニホンザルを調査対象に 要望は受け入れられず

野生動物で放射線による影響と考えられる異常が報告されているのはニホンザルだ。2017年6月に「福島原発事故後の野生ニホンザルの胎子の小頭化と成長の遅れ」という論文が出た

日本獣医生命科学大の羽山教授らの研究で、原発から70キロ離れた福島市で2008~2016年に捕獲された62頭のメスの胎子を比較した。原発事故前、事故後、それぞれ31頭で、事故後の胎子は頭が小さく、体重も少なかった。母ザルの栄養状態(体脂肪)には差がなかったので、小頭・低体重はエサを介した放射線摂取の可能性があるという論文だ。

ニホンザルへの影響は血液を作る成分にも異常がみられることが報告されている。2018年11月の福本東北大名誉教授らの「福島原発事故による汚染地域のニホンザルの血液学解析という論文だ。

原発から30~40キロの南相馬市と浪江町で事故後の2013、14年に捕獲されたニホンザルの骨髄液の成分を調べた。被ばくの影響がほとんどなかった宮城県仙台市のサルと比較すると、赤血球などの血液細胞が減少する傾向を示した。この程度でサルの生存に重大な影響を与えるのかは不明だが、長期的な継続調査が必要と研究者は考えている。

2018年11月、羽山教授らは野生動物関連5学会の連名で環境省に対して、ニホンザルなど中型・大型野生動物もモニタリング調査の対象とするよう要望書を出した。この経緯は2019年11月に出版された「野生動物問題への挑戦」(東大出版会)に書いてある。

前述したように、環境省のモニタリング調査でほ乳類はネズミ類だけだ。サルもイノシシも入っていない。環境省は学会の要望に対して、対象種を追加する予定はないと答えた。ICRPの指定した対象種ではないし、今までの調査の継続性からという理由のようだ。

 ●長期戦のモニタリング調査 細く長く研究予算の継続を

セシウム137の物理的半減期は約30年。地表5センチほどの土壌に堆積したセシウムは植物に吸収され、落葉して土に戻るパタンが多いことも分かってきた。ニホンザルの寿命は20~30年。彼らにとって、低線量の内部被ばく(餌としての摂取)はこれからも長く続く。今まで9年間、対象としていなかったから追加しないではなく、これからの20年、30年を考えて、研究結果を参考に、調査対象種を見直してもおかしいことではない。

環境省が直接、調査事業をやれないなら、委託研究として予算をつけることだ。今回は詳しく触れなかったが、大学の研究者たちが自主的に始めた「原発事故による周辺生物への影響に関する勉強会も毎年8月に開かれ、2019年で6回目になった。

興味本位、緊急予算が付くからと始めた研究者もいたようだが、今も残って続けている人たちは、きちんと継続して結果を後に残したいと考えている。しかし、血液検査や遺伝子解析などは一回の調査で数十万円のお金がかかる。学生や非常勤の任期付き研究員には調査旅費も大きな負担だ。2015、16年頃までは官と民、いろいろな研究予算があったが、最近は予算獲得が難しくなっている。新参者ではなく、データ蓄積のある研究者・機関に環境省は予算を手当してほしい。

 こういった調査には「寝た子を起こすな、風評被害も考えろ」という批判もあるようだ。しかし、論文も読まずに、根拠の不確かな情報をネットで流す人種は防ぎようがない。調査をしないで、誤ったデマ情報を定着させたままにするのか。きちんと調査を継続して、まともな組織(官公庁や研究機関)が正確な情報を発信するのが良いのか、少し長い目で見れば答えは明らかなはずだ。

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